第五十七話 ラッキースケベ
「そういえば、屋上にいる時、なんで水は流れなかったんだ? ほら、排水溝から。そこんとこがずっと頭の片隅に残っててさ」
「そいつは簡単な仕掛けだ。ただウチが排水溝に特殊固体水を配置しただけで、蓋の代わりをさせてたってこと」
「あぁなるほど」
お陰で変なつっかえが取れた気がした。非常に単純なタネだったってわけか。
「んなことよか言っておきたい大事なことがある……笑わずに聞けよ!」
「んっ?」
いきなりの剣幕に尻込む、というかは驚く遼。切り替えが早いとはこういうことか。
「あ、あのな。屋上でお前。水着をつけてるウチの姿、見たろ? 見たな!」
「えっ、あ、はい。見ましたっ」
「死ねっ!」
「ええっ!?」
そ、そんな。いくらなんでも理不尽すぎるぞ! ただ見たことを白状しただけで死を宣告されるなんて思いもよらなんだ。
「あー……悪い、言葉選びを間違えた。ウチはただ死に値する侘びを入れてほしいと言おうとしたまでで」
「変わらんねえよ! なんだおま、俺にツッコミ役やらせやがって。真相聞いてやるから続けろ。ほら」
憮然と構える瀬央は解ったとだけ言って(ホントに解ったのか?)落ち着いたようにやはりまた視線を逸らす。
「ウチが水のパステリー所持者なのは教えただろ? 絶対にその影響なんだけどな、ある場所によっては自制心を押さえきれなくなって水浴びをしたくなるんだ。だから常日頃に水着を着込んでる。プールや海だって大好きだし、溺れた経験だってないぞ」
「はぁ。でも、スク水だったし、なんとも疑わしい話だなぁ」
「な、に?」
ピクリと瀬央のこめかみが動いたような気がしたが、駄目だ! うん、お喋り喋り病にでも掛かったように口が止まらない!
「自分の都合良く捏造してんじゃないのか。ほら、どうせそのバスタオルの下でも水着なんだろ。紐がないタイプのやつ」
言い切った覚えはある、いい終えた覚えも、ましてや口に出した覚えも(全部同じ意味)。しかし違うんだ、これは事故であって、口出し口車病の一種であって!
逆に今度は内心で必死の弁解を図ってしまう。なぜだか口が開かない。
プチンと唯一の命綱が切れたような音が耳に届く手前、机に身も乗り出し「こらァ!」と勢いに身を任せ突っ掛かる瀬央の表情が険しい。
これはやばい! と第六感でなくとも全機関が逃げろと訴え掛けてくる。
遼は身体に一存しようと退ろうとするも、すごい剣幕を張った瀬央の手によって胸元を捉まれなんとも苦しい状況へと早変わりしてしまう。唸るという手順を素っ飛ばし、わっともみくちゃ、組んでほぐれつの状況に持ち込まれるんじゃないのかとフラグを奏でようとしたその刹那……!
一枚のバスタオルがはらり。淡い布きれのようにひらひらと舞い落ちた。
「あっ……」
不可抗力と言い張る遼の右手はナイスおっともとい、偶発的にバスタオルを捲って身を包む効力を無くした。
きっと残っていた防御は五から0になり、なぜってなにも身に着けていないから。
着けていると予言した水着はどこへ送転されたのやら、真っ裸になってしまう瀬央さん。それを絶好の角度で瞳に焼き付ける遼。
そんなつもりなど鼻からないのだが、花の女子高生瀬央揺寒のいい具合に焼けた肌は水着かブラの線を残し、Dカップは軽くありそうな豊満なバストを見せ付けてくれる。赤子同然なのだから上同様に下半身も露出状態。見定めるべきは股の、ぶっ、鼻血が……。
「~~~~~~~~~~ッ!?」
羞恥に塗れババッと舞ったバスタオルを回収し、身を隠す用途として使用。
赤く染まった頬は恥じらいの表れか、掌をギュッと握り拳に変えて……ん?
ジャンケン、グーパン、
「グッごぶべっ!」
めいいっぱい痕くっきりで殴られた。躊躇がないね、梢より強烈なパンチだ。
ドガッと漫画のように背中から倒れこんだ遼の頬は面白くも、おたふく風邪よりも酷い脹らみをアップアップさせた。
素晴らしく堪ったものではないが、情熱的に生きた心地がするのはなんの表れだろう。なんだろう……。
$ $ $
誰からも見つかることなく見事女子寮から脱出し泣き腫らしたまま帰路に着くと、頬を風船に変えた疑問を追及される代わりに、椿姫から飯の請求をされた。
落ち着いた空間と時間を得られるのはいつになるのやら。未来予知を可能としない遼は、飯の予定を考えるのをメインとして本当に頭を悩ませるのだった。
どうしてこうなった。的な展開、書き易いし好きです。ありがちだしベタですね。