迎えの牛車
花散里から、都までは馬で3日はかかる。
だが、鬼の足なら別だ。
龍胆は雪と子供たちを。桔梗は大人を運ぶことになった。
――ところが。
「妖力が、発動しない・・・!?」
龍胆は目を見開いた。それは桔梗も同じ。
屍食鬼が移動する合図のつむじ風が、出てこない。
「龍胆さま。あれは・・・!?」
雪が抱き上げられた体制のまま、指を指す。一同、ぎょっとした。
人が3人乗れそうなほど大きな牛車が、荒れた畑の中、ぽつんと姿を現した。
見事だが控えめな装飾を施してある。
黒い牛の他に、人はいない。
ふと、牛車が揺れた。
現れた男に、雪と龍胆、白木蓮は息を呑んだ。
「十六夜 芍薬――・・・!?」
白木蓮に心臓を貫かれ、死んだはずの男。
真っ赤な狩衣と白髪、血化粧のようなまぶた、赤い瞳は忘れられない。
芍薬はおもむろに牛車から降りる。花散里の土を踏んだ。
「おやまぁ。ずいぶんと荒れ果てた地になりましたねぇ」
芍薬はあたりを見渡し、ぽつりと言った。
龍胆は雪を下ろし、背にかばう。桔梗、白木蓮も将軍の前に立った。
「なぜ貴様がここにいる!?」
「おや。『なぜ生きているのか』と問わなくてよいのですか? 龍胆よ」
芍薬はひょうひょうと言う。龍胆は絞り出すように声を低くした。
「織田毛介は、『300年前に薔薇の太刀筋を見た』と言っていた。300年生きた薔薇の弟である貴様だ。不老不死である可能性が高い」
白木蓮は舌打ちした。
(部下の敵は、まだ死んでいなかったというわけか・・・!!)
かつて怪異討伐隊を死に追いやった男。確かに心臓を貫いたはずだった。
雪は子供たちをぎゅっと抱きしめる。
将軍は、冷静に唇を開いた。
「龍胆と桔梗の妖力を抑えたのは貴様か?」
芍薬はくすっと笑う。袖の中から、血のように紅い水晶を取り出した。
「これは鬼封じの呪具です。これがある限り、鬼も私もただの人間・・・」
「貴様があやかしか人かなどどうでもよい。何用で来た?」
「あなたを迎えに来たのですよ。15代将軍 徳岡葵」
「余を呼び捨てにするとはいい度胸だ」
将軍は桔梗と白木蓮を下がらせると、一歩前に出た。
芍薬も、ふらりと前に出る。
「帝はあなたの突然の謁見に驚いておられる。準備に最低でも3日は欲しいとのことです。その間、牛車でのんびりと都に移動することと致しましょう。途中、宿も取ってあります。都見物も楽しまれてはいかがでしょうか?」
「――」
将軍は言葉に詰まる。
(余の計画を暴いた者がいる。・・・さしずめ、第六天魔王か)
将軍は片眉が跳ねたが、おくびにも出さなかった。
堂々と、牛車に乗り込む。
芍薬は満足げに笑うと、「紅葉さま」と雪へ呼びかけた。
「な、何でしょう・・・?」
雪はビクッと肩が跳ねる。
「あなたもお乗り下さい」
芍薬は頭を垂れた。雪はドキッとする。
「なぜ・・・?」
「あなたは魔王様の御息女。尊い身分にあらせられます」
「っ!」
龍胆はさっと雪の肩を抱く。芍薬は鬱陶しげに龍胆の腕を見やると、抱かれる雪を覗き込んだ。
「本当に、兄さまに似ておられる」
刹那、芍薬は動いた。
流れるような動きで、雪の唇を奪った。
「!?」
雪は狼狽する。龍胆は「貴様っ!!」と抜刀した。
芍薬はそれを交わすと、なぜか胸をなでおろしていた。
「あなたのその唇・・・。不老不死をも葬り去る御仏の加護は絶大ですが、どうやら、私と兄さまには効かぬようですね」
「そ、それを確かめたのですか・・・? 命がけで?」
雪は涙目になりながら、龍胆に抱きついた。
「兄さまに頼まれましてね」
芍薬はさっさと牛車へ向かう。途中、ぽつりと言った。
「――兄さまの為なら命など惜しくない」
芍薬は将軍と牛車に乗っている。それを見届けると、小梅と菫が雪に抱きついてきた。
「お母さんっ!」
「お姉ちゃん、だいじょうぶ・・・?」
雪はへなへなと座り込む。龍胆は奥歯が砕けそうなほど噛み締めていた。
「りんどう、さま・・・」
(わたし、露ちゃんのお父様と口づけしてしまったわ・・・!)
龍胆は雪を見下ろす。それから、出発した牛車をギロッと睨みつけた。
凄まじい殺気だ。
雪は涙が引っ込んだ。




