GW 『楽多2』
「あ! マスター・ドーナツだ! 食べたい!」
駅から少し歩き、人通りが落ち着いたところで信二がドーナツのチェーン店を指さした。
心なしか声が少し上擦っている。
「もしかして、食べたことないのか?」
「ない! 見たのも初めてだ!」
気持ちよく言い切った。
この店は全国チェーンの店で、駅前とか小規模であればスーパーにも入っている。それなのに見たこともないとは、いったいどんな田舎から来たのだろう。
「じゃあ、ちょっと買おうよ。ほら、今百円セール中だし」
いづみちゃんの後押しに、信二と小太郎は目を輝かせた。
僕らは一個づつドーナツを選んで買うことにした。
信二が無謀にも全種類を買おうとしたので「また来ればいい」と言って全員で止めた。ポイントカードを作らせたから、全種類制覇に勤しむことは間違いないだろう。
僕が選んだのは、チョコレートで表面をコーティングしてあるドーナツだ。
口に入れると、チョコのほろ苦い甘さが広がり、生地のサクサクとした食感が食欲を駆り立てた。
久しぶりに食べたけど、安定のうまさだ。
すべての種類を食べたことがあるわけじゃないし、信二が行くときは、僕もたまについて行こう。
「ドーナツ一個であれだけ騒げるのは、ある意味羨ましいな」
自分のドーナツをアリエッタにも分けながら、衛が呟いた。
ちなみに、衛のはイチゴ味のかわいいやつだ。似合わないけど。
「うるさい。だって、テレビでしか見たことなかったんだよ。おれの夢と憧れがこの街には詰まっている。遊園地よりも楽しいよ、まぁ、そっちも行ったことないんだけど」
「……なんだか可哀想になってきた」
となりでアキラちゃんが目を細めた。
「俺も」
「僕も」
「なんだかわたしも」
「……そんなに同情しないでくれよ」
途中、クレープ屋やメイドカフェなどにも過剰に反応し、はしゃぐ信二にかまいながら、やっと目的の雑貨店にたどり着いた。
この店はテレビでも度々紹介されるほどの人気店で、見た目や機能が面白い雑貨や文房具などを扱っている。全国展開されていて、僕も地元の店に行ったことがある。
でも、さすがにここまで大きいところは初めてだった。
フロアごとに置いてある商品が違って、ビルが丸ごとお店になっていた。驚いたが、言葉を失った信二ほどではない。
「道を挟んだ反対側の建物が本屋さん。そこも一階から全部だから、たぶん探せばどんな本でもあるよ。で、ここの三階に手芸道具が」
「行こう」
いづみちゃんが言い終わる前に、衛が鼻息荒くエスカレーターに乗った。
「上の階から順番に見ようぜ。そのほうが効率いいだろ」
「ま、特別欲しいのがなければ、他の階は適当に流して見ようよ。ここに来るまでに、だいぶ時間使っちゃったからね」
アキラちゃんのからかうような視線が、信二に向けられた。
忙しく頭を動かしていた信二も、このときは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
商品はどれも見ていて飽きることはなかった。三階に着くと、騒ぎはしなかったが、衛の目にも信二並の輝きが宿った。
「お、二又のニードルがある。部にあるのは普通のニードルしかないんだ。これ買っていこう」
「よかったね、衛くん」
「今どんなの作ってるの?」
「前期中にフェルトで作品を作ることになってな。生地自体は、大学の近くで買えるからいいんだが、道具を売ってるところはなくてな」
「衛はなに作るんだ?」
「一年はマスコットを作ることになってるから、等身大のアリエッタを作ろうかと」
胸ポケットにいたアリエッタが「キュイ」と嬉しそうに鳴いた。
「……つくづく衛くんって」
「「「全然似合わないけどな!」」」
雑貨店では、衛を中心にそれぞれが買い物をした。
アキラちゃんは手のひらサイズの観葉植物を。
いづみちゃんは手帳に貼る動物のシールと付箋を。
衛はもちろん手芸道具を買い、僕はアキラちゃんオススメのボールペンを買った。
信二は絶対に必要ないであろう、ぬいぐるみやクッション、パーティーグッズなどを買った。
止めようと思ったが、心から楽しそうな信二を見るとそんな気も失せていった。
みんなも同じようで、諦めた表情で顔を見合わせた。




