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「天才」 第二部 奮闘  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第34章

 

 〈サンド社〉と〈アメリカンクリスタル製糖〉の製品を宣伝するために、ユージンが将来の雇用主に提出したデザインと提案は独特だった。これまでにも述べたように、ユージンには、体調が良いときにかなりのアイデアを湧き出す、豊かで活発な知性があった。彼の想像力は、彼が何も努力をしなくても、ひとりでにどんな形状でも形態でも作った。サマーフィールドが求めたのは、さまざまな大きさの鉄道の車内広告、ポスター、新聞広告だった。彼がユージンに特に提供してほしかったのは、広告の文字や文言ではなく、その芸術的な形と絵でわかりやすくする際の要点だった。つまり、特定の提案は、絵やデザインの形で、どのようにすればそれぞれの案件で世間の注目を集めようにできるか、だった。ユージンは帰宅して、まず砂糖の問題を検討した。アンジェラを失望させたくなかったので、自分が本当にしていることを彼女には何も言わなかった。娯楽をかねてちょっとした小遣い稼ぎに、どこかの会社に提供できるかもしれないスケッチを描いているふりをした。自宅の緑のシェードの作業ランプの明かりを頼りにして、指か金と銀のシュガートングのいずれかで角砂糖をつかんでいる手、結晶を混ぜ合わせて高く積み上げた壺、純白のテーブルクロスの一部を背景にして、新しい形の角砂糖を一つ横に添えた青と金色の食後用のカップ、そういう特徴をもった小物の絵を描いた。この一社分だけで約三十五の案ができるまで、速やかに楽々と作業を進め、それから香水の案件に注意を向けた。

 

 彼の最初の考えは、自分はこの会社のビンのデザインをすべて知っているわけではない、だったが、彼は独特で愉快な形状を自ら考案した。そしてそのうちのいくつかは後にこの会社に採用された。自分を楽しませるために箱やラベルをデザインして、それから、箱、ビン、かわいらしいハンカチ、小さな白い手などを一列に並べて見せながら、いろいろな静物画を描いた。彼の思考は、香水の製造、花の栽培、花の収穫、雇われる可能性のある男性と女性のタイプへと移った。そして翌日これについて何か参考になりそうな本や雑誌の記事が見つけられないかを確かめに大きな公共図書館に駆けつけた。彼はこれと、砂糖の栽培と精製に関するいくつかの記事を見つけて、その方面の新しいアイデアを思いついた。それぞれの案件で、美しくデザインされた香水のビンや、すてきな砂糖のパッケージを、例えば図案の右上か左下の隅に配置して、残りの部分でその製造工程のいくつかの場面を見せることに決めた。彼は、もしそういうのがまだ自分のスタッフの中にいない場合に備えて、自分のアイデアを立派に実現できる人、文字や記号・符号を描ける人、色の組み合わせのセンスが鋭くて、安く雇えるかもしれない人について考え始めた。昔シカゴの〈グローブ〉時代に一緒だったジェリー・マシューズのことを考えた……彼は今どこにいるのだろう?……そして、フィリップ・ショットメイヤー、彼はレタリングの名人だから部下として働かせるなら理想的といっていいだろう。それからヘンリー・ヘア、彼ならまだ〈ワールド〉にいる。広告やポスターについて一緒によく話をしたことがあった。そして、若手にモルゲンバウがいた。とても優れた人格者で何かいいチャンスはないかとユージンに目をつけていた。それから雑誌……一流誌……で彼が作品を称賛した者が八名から十名いた。まず今いるスタッフで何ができるかを確認して、それから有能な作業チームができるまで、できるだけ早く人を排除して補充することにした。ユージンはサマーフィールドに会って、あの熱心な人物の冷酷さの一端をすでに把握し、それを自分の態度に表し始めていた。ユージンは自分のためになることには殊の外敏感だった。これまで散々苦しんできた貧乏のどん底からもっと高い水準へ這い上がれるこのチャンスは、ユージンを最大限の努力へと駆り立てた。二日後、将来の雇用主に披露するとても印象的な資料を大量に持参して、彼はかなり自信に満ちた態度で相手の前に戻って来た。サマーフィールドはユージンのアイデアに注意深く目を通して、それから彼の考え方に興味を持ち始めた。

 

「さすがだ!」彼は惜しまずに言った。「こいつには命がこもっている。この調子が続くのであれば、年収五千ドルも十分稼げるぞ。少し甘いが、きみは要領をつかんでるな」そして彼は腰を下ろして、実用的観点からいくつか改善できそうな個所を指摘した。

 

「では、先生」サマーフィールドは、ユージンが自分の求めていた相手だと納得して、ようやく口を開いた。「きみと私はこれで契約成立だな。私が求めているものをきみが持っていることが、これでよくわかった。このうちのいくつかは出来がいい。人の上に立つ者としてきみがどういう者になるかはわからんが、あのデスクについてもらった方がいいな。さっそく始めるとしようか。幸運を祈ってるよ。心からな。きみは頑張り屋だと思う」

 

 ユージンは満足のあまりぞくぞくした。これは彼が望んだ結果だった。中途半端な褒め言葉ではなく絶賛。ユージンはそれを手に入れなくてはならなかった。自分ならそれを意のままにできるといつも感じた。人々が自然に彼の後を追いかけた。もうそれには慣れっこになっていた……当然のこととして受け止めていた。もしも運悪く、体調さえ崩さなかったら、今頃はどうなっていただろう。五年の歳月を経てもなお完治していなかったが、ありがたいことに、着実に回復しつつあり、これからは自重して頑張るつもりでいた。世界がそれを求めていた。

 

 ユージンはサマーフィールドと一緒に美術部の部屋に行き、そこで彼から様々な社員を紹介された。「デイヴィスくん、ウィトラさんだ。ハートくん、ウィトラさんだ。クレメンズくん、ウィトラさんだ」と紹介は続き、スタッフはすぐに彼が誰なのかを知った。それからサマーフィールドはユージンを隣の部屋に連れて行き、各部門の責任者、彼やアーティストたちの給料を決めるビジネスマネージャー、彼に給料を支払う会計係、広告編集部のマネージャー、営業部のマネージャー、速記部長の女性、を紹介した。ユージンは、こういう人たちを鈍感だと考えたので、少しうんざりした。すでに足を踏み入れた芸術の雰囲気の質の高さの後だと、彼にはこういう人たちが何だかがさつで貪欲で、まるで魚に見えた。品位の欠片もなかった。見た目も態度も過度に攻撃的だった。握手をしたある営業の担当が真っ赤なネクタイをしめて黄色い靴を履いていたことには特に腹が立った。デパートのスーツへのこだわりと売り場主任のような態度は彼を不快にした。

 

「こんな連中はご免だな」と思ったが、表向きは笑顔で、握手を交わし、一緒に働けてうれしいですと言った。やっとのことで紹介が終わるとユージンは自分の持ち場に戻って、生きている流れのように目まぐるしくここを通過する仕事に取り掛かった。もちろん、直属のスタッフは、もっとずっとユージンに協力的だった。彼のために働くこのアーティストたちは、ユージンもうすうす感じたように、彼ととても似た境遇で、おそらくは健康を害していたか、運に見放されたかして、こうせざるを得なかった人たちだったので、気になった。ユージンはサマーフィールドから紹介されたアシスタントのデイヴィスを呼んで、仕事の状況を説明してほしいと頼んだ。

 

「手元に仕事のスケジュール表はありますか?」ユージンは気楽に尋ねた。

 

「あります」新しい側近は言った。

 

「見せてくれ」

 

 デイヴィスは注文台帳なるものを持ってきて、その仕組みを教えた。それぞれの作品、もしくは注文と呼ばれるものは、注文が入ったときに番号が付与され、引受時間、絵を担当した者の名前、作成に要した時間などが伝票に記入された。あるアーティストが作業に二時間しかかけず、それを他の者が引き継いで四時間かけたら、その旨が記録された。一枚目の絵がボツで、二枚目が始まれば、その記録ですべてが、所要時間や所要人数だけでなく書き損じや業務上のミスまで、わかった。ユージンは、部下がミスを多発しないように注意しなければならないことに気がついた。

 

 この注文台帳を注意深く調べてから立ち上がり、部下の間を歩き回って進捗状況を確認した。一刻も早く部下のスタイルや手法を把握したかった。ある者は衣料品の広告を、ある者は牛肉産業をイメージしたデザインを、ある者は路面鉄道の旅行シリーズを手がけていた。ユージンは彼らと親しくなって信頼を勝ち取りたかったので、一人一人に前かがみになって低姿勢で応対した。彼は、芸術家がどれほど繊細か……良好な仲間意識でどれほど結束できるか……を経験で知っていた。これで自分がやりやすくなればいいと期待して、ユージンは穏やかで、気楽な、笑顔の絶えない態度をとった。相手の肩越しに体を乗り出して、肝心なことは何か、こういう性質の仕事ひとつにどれくらいの時間をとるべきか、相手が迷っているよう見える場合には、自分が思いついた助言になりそうな提案をした。ユージンは自分に全然自信がなかった……こういう仕事はとても新しいものだった……しかし希望と熱意に満ちていた。勝つことさえできれば、こうして上司でいられるというのはすばらしい感覚だった。この人たちが自立できるように助けたかった。この人たちと自分がもっと儲かる形でこの人たちを成功させたかった。彼はもっとお金が欲しかった……やはり、五千ドル欲しかった。

 

「そこはそれでいいと思うよ」彼は才能がありそうな、青白い貧血気味の作業員に声をかけた。

 

 ディロンという名のその男は、なだめて、なでるような彼の声の調子に反応した。まだ好意的な判断を下す気にはなれなかったが、ディロンはユージンの外見を気に入った。ユージンが芸術家として非常に優れた経歴を持っていることはすでに噂になっていた。サマーフィールドはそこに着目していた。ディロンは顔を上げ、にっこりして言った。「そう思いますか?」

 

「もちろんだとも」ユージンは快活に言った。「その青の隣りに、黄色を心持ち加えてみようか。それで気に入るかどうか確かめるといい」

 

 ディロンは言われたとおりにやって、目を細めてそれを見た。「随分と効果が出るものですね」まるで自分の手柄のような口ぶりで言った。

 

「そうなんだよ」ユージンは言った。「いい考えだろ」何だかディロンはこれを自分で思いついたような気分だった。二十分もしないうちにスタッフ全員が、見たところ、この人はいい人だし、うまくやれるかもしれない、という意見でまとまった。ユージンはとても自信がありそうに見えた。彼らは、ユージンが内心どれだけ動揺していたか、すべての糸を手中に収めてすべてが理想的な結果になるのを見届けようとどれほど気をもんでいたか、をほとんど知らなかった。彼は、何か望ましくない戦うべき状況を自分が抱えるときが来るのを恐れていた。

 

 新しい仕事に就いて数日そして数週間が経過した。ユージンはバラ色の人生に足を踏み入れたわけではないことを実感したが、次第に自分に自信がつき、割と楽に仕事をこなせるようになった。サマーフィールドは、彼の言葉で言うと、朝から晩まで「仕事中」で、休まず無理を言い、仕事に熱心だったので、これがとても過酷な仕事なのがわかった。朝は八時五十分に市内の高級住宅街にある自宅を出て、夜はほぼ毎日六時三十分とか七時まで残業で、八時、九時までかかることもそう珍しくなかった。サマーフィールドには、自分が興味を持った仕事にたまたま従事していたスタッフを夜遅くまで拘束する無神経な習慣があった。時には打ち合わせの場所を自宅へ移すこともあったが、働かせるスタッフに食事を出すどころか食事の心配すらしなかった。彼は帰宅時間が来るまでいろいろな大手のクライアントと広告の話をして、疲れたスタッフが逃げ出す前に呼び入れて、自分がやりたいことについての長くて重要な打ち合わせを始めた。時々、何かうまくいかないことがあると、狂ったように激怒し、わめき散らし、罵倒し、挙げ句の果に、おそらく本当は責任のない相手を解雇することもあった。サマーフィールドは自分のために働く者の能力や人格を全然尊重しなかったので、厳しい言葉や皮肉な表現が飛び交う、難儀で苛立たしい会議が絶えなかった。彼の判断では、部下はみんな多かれ少なかれ機械でしかなく、しかもかなり出来の悪い機械だった。最初のうちたまたま斬新だったか、あるいはユージンのように顕著な才能を発揮でもしない限り、部下たちのアイデアは十分ではなかった。

 

 サマーフィールドはユージンのようなタイプに会ったことがなかったので、そう簡単に力量を測れなかった。他のすべての人たちにしたのと同じように彼の場合もじっくりと見て、アイデアに何か弱点が見つからないかを確認した。サマーフィールドはギラギラした、執拗な、悪魔じみた目をしていて、葉巻の先端を絶えずしかも激しく噛む癖と、休むことのない生成的なエネルギーを外に出すチャンスを与えるために、体を痙攣させたり、立ち上がって歩き回ったり、机の上のものをかき回したり、どんなことでもすべてやる癖があった。

 

「さあ、先生」ユージンが入って来て、静かに目立たないようにどこかの隅に座ると、サマーフィールドは声をかけた。「今日は解決しなきゃならないとても難しい問題があるんだ。こういう場合にはどうしたらいいとお考えか知っておきたくてね」と特定の条件を述べた。

 

 ユージンは気を引き締めて検討を始めたが、熟慮はサマーフィールドが誰からも求めないものだった。

 

「さあ、先生! さあ! どうぞ!」と叫んだ。

 

 ユージンは苛立ちを募らせた。こういうのはまごつくばかりだった……ある意味、彼の面目をつぶしていた。

 

「しっかりしてください、先生」サマーフィールドは続行した。仕事では突き回すことが最も効果的な武器だと彼はずっと前に結論を出していたようだった。

 

 代わりに、くたばれと言ってやりたいところだったが、ユージンはやがて儀礼的に提案をした。しかしこれで終わりではなかった。古くからいるコピーライター、営業担当者、営業アシスタントのみんながいる前で……時には、問題となっている特定の仕事を担当している部下のアーティストが一、二名いる前で「おやおや! 何て情けない提案だ!」とか「これよりもっとましな提案はできませんか、先生?」とか「やれやれ、私にだってこれよりましなアイデアが三つや四つはあるぞ」と叫んだ。後でひとりで大喜びするのかもしれないが、彼が会議で言う一番いい言葉は「まあ、一理あるかもしれないな」だった。過去の実績は無意味だった。これは明白だった。一日中、金と銀を持ち込んでも、次の日にはもっと金や銀が、しかも大量になくてはならなかった。この男の欲は底なしだった。彼が部下を走らせたがるスピードには際限がなかった。アイデアとしての有害な商業的アイデアに限界がなかった。サマーフィールドは相手を苦しめ苛立たせる執拗さの模範を示し、同じ方針をとるよう全社員に強く求めた。その結果は、熊いじめの会場か、賞金稼ぎ、嘘つき、殺し屋、泥棒の巣窟を生んだ。そこでは誰もが包み隠さず公然と自分の利益を追求し、最後尾の者は悪魔の餌食になった。

 


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