GW 『楽多の母』
「そうそう。お兄さんたちよ。ねぇ、よかったら占いどう?」
女性からは、一メートルほど離れていた。
なのに、どうして囁かれたように聞こえたのだろう。
「いえ、結構で」
「も、もしかして楽多の母ですか!」
あしらおうとしたアキラちゃんを遮って、いづみちゃんが声を上げた。
「な、なに? いづみ」
「楽多の母?」
「そう! この辺りで噂されてる幻の占い師! なんでも当てちゃって、出会った人は幸せにしてもらえるの! どこにいるかはわからない、神出鬼没の人!」
いづみちゃんは興奮して、目の前の占い師に熱い視線を送った。
「いやねぇ、そんな大したものじゃないわよ。今まで占った人は、私が幸せにしたわけじゃないわ。自分で幸せを掴んだのよ。私の占いは、たまたま噛み合った小さな歯車にすぎないわ」
「だったら、そんなものあえてやろうと思いません。行くよ、いづみ。こんな胡散臭いものに手を出さないの。この人が、あんたの言う楽多の母だっていう証拠もないじゃない」
アキラちゃんはいづみちゃんの手を掴むと、力づくでこの場を離れようとした。
「ま、待ってアキラちゃん! もう一生会えないかもしれないんだよ? 占ってもらおうよ~」
「そうだよアキラちゃん! もし楽多の母じゃなくても、運試しに見てもらうくらい~!」
なぜか信二も、いづみちゃんと一緒に駄々をこねた。
「あんた金ないんだろ?」
「うっ……」
痛いところを突かれ、信二の勢いが弱まった。
「あははは。じゃあ、試しにお姉さんを占ってみせようか? それで判断してくれればいい。もちろん、お代はいらないよ。もしそれで信じてくれたら、他の子も占っていいかしら? そうねぇ、特別に百円で見てあげる」
占い師は、のんびりとした口調で言った。
アキラちゃんは疑うような視線を送っていたが、自分に向けられる縋るような二つの眼差しに負けたのか、乱暴な足取りで占い師の前に立った。
「うん、ありがとう。じゃあ、ベタだけど手のひらを見せてくれる?」
アキラちゃんは台の上に右手を差し出した。
占い師は白く細い指で柔らかく持ち上げ、深く被ったフードの下から覗いた。
「うん。じゃあ、貴女のことを当ててみましょうか。それが一番、信じてくれるでしょう?」
アキラちゃんは黙って頷いた。
占い師は、じっと手を見つめたと思うと、静かに口を開いた。
「貴女、お兄さんがいたでしょう?」
まるで冷たい風が吹いたようだった。
対峙するアキラちゃんの顔から、一気に血の気が引いた。
「そのことを、だいぶ気にしているみたいね。知らず知らずのうちに、貴女はお兄さんへの気持ちに縛られちゃっているわ。苦労したんじゃない? 誰にも相談できずに、一人で苦しんで。自分一人で強くなろうとしちゃってるのね。今までも」
「そこまでだ!」
まったく気がつかなかった。
いつの間にかドコツカから出ていたヨイチが、占い師の首に絵字不刀を突きつけ、鋭く睨んでいた。
「これ以上お嬢を苦しめると、貴様の命はないっ!」
牙を剝き出しにして、ヨイチは唸った。
見ると、アキラちゃんは汗をびっしょりと掻き、顔は真っ青だった。
「あら、そんなつもりはなかったのだけど。ごめんなさいね、使い魔さん。これ以上、貴方のご主人を視ることはしないわ……どうかしら? 私のこと、信じてもらえた?」
「……は、はい」
「そう、よかった」
占い師が手を離すと、アキラちゃんは力なくその場にへたりこんだ。
「アキラちゃん!」
僕たちが駆け寄ると、いづみちゃんに手を貸してもらいながら、アキラちゃんはなんとか立ち上がった。
「大丈夫だよ。ちょっと驚いちゃったかな。なんにしても、この人は本物みたいだね」
弱々しく笑うアキラちゃんを、ヨイチが誰よりも心配そうに見つめていた。
「ありがと、ヨイチ。ドコツカの安全機能が発動するくらいだったか。あはは、情けないな」
「貴女の使い魔は本当にいい子よ。大事にしなさい。殴るのもほどほどにね」
先ほどのことを見ていたように、占い師は微笑んだ。




