第18話
自宅の門をくぐった、その時だった。
「お嬢様、お帰りなさいませ。」
出迎えた使用人の表情がどこか硬く、いつもと違う空気に足を止める。
「旦那様がお呼びです。至急、応接間へと。」
胸が、どくりと鳴った。
「……何かあったの?」
「ヴォルグレフ家より、使いの方がお見えです。」
――やっぱり。
逃げ場が、完全に塞がれた気がした。
「すぐに参ります。」
小さく息を吸い、気持ちを整える。
足取りを意識して、ゆっくりと応接間へ向かった。
扉の前に立つと、なぜか少しだけ緊張している自分に気づく。
ノックをして、扉を開けた。
中には父と、一目で格が違うことが分かる見慣れぬ人物。
背筋を伸ばし、無駄のない所作で立つその姿は、ただの使用人ではないく、それなりの立場の人間だと見ただけで分かる。
「お待たせいたしました。」
私が頭を下げると、その人物も静かに一礼した。
「お初にお目にかかります。ヴォルグレフ家に仕える者にございます。」
丁寧で、隙のない挨拶。
その一言だけで、家格の違いを思い知らされる。
「本日は、アレクセイ様よりお預かりした品をお届けに参りました。」
そう言って大きな箱が幾つも運び込まれていた。
(これ、全部?)
「夜会に際し、こちらをお納めくださいとのことです。」
やはり、そう来た。
父が、ちらりとこちらを見る。
「……どういうことだ、サラ。」
静かな声だが、探るような視線。
「学院でお話がありまして。その、夜会に招待されております。」
できるだけ簡潔に伝えると父は一瞬考え、そして小さく息を吐いた。
「辺境伯家の夜会か。」
その重みを、改めて感じる。
「お前が?」
「はい。」
しばしの沈黙。
その間にも、視線が刺さる。
けれど、ヴォルグレフ家の使いは一切口を挟まず、ただ静かに場を見守っている。
それが余計に、緊張を高めた。
「中を確認してもよろしいのですかな。」
父の言葉に、ヴォルグレフ家の使いはゆっくりと、蓋を持ち上げる。
そこにあったのは、今まで見たどんなドレスよりも美しい一着だった。
深みのある色合い。
光を受けて静かに艶めく生地、無駄を削ぎ落としながらも、計算された刺繍が品格を際立たせている。
「……綺麗。」
思わず、声が漏れた。
「アレクセイ様自ら、細部に至るまでお選びになられました。」
(あの人が……?)
「それと、こちらの花束も同様にご用意されたものにございます。」
ドレスと調和する色合いの花々。
逃げ場がないくらいにすべてが繋がっている。
これはただの招待じゃない。
軽い気持ちで伺えるような場ではないのだ。
「サラ、どうする。」
逃げ道はまだあるし、断ることもできる。
けれど――
私はドレスに、そっと触れた。
丁寧に選ばれた、確かな意思。
こんなものを見せられて断れる人なんて、いるのだろうか。
「行きます。」
気づけば、そう言っていた。
父は一瞬だけ目を細め、そして静かに頷いた。
「そうか。」
短い一言。
けれど、それで十分だった。




