27「あの日の記憶と、気持ち」
ゲームの記憶というのはこの世界は乙女ゲームの世界だということだよね?
私はあの後どうやって風紀委員室に戻って来たのかなんて覚えてない。気付けば、誰もいない風紀委員室にいた。無我夢中だったことは覚えている。
文化祭時の配置については終壱くんに確認をとったため、今急いでする仕事はない。少し休息をしよう。そう考え、椅子に座る。
「異母兄妹って……」
ヒロインである愛莉姫には異母兄妹がいた。だが私はその内容を覚えてない。あの二人の口ぶりからはそれは乙女ゲームの内容にあったということが結論付ける。
「私の記憶は曖昧だったのか」
通りで抜けているイベントもあると思った。それに終壱くんがゲームに出てくるからあんなにイケメンなんだろうと思ってしまう。こう何というか華があるというか。
「でも異母兄妹って凄く引っかかるような……それよりもお兄ちゃんが」
今の私の中はパンクしそうなほど情報が行き来している。異母兄妹も引っかかるし、お兄ちゃんの記憶のことも初耳だ。
いやもう前に愛莉姫が記憶があると言ったから他の人だって持っていることはあることはあるのだろう。現に私だって不完全だが記憶を持っている。
だが、それがお兄ちゃんだった時に感じた言いようもない気持ちはどこに向ければいいのか分からない。
「もうっ」
机の上に顔を伏せる。頭が鈍器で殴られたように痛い。少しだけ冷える体を自分自身の手で抱き締め、ぬくもりを感じようとする。
「……さ、みさ」
どこか遠いところで私を呼ぶ声が聞こえる。その声は私がよく知っている声で聞きたかった声だ。
声に導かれるようにそっと目を開け、重い頭を上げる。
「終壱、くん?」
これは夢なのだろうか?心配そうに揺れる瞳に私は嬉しくなり、微笑む。
動けるか?そう聞いてくる声に私は首を振りながらも、彼の手を掴んだ。
「一旦、仮眠室に行くか」
「……ぅん」
ああ、凄く眠くて頭が痛い。動いてないはずなのに体が揺れている気がする。誰かに抱えられている気がした。
少ししたら柔らかいところに降ろされる感触。これは仮眠室のベッドだということに気付くのは時間がかからなかった。
気付けば私は眠ってしまい、夢を見ていたのだろう。なぜなら、今日は雨なんて降ってないのにザァァと激しく雨が降っている音が聞こえたからだ。
そうだ、あの日は激しく雨が降っていた日だった。
あの時はそう私がまだ中学一年生の時で彼が中学三年生の時だ。連日の雨で体は冷えきり、雨に濡れた体の所為で風邪を引いてしまった。意識がふわふわとした状態で学校を休んでいたはず。
家には私以外誰も居らず、ピンポーンと来訪を告げるチャイムが鳴り響く。何も考えずに出ないとといけない気持ちでベッドから抜け出し、玄関へと向かう。
ふらふらと玄関のドアを開けると、雨でずぶ濡れの姿で立っていた彼がいた。
『終壱お兄ちゃん、どうしたの? 早く着替えないと!』
『うるさい!』
彼は私の手を掴み、外へと出る。傘も差さずに外に出たんだ。
家の前で言い争いを少しだけしたら、彼は私の手を掴んだまま歩き出す。雨で濡れる体を気にしないかのように歩き出した。
『ここか……』
激しく降り続ける雨の中、たどり着いたのは一軒の家だ。その家の表札は「姫野」と書かれていた。
『ここって姫野さんの家?』
その言葉を聞いた彼は自虐的な笑みを浮かべる。
彼はある一点を指差し「あぁ、よく見てみて」と呟く。指差した方を見ると家の様子が見えた。
楽しそうに笑い合う家族がそこにいた。可愛らしい私と同じぐらいの桃色の髪をした女の子に、その子の両親だと思われる仲のよい男女の二人。
その男の方を指差して、彼は微笑んだ。寂しそうな笑みだと思った。
『あれが、俺の父親なんだ』
『えっ、終壱お兄ちゃんの父親?』
私の問いかけに「そうだ」というように私を見る。
『俺と母親は父親に捨てられたんだよ。父親に俺という存在はいらなかった』
『でも……』
でも、彼の父親は楽しそうに笑っているじゃないか。娘と娘の母親と楽しそうに笑っているじゃないか。
そんな人が彼と彼の母親を捨てたなんて有り得ない。だけど、それが事実なんて私は知っていた。それでも信じきれなかったんだ。
『だから、俺は愛されなかったんだ!』
『そんなことない!』
父親には確かに愛されなかったのかもしれない。だけど、彼は彼の母親から愛情を貰っていた。
それでも、それだけでは足りないというなら、私が父親の分まで彼を愛そう。家族になろう。そしたらきっと、彼は悲しまずにいられるはずなんだ。
『そんなことないよ……私が私が、あなたを愛するから! 他の人の分まで、あの人の分まで! そしたら、もう悲しそうに笑わなくても、泣かなくてもいいでしょ?』
家族を想う気持ちを彼にあげたかった。そうすれば、彼は誰も憎まずに笑っていられる。そう思ったから、願ったからだ。
そうあの後に熱が更に酷くなり、数日寝込んでしまっていたのだ。あの日の雨の記憶は朦朧してしまい、あんまり覚えてなかった。
終壱くんが今まで言っていた約束はきっとこのことだろうと想像が付く。忘れてほしくない約束、だけど忘れてほしい記憶なのだろう。
ゆっくりと眠っていた意識が浮上する。過去の記憶を思い出したのははっきりと覚えている。眠る前に感じた頭の痛みも一切ない。それよりも頭はクリアで、気分がいい。
今なら分かる。彼、東堂終壱はこの世界の元になった乙女ゲームの隠し攻略キャラだ。過去の記憶を思い出すと同時に乙女ゲームの記憶まで思い出してしまったようだ。
東堂終壱は攻略キャラの全エンドをクリアした後に攻略可能になる。そのエンドは彼だけ全てがバッドエンドではないのかと疑ってしまう内容ばっかりだった。
ヒロインの姫野愛莉と東堂終壱は異母兄妹だ。そのため、そんなエンドしかないということは分かる。だから、悲しいんだ。泣きたくなるぐらい悲しいだ。
だから愛莉姫は終壱くんと会いたくなさそうだったのかと分かる。
「……終壱くん」
そう呟くと同時に仮眠室のドアが開いた。ドアの向こうから入ってくるのは私が会いたくてやまない人である終壱くんだ。
「海砂……顔色は良いようだね」
もうミィーティングも終わり、既に風紀委員は帰ったとのことらしい。私はかなり終壱くんに心配をかけてしまっているようだ。
「終壱くん、ありがとうございます」
「海砂がもう大丈夫ならいいんだよ」
スッと伸びてくる手を拒むことなく、その手に身を任せる。頬を優しく撫で、目元に優しく触れる指。
「……涙のあと」
無意識なのだろう小さく呟かれた言葉に私は他人事のように泣いていたのかと思ってしまう。心配そうに揺れる瞳の色に申し訳なくなってくる。
あの日のことは凄く悲しくて、彼自身のことも辛いが、私は既にあの日から決めていたんだ。どんな彼であろうと受け入れると。
私は変に色々考えすぎたのだ。ただ今も昔も変わらずに、ただ。
「私はただ……終壱くんが好きなんです」
「……っ、海砂」
気付けば、私は温かい終壱くんの腕の中に閉じ込められていた。
まだ残された問題はいっぱいある。だが、私はこれから先どんなに彼のことを知っても嫌いになることはない。ただ今よりももっと好きになるのだろうとそう実感した。
「もう待てない。俺も海砂が好きだよ、ずっとお前に憧れていた」
ただ私達はお互いを求めるように唇を交わした。




