プロローグ
『愛しい子よ、どうか目を閉じないで』
「光よ絶えよ、闇よ退け――我は汝の御名を呼ぶ。太古の契約の元、ここに招来せん……キング、レクト!」
風が勢い良く詠唱者の体を殴りつけた。
ただでさえぼろぼろの服をこれでもかと言わんばかりに叩き、強い閃光が目をくらませる。立っていられなくなる程の爆音、いきなりの静寂、その後に、一人の青年の姿が残った。
パッと見、歳は二十歳を少し越えた位か。にしてはどこか威厳があり、ちぐはぐした印象がある。
氷のような青い瞳と、少し抜けた茶色の髪。服は黒を基調とした軍服のようなかっちりとした服を着、眉を上げ詠唱者である彼女を見下ろしている。不機嫌というよりは少し困ったような顔だった。少し、本当にたった少しだけ笑んで、青年は口を開いた。
「……何だ?」
低い声だ。どこか含むような普通の人にはない透明感で、青年は声を出す。詠唱者である彼女は搾り出すように答えた。
「連れてって」
震えた声は頼りないくせに表情だけは気丈で、揺るがない。
彼女、名をレチュア・フォーガスという。薄い桃色の服は破れて裂かれて、汚れている。血がついて、泥がついて……一体何が起こったんだと言わんばかりになった少女は、それでもちゃんと強い目をして、青年に懇願した。
金色の髪、燃えるような赤い瞳。顔も、腕も足も汚れてそれでも、きつい派手な顔立ちは崩れない。ただ、今はその目にも表情にも疲れが濃くうつっている。
瞳に力があるせいか、人は彼女にわずかに怯む。
「……どこにだ? 具体的に言え」
労わるような声音では決してないが、レチュアにはちゃんと青年が思っている事位わかっていた。同情はしていないと思う。多分困ってもいない。ただ……
「どこでもいい。大陸を移動させてくれれば」
「逃げるのか?」
青年の声が低くなった。レチュアはカッとなって目を上げる。だが、反論はしない。否、反論ができないのだ。
「レクト、私は間違ってるのかな……」
レクト、と名を呼ばれて召喚された青年はレチュアを見下ろした。その目は勿論氷のように冷たいが、内に秘めるものは熱い思いだけのはずだった。
「……間違ってはいない。悪かった。そういうつもりで言ったわけじゃない」
レクトは小さく目を伏せた。
「ブルーレスティアを離れればいいんだな?」
「うん。ごめんね……」
泣きそうになってレチュアは鼻を腕で押さえる。無論泣くはずがないが。自分に呆れながら、途方に暮れながらレチュアは眉根を寄せる。力がない、と思う。力が欲しいと、願う。
「謝るな。いい。わかったから」
「ごめんねっ」
レクトは腹が立って、レチュアの背に手を回した。細い体は今日はいつもよりも何倍も細く見える。
「レクト……っ」
「いいから。目を瞑れ。目が覚めた時にはお前が望む地にいる。」
「ありがとう」
レクトは困ったように微笑んだ。
「あぁ」
聞いて安心し、レチュアは小さく笑う。眉は寄せたままで、ぼろぼろの顔で、もう真っ暗になった闇の中で、無力を嘆いて――笑う。そしてゆっくり目を閉じた。
小説を読んでいただいてありがとうございます。
以前書いていました小説をどうしても完結させたくて再び投稿させていただきました。
随分長い小説なので、最後に読んでてよかったと思っていただけたら幸いです。
ドールファンタジーにいってらっしゃいませ。




