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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
陸 告げられる秘事(ひみつ) 【後篇】
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《九》風に雷、変化に癒やし。あれにしては良い選別を行ったようだな。

 愁月の屋敷を覆う結界は、物ノ怪を内部に入れないためのもの。そう説明を受けた咲耶は、それならば人間である自分は、なかへ入ることができるのではないかと考えたのだが。


「ひと口に結界と言っても、対象を受け入れない性質のものから大神社おおかむやしろ内にあったような対象の力をそぐもの。それから、つぼみのいおり付近にあった対象の力量による選別をするものと。

 ま、いろいろある上に、術者の能力いかんで複合的なものになったり、一部が突出していたりするわけだ」


 和彰の領域内である森のなか。自らの屋敷からは、咲耶の感覚でいえば歩いて五分圏内にあたる辺りに、咲耶とその眷属はいた。


「仮にも神官長を名乗ってる奴が、在り来たりに一辺倒な結界しか張ってねぇ、なんてこたぁねぇだろうからな。つか、尊臣の命令でアチコチに結界張ったの、あいつの仕業だろ、絶対」


 面白くなさそうに鼻の頭にシワを寄せ、犬朗が言う。

 無理もない。その結界のせいで半死状態となり、養生のため“かすみのなか”へと和彰に送りこまれたのは、この虎毛犬なのだ。


「我らが今まで強行手段を用いて内部へ潜入しなかったのは、咲耶様のご命令を待たずに行動することができなかったのはもちろんのこと」


 人の手が積んだであろうことが明らかな小石の山。ちらりと、それに視線を送りながら、犬貴が言いつなぐ。


「愁月様の能力と我らの能力がぶつかり合い、甚大な被害があっては、咲耶様のお立場に、影響を及ぼす可能性もあったからでございます」


 木々の向こうの空は、薄曇り。少し先を行けば紅梅の木があるせいか、かすかに香りが漂ってきていた。


 相変わらず生真面目で堅い説明をする犬貴の言葉に、咲耶は眉を寄せた。


「甚大な被害って……関係ない人も巻き込むかもって、こと?」

「左様にございます。……それは、咲耶様の意にそわぬことに違いない、と」

「コイツに止められて、現在に至るっつーワケだ。

 あと、一応、旦那の居どころがホントに愁月のトコしかあり得ねぇのか、他の場所についても俺らで手分けして探ってみたんだけどよ。

 ……ま、結論は、やっぱ愁月のトコにいるんだろってことに落ち着いたんだがな」


 愁月の屋敷を訪れているはずの咲耶が、現在この場所で、犬貴と犬朗から結界についての説明と、これまでの経緯を聞いている理由。


「それで……」


 虎毛犬たちの説明を聞く間、考えていたことを咲耶は尋ねる。


ここから(・・・・)入りこむことが、一番良いってことよね?」


 人ひとりが通れるくらいの間隔で置かれた、二つの石山。咲耶のひざ下ほどの高さしかないそれは、道なき道(・・・・)の入口を示すもの。


 愁月が、和彰を他者の目に触れさせず自らの屋敷へと通わせるため、また、『人として』行動させるために用意した、直通の『道』でもあるらしい。


 街中にある愁月の屋敷の正面突破は、先ほど犬貴が言ったように、付近の住民や建物に、被害が及ぶ恐れがあった。しかし、和彰の領域内である森と、愁月の屋敷の広い庭をつなぐこの場所からなら。


「……誰も傷つけないで、眷属みんなも無事に屋敷の内部に入れるように、できる?」


 犬貴の真剣な眼差しが『目印』として置かれた小石の山から咲耶へと戻された。


「お望みとあらば」


 咲耶の言葉に一礼し、犬貴の片方の前足が上がる。指先が、鬱蒼うっそうとした森に向けられた。


「こちらの『道』は、特殊な結界のひとつ。空間と空間をつなぎ、本来あるはずの距離を縮めたものにございます。


 転々」


 犬貴の呼びかけに、キジトラ白の猫が小石の山と山の間を抜けて歩いた。


「このように、選ばれた対象以外が通り抜けても、つながれた空間に行き着くことはありません」

「こ、この場合は、ハク様を除いて、誰もたどり着けない道……ってことですよね?」


 確認するように言いそえたタヌキ耳の少年にうなずき、黒い虎毛犬は先を続けた。


「ですが、その『入口』を強引に開き、入り込む手段すべはございます」

「俺の“神鳴しんめい剣”と犬貴のもつちからを合わせればな。

 ただ、コレだとすんげぇ生命力を持っていかれるから、あんま遣いたくなかったっつーのが本音なんだけどよ」


 肩をすくめる犬朗に、咲耶は神妙にうなずく。


「そっか。あなた達に、無理をさせるってことなのね」

「ですが、これが最良の法。ハク様を取り戻すために、多少の犠牲はやむを得ません」


 きっぱりと言い切った律儀な甲斐犬に、鷹揚おうような甲斐犬が死んだ魚のような目をして、明後日の方を向く。


「多少の犠牲って……簡単に言ってくれるよな、犬貴サマはよぉ……ったく」

「待って、ふたりとも。犬朗にだけそんなに負担がかかるなら、私……──」


 言いかけた咲耶の額が、赤虎毛の犬の前足の指先に、ちょんと突つかれる。


「おい。そこであっさり引き下がんなよ、咲耶サマ。あんたの旦那への想いっつーのは、そんなモンなのか?」


 冗談めかした言い方ながらも、犬朗の言葉は容赦ない。咲耶は、揶揄やゆにこめられた指摘に恥じ入った。


(私が彼らの協力を望んだのに……!)


 そのために力を尽くしてくれる眷属に対し、咲耶がかける言葉は他にあるはずだ。大きく息をつき、咲耶は赤虎毛の犬に向き直る。


「ごめん、犬朗。──お願い、私に力を貸して」


 じっと隻眼を見つめれば、得意げに咲耶を見返す瞳と視線が交わる。


「……そうこなくっちゃな。

 ってなワケで、咲耶サマ? 無事に屋敷ん中に入れたら、旦那の代わりに、俺に生命力を分け与えてくれよ?」

「えっ。私が? でも、私にできるの?」

「おう、できるできる! んじゃ、とっとと始めっか」


 軽い調子で咲耶に合わせた隻眼の虎毛犬の表情が、次の瞬間、強面こわもての本来の顔つきに戻る。

 咲耶様、と、犬貴が犬朗の側から離れるようにとうながしてきた。


 左前足を天に掲げ、犬朗が叫ぶ。


「天と地を震わす衝撃よ、光の矢となり降りて来い!

 ──鳴神なるかみ招来しょうらい!」


 曇天に覆われた空が、犬朗の声に呼応するように、瞬く間に墨色へと変わっていく。器用に広げられたそこへ、すさまじい轟音と共に、閃く雷撃。

 両耳をふさぎ片目をつぶる咲耶の傍らで、身を縮め、おびえる転転をたぬ吉がかばう。


 バチバチと音を立て、赤虎毛の犬の全身が、蒼白い光に彩られていた。その光が、犬朗の身の内に吸い込まれるようにして、消えていく。


 次いで、犬朗が左前足を目の高さに上げ、大きく振り下ろすと、指の先から白い火花が出現した。勢いよく噴き出し絡み合いながら、やがてそれは両刃の剣を模したものへと変化する。


「……っし!」


 鮮やかな光を放つ剣を手に、その存在を確かめるようにして犬朗が短い声をあげた。隻眼が、黒虎毛の犬に向けられる。


「こっちはいいぜ、黒いの」

「ああ」


 応じた直後、白い水干のたもとをひるがえし、犬貴の身体が高く宙を舞った。

 目に見えない印を空中に描くように片方の前足を振り、着地と同時に低い姿勢でその身を半回転させる。

 器用にそろえられた前足の指先が、地面に何かを縫い付けるように触れた。


「時と空間をつなぎ止めしもの、我と我らの主の前に、その姿を指し示せ!」


 どん、と一度、犬貴の前足が、地に強く叩きつけられる。瞬間、黒虎毛の毛並みと絹の衣が下からの気流に巻き上げられた。

 立ち昇るそれが、結界の入口を表す垂れ幕のように、辺りの景色を切り取った形で不可思議にゆらめく。


「今だ、赤いの」

「おうっ! ──天の怒りを受け入れろっ! “神鳴剣ッ”!」


 ゆらめく『景色の幕』に向かい、犬朗はひとっ飛びで上段に構えた剣を、斜めに振り下ろした。

 斬撃は稲妻の発光を放ち、開かれた隙間からは周囲と明らかに違う風景が見てとれる。刹那、近づいた犬貴の腕が、咲耶の身体を横抱きにした。


「わっ」

「──ご無礼をお赦しくださいませ。参ります」


 落ち着いた声音が低くび、他の眷属らにも視線を配る。


 下弦の月のように細く開いたそこへ、軽やかにキジトラ白の猫が飛び込み、俊敏な動きでタヌキ耳の少年が続く。そして、咲耶を抱きかかえた犬貴が、ひらりと跳躍し通り抜けた。


 ──一瞬で、違う地に降り立ったのが分かる。先ほどまで囲まれていた木々はなく、藤棚らしきものがある奥に、寝殿造りの屋敷が見えたからだ。


「ここが、愁月の……」


 黒虎毛の犬の腕から下ろされた咲耶は、辺りに目を向けた。

 こざっぱりとした印象がある庭木。少し離れたところにも、同じ造りらしい建物が見える。


 しかし、これほどの広さの敷地でありながら、人のいる気配がまったく感じられないのが奇妙だ。咲耶が不審に思い、犬貴に尋ねようとした時、背後でドサッという物音がした。


「……っ、犬朗!」


 天を仰ぎ尻餅をついている赤い甲斐犬に、あわてて駆け寄る。肩で息する様に、先ほど言われていたことを思いだした。


「大丈夫? 生命力って、どうやって分けてあげたらいいの? 和彰がやってたみたいに、名前を呼んで額をちょん、で、いいの?」

「…………いや」


 かすれた声音が小さく否定すると、咲耶の身体を引き寄せ閉じ込める。


「名前呼んで……ちょっとだけ、俺のコト……考えてくれ」

「──へ? け、犬朗……?」


 間が抜けた返しをする咲耶の耳に、ぶはっ、という盛大な噴き出し笑いが入ってきた。


「や、そーいうんじゃ……なくもねぇけど……んん? ──まぁ、いっか……」

「犬朗? ホントに大丈夫なの?」


 力を遣い過ぎて、意識が朦朧もうろうとでもしているのだろうか。

 急に心配になった咲耶は、縮こまった状態のまま、犬朗のあわせをつかんでみせる。ふいに両肩が押し遣られ、束縛がとかれた。


「おっし! 回復完了! 世話になったな、咲耶サマ」

「え? 今ので良かったの? 全然イミ解んないんだけど……」


 これといって特別なことをした自覚がない。

 咲耶は、隻眼の虎毛犬の疲弊しきった様子を思いだし、困惑する。だが肝心の犬朗は、すでに身軽な素振りで立ち上がり、咲耶を見下ろしていた。


「ん~、説明すっと長くなるし、今は……──そんな暇は、ねぇようだぜ?」

「咲耶様」


 緊迫した気配が伝わってくる犬貴の呼びかけ。直後、咲耶にも、眷属たちのいわんとすることが解った。

 屋敷のほうから、狩衣かりぎぬ姿の中年の男がやって来たからだ。


「──風に雷、変化へんげに癒やし……あれにしては、よい選別を行ったものだな」


 眷属たちを順に見つめた瞳が最後に咲耶に焦点を当て、止まる。歌を詠むかのような抑揚のある言い回しにしては、実のない言葉。


「さて。表門から入らず、わざわざ『裏の道』から来たわけを、訊かせてもらおうか? 咲耶」


 微笑みを浮かべた顔は、能面のようにその真意を悟らせず、咲耶は我知らず寒気を覚えていた……。





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