第五十六話 ツンデレな彼女
まさか梨璃雪と鉢合わせになるアクシデントに見舞われるとは……他の女の子に会わなかったってだけで奇跡か。この単語の響きも安くなったもんだ。それにしたって、また帰りであのルートを通らねばならないとは。百歩も千歩も譲ったところで瀬央の奴は規則を甘く見すぎてるし、まぁ転校して二日なのは仕方ないかもしれねえけど。過去に出た無謀なチャレンジャーの悲惨な末路を知ったらきっと……おお怖い。思い出しただけで震えが最高潮だぜくそぅ。
初めて入る女子寮と、さらには通された部屋の中、全体の景色。
当たり前だろうが、見た目も清潔で香りだって鼻腔を擽る効力、こりゃ何らかの魔力を秘めてやがるな。まるで女のフェロモンか、健全な男子には堪らんな。ある意味ノックダウンしそうだぜ、いい意味で。
過去に男子寮も何気なしに訪問したことあるが、いかんせん遼は男と相性が悪いようだ。ただムサい空間に何十分と居たくもないと身を持って、そして肌の表面で感じた。まぁ、比べる方が間違ってるだろうが。
マットの敷かれた上で胡坐を掻いて視線を巡らせていると対面に座っていた瀬央と目が合った。すぐ逸らさずにいると、瀬央が口の力を抜いてそっぽを向く。
「……あんまジロジロ見るなよ、バカ」
それはウチを的な意味か、はたまた可愛くコーディネートされた部屋の風景か。きっと後者じゃないかと勝手に予想しつつ、恥ずかしがるという素振りも見せるのかと、別の一面を垣間見たようで、なんだかとても勝ち誇れるポジティブな男の気分になった。
「いじらしいな」
「……ハ? 今なんて?」
滑車口から滑り落ちたような一言に呆気顔で訊き返されてしまう。
ええと、こんな時の対処法はと……該当検索数は見事にゼロだった! 今度こそ誇れそうにない。
「い、いやっ、なんでもあるがなんでもないことにしといてくれ!」
「はぁ? ……ハァ」
意味不明形「はぁ?」から嘆息に変わった瞬間がある。……今だ。
「はる、ん……お前は時たま意味不明なことを口走るな。まぁいつものことか」
「む、それは聞き捨てならねえな。いつものことじゃなくて、毎日のパターンなんだよ」
「そういう遠回し的な言い方がだ。ほとんど同じじゃないかよ。屁理屈だ」
「なにおう!? パターン入りました、ぐらいなら耳にしたことあるだろ! つまりはそれを言いたいわけで、」
「あー解った、黙れ。ほら水やるから、飲め。あとウチはシャワー浴びるから、そこから動くなよ」
テーブルに置かれた空のコップに、瀬央は編ますように五本の指を曲げ、中心点から水を注いだ。マジシャンかお前は!
おっとこの台詞内心で言ったのかリアルで言っちまったのかどっちだろうな。やべ、それさえも解らない。
呆れ席を外した瀬央は洗面所の前に立つと「覗くなよ」と誰かさんからも聞いたことのある鉄壁の台詞を念押しして、指示に従うことにした。
仕方がなかったとはいえ、自ら浴室に近付いて遼がプラスになったことはない。いや、微量くらいなら裸体を生で直視した覚えはあるといえるか。
しかし自分から誘っておいて風呂とはどういった了見なんだろうか。いくら顔見知りの男(今でいう遼)といえど女の子の部屋で一人待たせるなんて、無用心にも程があるぜ!
なんてったって遼は健全を武器に室内探索秘法の旅を行える現状に居合わせてるんだからな。都合よく越してきたばかりってことで瀬央は一人部屋だし、恥ずかしい下着の一枚や二枚を見つける事も…………止めた。変な思考を駆り立てるのは止めにしよう。いくらなんでも考え方が中年親父すぎた。人の部屋、しかも女の子の部屋を漁るなんて意に反することだ。罰印を焼き付けたっていい、覗きとかいう行為も一切合切無しにして、不動でいればなんも問題はねえだろ。
こんなところで紳士をアピールする遼だったが、やはり暇という永続的なる余された時間には勝てず、仕方なくテーブルの上にあったテレビのリモコンを手に取ると、ピッと電源ボタンを押した。
順応するように十二インチ程の大きさをもつテレビは、映像とともに音を発生させた。
よし、前回のシチュと似たり寄ったりにも関わらず今回は付くぞ。いやぁ良かった良かった。これで退屈凌ぎにはなるなと頬杖を突きながらテレビに目を遣る遼。
『――続いては街角ヘヴンのコーナー。今回訪れたのは、元々たこ焼き屋だったのがいまいち売り上げが伸びず、ご主人の一存によって新たに生まれ変わり一時期人気を呼んだ、たこ焼き兼メイド喫茶ハープにお邪魔していきます! それでは早速ご主人である天夜織京さんを呼んでみましょう。京さーん!』
『はーい。僕がそのほんの少しだけ時の人と化した……』
……うとうと、ガックン、おおう?!
テレビから流れるコミカルなBGMと、周りの静けさによるギャップのせいで、だんだん瞼に重みが掛かる。
薄っすら開いては閉じ、開いては閉じと同じような行動を繰り返している内に、どうやら遼の眼は完全に光を遮断してしまったようだ。
お陰様で何も見えなくなり、脳内の方も一度のリセットをかけたみたく空っぽになる。気が付かない内に、遼は仰向けになっていて、寝息をたて始めた。
――――――
――――
――
スゥースゥー……フゴッ。グググググググ、バビッ、ブベボッ!!
「ぐばはっ!」
「ちょっ、汚っ!」
覚醒してすぐ、まるで鼻の中、口内に水を補給された感覚に浸り……って、冷たっ!
体操服の表面は水ぶっかかったように肌に張り付いて、ええいめんどうだ、元凶を突こう。きっと目の前で見下ろす女がやったに違いない。
「おい、俺が寝ている間に呼吸器官を水で塞き止めやがっただろ」
言及すると、はなから否定するつもりは皆無だったらしく、
「ああ、やった。だって何度揺すってやっても起きなかったから、根本的にお前が悪い」
「ぐっ、てめー」
言葉で突っ掛かろうとして構えると、おや? 薄布一枚でいるじゃないか。まぁどうせ下に水着でも着込んでいるに違いないだろうが。
しかし、肌の露出の多さに男はとても興奮を覚えそうなもんだから、もうちょっとマシな格好をと、手荒い起床にケチをつける気が失せた。こんなあられもない格好を寝起き真っ向に見せられては、思考が別に持っていかれてどうしようもねえ。
「どうした?」
視線の傾け方が悪かったのか、訝しげにも表情を寄越される。
「……」
貫くは無言と、口に出さねば問題ないだろうという浅はかな考えを抱きつつ、三点リーダを口に含んだ。
「……まぁいいや。それよりお前に話があるんだよ、謎力についてのな」
瀬央はその場に腰を下ろすと、急遽本題を持ち込むようにして薀蓄を傾け始める。
「謎力の種類とは別に、技にも多様性が存在しているんだ。一番多いのが物体等を自分の元へと念じ転する能力。これを『異物質空間移転』と呼ぶ」
「異物質……なんだって?」
うまく聞き取れなかったのは、決して遼の耳が悪いからではないといちおう言っておく。
「異物質空間移転。又の名を移転。例えば、ウチが今すっごく水がほしーってなった時とかに、自分の手元へ水を呼び出す、これがそうだ」
「単明で解り易いっちゃ解り易いが、移転ねえ」
「次に、自分の手元から別の場所へ送る技があってな、こいつを『異物質空間送転』。別名を送転」
「異物質……あー?」
「お前、真面目に聞かないと流石のウチでもキレるぞ」
「じょ、冗談だよ。マジになんなって」
どうやら何度も復唱はしてくれないらしい。学習能力に定評のない遼だから三回は言ってくれないと反対の耳から素通りしてしまうのは仕様だ。
「さらにランクが上がると、まぁここでは経験を積んで慣れるって意味だな。『異物質空間移送』が使えるようになる。ウチはまだ使えないが能力内容はA地点があるとしたらB地点へと移動させる、別名で移送と呼称されるものだ」
「へえ、なるほどな」
適当に相槌を打つ遼だったが、実は真面目に聞いていたわけではない。真面目に聞いたところで解りそうもないし、瀬央には悪いが全くわけが解らなかった。覚えたのといえば、語頭の異物質くらいだ。
「それからパステリーの力を乱用しすぎたり、自信に向ける力の真意を見出せない限りは、常に体を蝕む呪いのような効力が続いたりするんだ」
「ほ~。体を蝕む呪いね……は、呪い?」
危うくOSSを発動してしまうところだった。不穏な響きに過敏な反応。仕方がないと思う。厄介なそれを放置しておける程マイペースに人生を謳歌してきたつもりはねえんだから。
「あぁ、そうだ。謎力を持つ者全員がぶち当たる関門だけどな。ウチも完全ではないが体勢を整えてはいるし、因みに言っておくと核だけは戒めなる呪いがないらしいんだ。さらには近くにいるだけで呪いを緩和したり受け止めたりする能力が備わっているんだけどな。もしそれが本当の話だったら便利なもんだぜ、核ってのは」
なんだか言葉の中に羨ましいという名の棘が含まれていそうなものだったが、ここは素直に良かったと言っておこう。核に対してだけは呪いなる戒めの鎖が巻き付いていなくて(しっかり話しを聞いていなかったが)。
しかし、それなら椿姫はどうだ。あいつが初めて能力を使用してから数年の時が流れちゃいるが当てにならねぇ。真相に漕ぎ着けたのだって一週間くらい前の話でもあるし、もしかしたらまだ……ん、そう考えたら梢はどうだ。それに天夜織だって。あいつ自身はまだ力の存在にすら気が付いちゃいねえようだけどよ。
「あれは苦しく、とても辛いものだよ……うまく言葉で表現することは適わないけど。天夜織の奴にいたってはその段階とはまた異なるトラウマを抱えてるみたいだし」
これはあくまで推察だと、瀬央は言う。
「本当に大変なんだよ。早い内に自身に備わっている謎力に気付かせてやって、なんとかしてあげるべきだ……!」
「そう、だな」
天夜織だけじゃない。椿姫も、梢も、ましてやお前もだ。
遼の力が助けになるというのなら、少しでもいいから手を添え貸してやりたい。可哀想だといえば、同情に取られるかもしれないが、それにしたって残酷なものだといえる。しかし、瀬央の奴、ここまで他人に積極的な身の上だったか? 正直驚いた。世話焼きな立場とはすげえ縁遠い奴に見えたからな。
「はは」
「な、なにが可笑しいんだ」
「ん、わりぃわりぃ。あまりにも一生懸命な姿勢を向けてたもんだからさ」
「なっ……」
腕を引いて、要項にもくって掛かる瀬央。
「か、勘違いすんじゃねーよ! 別にウチは助けたいとか、そういう想いを抱いて言ってるんじゃないんだからな!」
瀬央は頬を赤く染めつつそう言うと、なにか恥ずかしがるようにして軽くそっぽを向いた。くぅぅ、女の子の見せるそういう自然体な可愛い仕草に弱いんだよな。調子に乗ってではないが、ついつい頬を緩めてしまう。が、おっといけない。
気の許しはそのままで、とりあえず変な雑念だけは振り払って次に進むことにした。
打ち込んでいて大分設定を思い出してきました。
頭の中で『○のパステリーVS○のパステリー』とかやらせての妄想全開です。多分ですが、二巻の半分以上の内容には到達しているはずです。




