16「窓から覗く中庭の景色」
夏だー、休みだー、夏休みだー。とか言うが実際は補習がある為、夏休みという感じは一切しない。補習中は風紀委員の仕事もある。
補習が終われば、風紀委員で夏合宿だ。恐怖と噂の合宿。楽しみだけど思うことは、私は生き残れるのかということだったりする。
風紀委員の仕事をしながら、ため息を吐き出した。今日の仕事はもう少しで終わりだし、今のところ風紀委員室にいるのは私しかいない。
そろそろ早い人で見回りを終えた風紀委員が帰ってくる時間だ。チラッと扉を見る。それと同時に扉が外側から開けられた。
「海砂ちゃん」
風紀委員室に入ってきたのは東堂愁斗、私のお兄ちゃんだった。
私のことを視界に捉えた後に室内を見回し「他には誰もいないね」と呟く。私に対して発した言葉ではないみたいなので、何も言わずにお兄ちゃんを見た。
「ねぇ、少しだけいい?」
「うん」
こっちおいでと呼ぶように手を振っているお兄ちゃんの近くへと行く。近くには窓があり、その窓からは中庭が見えた。
窓を覗き込む私を後ろから抱き締める形でお兄ちゃんもまた窓を覗き込んだ。すぐ横にお兄ちゃんの顔があり、後ろに感じるぬくもりに首を傾げた。
「わざわざこういう風にする意味ってあるの?」
「おれが海砂ちゃんにくっ付いていたいからかなぁ」
ふふっとお兄ちゃんが笑う度に首筋に吐息が当たり、くすぐったい。少しだけ身を捩ると、更に体を密着させてくる。
「……海砂ちゃんはさぁ、おれにこういうことされても意識しないよねぇ」
「えっ、意識?」
言葉の意味が分からずにもう一度首を傾げる。意識とは恥ずかしがるとかそういう意味なのか。なら、お兄ちゃんとなら恥ずかしがる理由が分からない。
「だってお兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」
「そうだよねぇ、おれは海砂ちゃんのお兄ちゃんだから。なら、こうしてるのが終壱さんだったらどうする?」
終壱くんだったら。そう考えるだけでボッと火が付いたくらい顔が熱くなった気がした。
そんな私の反応に気付いているはずのお兄ちゃんは何も言わずに窓から見える中庭をただ眺めている。横から見えるお兄ちゃんの目は真剣で、何かを考えているような気がした。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「……ああ、ほら見て」
中庭のあるところを指さしてる。そのところを見るとそこには終壱くんと湊先輩と他数名の生徒が見えた。彼らは確か、この学校の生徒会メンバーだったはずだ。
彼らを見せる為に私をこの窓から覗かせたのかとお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんはまだ中庭を真剣に見つめていた。お兄ちゃんが見つめている方は彼らの後ろ側だ。
お兄ちゃんの視線を追うように中庭に見える生徒会メンバーの後ろを見る。そこにはこの学校ではない制服姿の生徒数名が見えた。あの制服は桜咲之学園のだ。
「あれは……」
「桜咲之学園の生徒会長、碓氷悠真」
青みがかった黒髪に、見た者を魅了するほど綺麗な紫色の瞳の彼。そう!あれはこの窓からでも分かる。乙女ゲームの攻略キャラであるイケメン生徒会長だ。
「合同文化祭の打ち合わせ最中ってとこかなぁ」
なるほど、そういうことなら彼がここにいる理由が分かる。終壱くんと湊先輩がいる理由も、きっと風紀が乱れないように話し合う為だということも分かった。
それを確認する為にお兄ちゃんは窓から中庭を覗いていたのだろうか?
「お兄ちゃんは知っていたの、碓氷先輩のこと」
「知ってるよ。彼は何かと有名だからねぇ」
有名なのか。確かに碓氷悠真はどこぞの御曹司であったと記憶している。あと美人な婚約者がいた。
ジッと碓氷先輩を見つめていると、お兄ちゃんは窓を見るのを止め、私から体を離した。
「碓氷悠真は海砂ちゃんのタイプかなぁって思ってたけど、反応が薄いなぁ」
「へ?」
碓氷先輩がタイプ。そうだ、そう。観賞用なら、ゲームでなら碓氷先輩はタイプだ。顔とかタイプで、きっと今もこの学校ではなかったらテンションが上がっていたことだろう。
それに今はこの学校にもイケメンは多い。今さら碓氷先輩を見てもイケメンだ!って思うだけだったりする。
「だって、ほらこの学校にはイケメン多いから!」
「海砂ちゃん、きみって正直だよね」
イケメンに慣れた発言に苦笑を零された。
最後にチラッと中庭に見て、少しだけ残っていた仕事を片付ける為に机へと向かう。
だから私は知らなかった。お兄ちゃんがまた窓から見える中庭を眺めていたことを。お兄ちゃんが彼らを見て、何か呟いたことも私の耳には届かなかった。
「知ってたよ。合同文化祭のことも、彼らのことも、全てね」




