26「知らない」
昨日の出来事が頭から離れず、昨夜は一睡も出来ることはなかった。どうしてあんなことを言ってしまったのか、してしまったのかと緊張と焦りと何かもう色々な感情が溢れ出し、寝れる気配はなかった。
それのおかげで寝不足だし、それになぜか今は玖珂先輩と終壱くんに挟まれている状態だ。
なぜこうなったのか遡るは少し前。文化祭の配置について考えていたのが出来上がり、変更があったら急ぎでしないといけないので終壱くんに確認を取りにきたのだ。だが終壱くんはさく高との打ち合わせであり、その打ち合わせクラスが玖珂先輩と蓮見先輩がいるクラスということだ。
教室のドアの前でどう声をかけていいのか戸惑っていた私に気付いた玖珂先輩と蓮見先輩が近付き、それに気付いた終壱くんと湊先輩が寄ってきたという状態だ。
終壱くんと玖珂先輩、湊先輩と蓮見先輩に挟まれたというか囲まれた私は何なのだろうか。
因みに確認を取りたい書類は既に終壱くんの手の中にある。
「ああ、これで大丈夫だ。お疲れ様」
「あっはい、ありがとうございます?」
あのところでこの状態は?と言葉を続けると終壱くんも首を傾げる。まぁ終壱くんに聞いたところで答えが返ってくることはない。なにせ終壱くんは玖珂先輩と蓮見先輩に囲まれた私を見て来ただけなのだから。
「いやぁでもまさか海砂さんが玖珂さん達と知り合いになってるなんて」
あれ?そういえば前に助けて貰ったとか言っていたっけ?と独り言を呟く湊先輩。その独り言に蓮見先輩は嬉しそうに「えっ、陸翔が東堂チャン助けたんだ〜」と返答していた。
湊先輩と蓮見先輩は意気投合したみたいに二人で話し始め、私は何故か無言の玖珂先輩と終壱くんに挟まれたのだった。
「えっと、終壱くんと玖珂先輩のクラスが合同なんですね」
「そうみたいだね」
終壱くんも湊先輩も玖珂先輩も蓮見先輩もイケメンなため、この合同クラスは文化祭強そう。主に女性客が増えそうだ。
そんな現実逃避をしていたら、やっとのこと玖珂先輩が口を開く。
「ずっと考えていたが東堂終壱さんだったよな? 兄妹か何かだったのか?」
そんなこと考えて無言だったのか!?とついつい口には出さずにツッコミを入れる。確かに同じ東堂だし、しかも風紀委員の腕章を付けているため、同じ風紀委員だということも分かる。
だが、兄妹ではない。確かに兄妹ぽく育ったかもしれない。だけど兄妹では困るのだ。
「終壱くんは従兄なんです。私の兄は別にいるんですよー」
「ああ、だから海砂とは小さい頃からの付き合いなんだ」
グイッと私の肩を引き寄せ、玖珂先輩に見せ付けるように終壱くんは意味深な笑みを浮かべる。急にそんなことをされる訳だから、頬に熱が集まる。
しかもここはクラスの中だ。廊下付近だとしてもクラスの中だ。しかも周りには顔面偏差値が高い人達の集まりだし、クラスの注目の的である。
終壱くんに触れられていることも、視線を集めていることもどっちも恥ずかしい。
「終壱くんっ! 私の用事終わったからもう風紀委員室に戻りますから!」
終壱くんの手は簡単に退けられて、冗談でしていたことが分かる。
昨日気持ちを伝えたばっかりで心臓に悪い。それとも私の決死の覚悟でした告白こそ冗談にされているのだろうか。それだとそれで悲しいが、私はちゃんと頑張らないといけないと思い直される。
「海砂、またね」
また風紀委員室で、そう言う終壱くんに満面の笑みを浮かべた。
風紀委員室に戻ってきた私は机の上で顔を埋め、叫びたい気持ちをグッと堪える。
こんな気持ち初めて知った。恋というのはこんなに辛く幸せになれるのだと。
「はぁ、ちょっとやばいよ。外の空気を吸おう」
風紀委員室の窓を開け、ふと中庭に見知った人影を見つけ、覗く。癖一つない黒髪の人物、遠目から見ても誰かは分かる。あれは終壱くんに似ているが終壱くんはさっきクラスにいた。あれはお兄ちゃんだ。あの二人はパッと見そっくりだもんな、とボケーッとお兄ちゃんを見つめていた。
「ん、お兄ちゃんと誰か一緒にいる?」
建物の陰に隠れてよく見えないがチラリと見えたのはさく高の制服である。長い綺麗な桜の色である桃色の髪。私はその髪色の人を知っている。
つい気になってしまい、廊下を出て駆け足で階段を降りていく。妙な胸騒ぎがする。
中庭の方へと着く頃には急いでいたため息が上がっていた。気付かれないように呼吸を整え、二人に近付き、二人に見つかれないように物陰に隠れる。
「そんなに俺が気になるのか? 姫野愛莉」
「貴方は……」
「あんなに熱心に打ち合わせ最中に俺のこと見つめていたのに」
俺が誰か分からないなんて言わせない。とお兄ちゃんは愛莉姫の肩を押し、壁へと体を付けさせる。壁とお兄ちゃんに挟まれた愛莉姫はキッと目の前にいるお兄ちゃんを睨み付けた。
「……東堂終壱」
愛莉姫の言葉に声を上げそうになり寸前のところで口を塞ぐ。確かにお兄ちゃんと終壱くんは似ているが、あの目元がきつめなのはお兄ちゃんだ。だがいつものお兄ちゃんの口調や雰囲気は全くしない。あれではまるで本性を現した終壱くんみたいだ。
間違っているのにも関わらず、それがいかにも正解のようにお兄ちゃんは口角を上げる。
「嬉しいよ、やはりお前は全部覚えているんだね」
「覚えてる?」
「いや知っていると言った方が正しいのか?」
「……っ」
全く会話に付いていけない。どうしてお兄ちゃんは終壱くんの真似をしているのかさえも分からない。だが愛莉姫は思い当たることがあるのだろう、驚いた表情でお兄ちゃんを見ている。
「二年生だし東堂終壱じゃない……でもその顔に私のことを知っている、貴方は一体」
「ああ、お前が言った通り俺は東堂終壱じゃない。東堂終壱の従弟の東堂愁斗だ、そして」
愛莉姫の顔の隣に自身の顔を持っていき、耳元で何かを囁いた。小さく囁かれた声は微かにだが私の耳元にも届く。
動揺で視界がボヤける。一瞬にして頭が真っ白になった。それでも二人の会話は続く。
「……っ、なら!」
「ああ、これからのことも知っているよ。だけどお前は一つ勘違いをしている東堂終壱はもう既にお前が知っている東堂終壱ではない」
「それは」
「東堂終壱はお前が彼の異母兄妹だとしても興味はないんだよ」
異母兄妹?その言葉に胸が変に痛い。私はそれを知っている気がしてならない。
気持ちが悪い。今すぐにこの場から離れないと。
私は気付かれないようにそっとその場を後にした。
あのお兄ちゃんがあの時に呟いた言葉が頭から離れないまま。
『東堂終壱の従弟の東堂愁斗だ、そしてお前と一緒でゲームの記憶を持つ者だ』




