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29「昔から、愛してる」

途中から東堂終壱視点。

 またしても今日になるが、私は眠れることは出来なかった。仮眠室で気絶して眠った所為でもあるかもしれないが、主な原因は終壱くんだ。

 気付いてはいたが、終壱くんも私のことが好きで、自然に唇が合わさった。


「うっ、思い出すだけで恥ずかしい」


 キスだけなら何回かしたし、その度に恥ずかしかったが、今はそれ以上に恥ずかしい気持ちがある。やはり両思いというのもあるのだろう。

 終壱くんに初めて告白した時はまだ記憶を思い出してなかったが今は思い出し、あの三年前の雨の日のこともゲームの知識もある。その所為で問題が更に増えた気がするが、これ以上は終壱くんを待たせることは出来なかった。

 好きだと考えるだけで会いたくて仕方がない。声が聞きたくて、そのぬくもりに包まれていたい。


「……終壱くん」

「ん、どうした?」

「……終壱くん!?」


 独り言といって呟いた言葉はまさかの本人登場で動揺してしまう。昼休みに一人になりたくて中庭に来たというのにだ。


「風紀委員室から見えたからね」


 私の心を読んだように答える終壱くんに納得してしまう。風紀委員室から中庭は丸見えだった。私もよく覗いているから終壱くんに何も言えない。

 だがこれはチャンスなんじゃないのか、ふとそう思ってしまう。はっきり言って昨日両思いとなったが、これは付き合っているということでいいのか。私自身まだ中途半端だが、終壱くんのことは知ってしまっている。だがまだ知らないこともある。それを聞こうと。


「終壱くん、どうして私なんですか?」

「それってどうして海砂が好きかってこと?」


 聞き返されると恥ずかしくて頰が熱を帯びる。ふふっと笑みを零し、終壱くんの手が伸び、私の頰に触れる。私の体温より冷たい手はじんわりと頰に集まった熱を奪っていった。


「それは……秘密だよ。でもこれだけは言える。ただ俺は昔から海砂のことをずっと羨ましかった、憧れていたんだよ。そして、愛してた」


 昔からずっと、というが三年前より昔のことなのだろうか。三年前より昔の終壱くんは私のことを嫌っていた気がする。

 ふとそう考え、私は思い出す。そう言えば、三年前のあの雨の日のことを思い出したことを終壱くんに言ってないことを。

 話が急に変わるけど大丈夫なのかとうずうずしていたのが終壱くんに気付かれ、話を促される。


「終壱くんは覚えてますか? 二人で花火を見た日のこと」

「ん、海砂とのことなら何でも覚えているが?」

「なら、その時にケータイの写真で見た姫野愛莉って終壱くんの妹なんですよね」


 息を飲む声が聞こえる。疑問形にしなかったは確信だからだ。

 何も言わない終壱くんに後追いを掛けるように言葉を紡ぐ。


「あの日に見た家の表札は姫野だった。家族で微笑むのは愛莉ちゃんだった」

「……そうだね、あの子は俺の腹違いの妹だ」


 記憶思い出したんだね、そう寂しそうに囁く終壱くんの両手をギュッと自身の両手で握り締める。強く、強く、彼が消えてしまわないように強く握り締めた。


「私はこれから終壱くんがどうしたいのか分からないけど、私は終壱くんの側にずっと居て、終壱くんを愛するから」


 だから泣かないで、寂しくならないで。そういう気持ちが伝わるように私は精一杯の笑みを浮かべた。


「俺は別にどうもしないよ。あの子は俺のことなんて知らないで生活しているんだ。今更出てきてあの子の生活を壊すことはしない」

「終壱くん……」

「だって俺には海砂が居てくれるから、俺は一人じゃないから。俺を愛してくれるんでしょ?」


 意地悪そうに微笑む終壱くんにクスリと笑ってしまう。ああ、私は彼の笑顔が好きなのだ。寂しそうに笑う彼よりも意地悪そうに笑う彼や嬉しそうに微笑む彼が好きなんだ。

 チクリと心が痛むのを気付かないように、呼吸をする。胸が痛い、心が痛い。こんなこと言わなければよかった。思い出したことなんて言わなければよかったんだ。

 でも、それはとても大切なことで知らないふりなんて出来るはずはないのだから。


 ゆっくりと時は進む。だって、愛莉姫は本来なら知らないことを知っている。終壱くんも愛莉姫も私も望んでないことが起ころうと時が進んでいる気がした。



 ***



「終壱くん、どうして私なんですか?」


 そう海砂が呟いた時に「君じゃなきゃ駄目だったんだ」そう言いそうになった。

 彼女を愛してしまった出来事は確かに三年前のあの雨の日の出来事だったが、そのずっと昔から彼女は俺の心に住んでいた。

 嫌いだった。そう言えば確かにそうだったのかもしれない。だがそれ以上に彼女のことを昔からずっと憧れていた。

 物心付いた時から父親が居らず、母親と二人きりの生活だった。母親も仕事をしていたため、小さい頃から近くに住んでいたいとこの家へと預けられていることが多かった。

 いとこの両親は優しいが、従弟である愁斗は昔から飄々としていて、本心を隠している。何を考えているのか全く掴めなかった。常に笑みを浮かべているが、どこか本当に笑ってない気がしていた。

 だがそんな愁斗も彼の妹である海砂に対しての態度が違った。実の両親にも本心を見せることなんてない様子の彼は海砂だけは溺愛しており、本心からの笑みを浮かべている。

 両親からも愛され、兄からも愛されているお姫様みたいな彼女。そんな彼女を羨ましいと思うのは時間が掛からなかった。なによりも彼女はどんなに俺が冷たく当たっても、彼女自身は俺を嫌うことはしない。怖がっていた気がするが、嫌われることはなかったはず。


 それに甘えていた俺は、ある日知ってしまう。母親が必死に隠していた父親の存在を。たまたま、家の片付けをしていたら出てきたのだ。父親と思われる人の住所や、母親が書いた日記を。

 だから知っていた。母親が俺を身ごもったのを知ったのは父親と別れた後だったということを。母親は悩みに悩んだ、父親に俺のことを告げるかどうか。だが、やっとの思いで告げようと父親の元を訪れたら、既に父親の隣には新しい恋人がいて、結婚間際だということを。

 もっと早く母親が身篭ったことを伝えようとしたら、もっと違う結末になっていたのかもしれないが、それを今いくらいっても仕方がない。

 母親は父親と新しい恋人の幸せの為、俺のことを告げずに身を引いた。


 だが、当時の俺はそれはとても衝撃だった。父親は俺と母親を置いて自分だけ幸せになったのだと怒りを覚える。

 父親の住所に行き、父親のことを調べ上げ、家族さえも全て把握した。幸せそうに笑う父親の家族に殺意さえも湧いた。

 ああ、そうだ。俺は永遠にお姫様みたいな彼女、海砂にはなれないのだと。憧れの彼女のような人間になれないのだと。

 あの純粋で穢れの知らない無垢な彼女には絶対にないドス黒い感情に包みこまれる。

 彼女に俺自身のことを伝えたら彼女はどういう反応をするのかが楽しそうに感じる。純粋な彼女は悲しむか、憐れむか、それとも恐れるか。

 なんだか楽しくなってきて、俺は彼女が風邪で休んでいること思い出す。この今日も降り続けている雨で体調を崩したんだ。

 傘を差すことも忘れ、無我夢中に俺は彼女の元へ行き、彼女をあの場所へと導いた。


『そんなことないよ……私が私が、あなたを愛するから! 他の人の分まで、あの人の分まで! そしたら、もう悲しそうに笑わなくても、泣かなくてもいいでしょ?』


 彼女の予想外の言葉に驚いた。いやそれよりも俺は悲しそうにしていたのかさえも分からなかった。とても楽しく楽しそうに笑っていたはずなのにと。

 だが、彼女の言葉も態度も全くの予想外だった。彼女が俺を愛する?あんなに怖がっていたのに俺を愛せるの?でも、彼女に海砂に愛されるなんてそれはとても贅沢だ。

 だって海砂は俺が欲しかった愛情を受けて育ってきた子だから。そんな子が俺を愛してくれるだけで俺はきっと世界で一番の幸せ者なんだろう。


 ああ、海砂。俺が羨ましくて、憧れで、とても純粋で綺麗な俺だけのお姫様。

 俺はずっと昔からお前だけに愛されたかったんだ。

 だけど彼女にはそんなこと永遠に伝えることはない。だから、秘密だよ。


「それは……秘密だよ。でもこれだけは言える。ただ俺は昔から海砂のことをずっと羨ましかった、憧れていたんだよ。そして、愛してた」


 そう、愛しているんだ。ずっと昔から、これからも、ずっと俺だけのお姫様。

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