12話 討伐対象は村のヤバい宗教に巻き込まれる
ふう、結構食べたな。うまかった。
……さてと。いい感じに腹も膨れてきたしいい加減教えてくれないかな。どうしてこんなに歓迎してくれるのか。
山賊から助けたとはいえ、明らかに俺はモンスターなんだが?
俺は訝しげに彼女の方を伺った。彼女は大げさに相槌を打つように頷いて、こう答えた。
「貴方様は救世主ですから!」
“救世主”、さっきは”予言”、どういう――
――ん? あれ?
そういえばさっきから彼女と俺、言葉通じてないか!?
やっぱりそうだよな。思い返すと、会話になっている。
俺がそう確信すると、彼女は今度は静かにコクリと頷いた。
そして彼女はまるで俺の反応を恐れているかのように、おずおずと答えはじめた。
「あ、は、はい……私は人の心を読む事に長けているので、貴方の御言葉を聞き逃すことはありません……いえ、実のところ全て読める訳ではありませんが」
それってもしかして、「固有魔法」?
これもファンタジーハンターにあった設定だ。
モンスターが持つ基本的な特徴・魔法能力に加え、それぞれの個体が環境や性格によって一つ、固有の特殊能力を備える、というシステム。
そのような敵の倒し方にランダム性を与えることによってゲームを毎回単調な作業にしないように考案されたものがこの「固有魔法」だ。
そのせいであまりに敵が強くなりすぎてプレイヤーはみんなゲームを投げたから本末転倒だと言われていたが。
この世界の冒険者が異常に強い理由がわかった、そういうことだったのか!
固有魔法は人間側にも適用されていたのだ。
……あのさぁプレイヤーとサメもどき以外、優遇されすぎじゃない? こっちは無能力者だったんだぞ?
と、ここで俺はふと思い出してステータスを確認。
やはりというか、俺の固有魔法欄には「水の王冠」がデン! と鎮座している。
……"固有魔法"ってさ、人生で一つしかゲットできない貴重な固有の能力のことだよな?
で、水の王冠は"アイテム"で、別に能力じゃないよな?
アイテムで貴重な能力欄を消費されるってどういうこと!? 一つしかないんだぞ!!
まあとにかく彼女はそういう特殊な能力持ち、と。へー……いいなぁ。すごいなぁ。
俺がそう思っていると、彼女はこちらの思考を読み取ったのか、少し驚いた風に動きを止め、それから顔を綻ばせた。
「まだまだありますよ! いっぱい食べて下さいね!」
彼女はにこにこと笑って匙をこちらに差し出して、さらにこう続けた。
「――これが恐らく最後の食事ですので!」
えっ。なに、どういうこと?
*****
「――これが恐らく最後の食事ですので!」
俺を置いてけぼりにしたまま、彼女はまた手を大きく広げ、目をつぶって予言なるものを諳んじていった。
「全ては予言通りです。『救世主は来たれり』……」
「……『苦しみに満ちた地に救済が満ちるであろう。その地の者達は癒やされ、その体は母なる海に還るであろう』」
さっきから不穏な空気が漂いはじめたような気がする。
母なる海に、還る……?
「死の事です――我々は死を、貴方様を待っていたのです」
死……? お前たち死ぬのか?
周囲を見回すと、村長夫妻も村人も全員が目を輝かせていた。勿論彼女も。布で隠されているはずの彼女の目が透けて見えたような気がした。
あれは、狂気の光だ。
満足したのか彼女はそこで口をつぐみ、そこから先は村長が補足して説明してくれた。
「このシャーロット村は元々収穫量のある土地ではありません。漁村だったのも昔の話。食料の備蓄は今やほぼ空。にもかかわらず、村人全員が『是非救世主様に食べていただきたい!』と残り全てを持ってきまして……"最後の食事"とはそういうことです」
村人たちは満足そうにうんうんと頷いていた。
よく見れば村人全員ガリガリに痩せているじゃないか、何をしてるんだよ……いや、何も考えずに一人で食い切った俺も悪いけど。
袖からわずかに覗く痩せ細った手や腕、イリス含め全員、健康状態は最悪そうだった。少なくともサメもどきにごちそうしている場合ではない。
村長? そういう村人の暴走を止めるのもあなたの仕事では? あとイリスが死ぬとかなんとか勝手に言ってますけど?
「ですが、遅かれ早かれ死ぬのなら全て救世主様に食べていただこうと私も賛成しました」
村長!?
「瘴気によってこの集落の土壌は汚染され、食料は取れず、村人の殆どは病にかかって弱りきっております。助けは来ず、皆が死ぬのも時間の問題。ただ死を待つ以外にはなかったのです。――そんな時にあなた様が降臨なされた。生と死、破壊と再生を司る、レヴィア教の神である貴方様が」
シャーロット村が原作で滅んでいたのはそういう理由か。
ああ……なるほど。
死ぬことを覚悟しているならそりゃモンスターが来ても怖くないはずだ。そりゃ食料を全部差し出すわけだ。
――それもこれも全部、俺がレヴィア教の予言と同じ登場の仕方で現れたから。
……マズいな。これ、信仰心が変な方向に曲がって、そのうち神に捧げる物がないからって村の娘とか捧げちゃうタイプの邪教だって。
なんなら「我々の肉も食べて下さい」とか言い出しそうだし。
そして始まる猟奇的な狂宴……。
「ああ、最後に貴方様の血肉になれるとはなんと光栄なことでしょうか! さあ、我々の命も糧にして世界をお救い下さい! 全てを無に帰すのです!」
ほらな!
でも、その救世主が俺だっていう確実な証拠はないし、予言だってその解釈で合っているのか怪しいぞ。
そもそも俺は人を食わない。
グロいから。
俺が納得できないでいると、その様子を見てか、黙っていた彼女はまるで証拠を見せつけるかのようにスッと何かのオブジェを差し出してくる。
「ご覧下さい。我々、レヴィア教の御神像です」
それはある形をかたどった、金色に輝くオブジェ。
……!?!?
鼻先に置かれたそれを見て、俺は目を疑った。
サメもどきだ。
その金色に輝く像は、ファンタジー・ハンターの生みの親である●●社が売り出して、すぐ生産中止になった金メッキの「モンスター・フィギュア」にそっくりだった。
つまり、今の俺にそっくりだった。
凝視すると、『*****』と謎の文字が台座に彫ってあることもわかった。
それが何かは読めないがともかく、なるほどこれなら合点がいく。
どうやらこの像のせいで、本気で俺をその救世主だと信じ切っているらしい。
それただのフィギュアだから! ほらここに型番入ってる!
――……逃げよう。こんなところにいては俺の身が危ない。
別に彼らがレヴィア教やこの像を崇めるのは勝手にしてくれとしか言えない。
だが俺を崇め、正体が偽物だとわかった瞬間、信仰心は怒りに変わり、当然その矛先は俺へと向かってくるだろう。
脳が俺に食い逃げを提案――俺は間髪入れずそれに乗った。
「あっ! お待ち下さい!」
直感的に思考し行動に起こす方と、その思考を読み取ってから予測する方、これは断然前者のほうが速い。
俺は風魔法で浮上し、瞬く間に外へ逃げた。
F-H2 Monster Figure サメもどき Special Color Ver.
価格:27,000円(税抜) 発売日:12月 対象年齢:15才以上 ©●●社