03話 神はいつでもマイペースです
お久しぶりです。
題を「マイペースです」と「ゴーイングマイウェイ」で迷ったのですが、響きと他の題の感じで選びました(笑)
神水の泉は聖教会の奥にある。これは盗まれないようにするためではなく、神の姿を安易にさらさないためだろう、というのが僕の見解だ。神水があったって、降臨するかどうかは神の気分次第なのである。
守護の有無を確かめるには、簡単に言えば神水の泉の前に立って問いかければ良いらしい。守護してくれている神がいたら必ず現れる。精霊でも同様だ。僕の場合、結果はわかりきっているので緊張する必要もない。聖名をもらった時点で誰もが予想しているだろう。本人からも聞いたし。
なお、地方教会では神水がないため“誰の”守護なのかは調べられない。神水を何倍かに薄めた聖水に素手で触れ、色が変われば守護持ちというわけだ。その後聖教会で確かめる事になる。
聖水は聖教国がつくっているもので、弱い魔物を退ける効果があるらしい。らしい、というのは見た事がないからだ。聖水は聖教国が独占しているがそれほど珍しい品ではなく、わりとよく出回っている。これはタダ同然で配られているからで、聖教会の神水を盗まれないためでもあるだろう。神水がわいているのは源神の泉だけであるため、なくなると一々運ばなければならないのだ。
先ほど“泉が奥にあるのは神水が盗まれないようにするためではない”と言ったが、だからといって神水が盗まれて困らないわけではない。神が降臨するかどうかは神次第であるがゆえに、教会以外の場所で降臨される可能性もあるのだ。そうなってほしくないのは聖教国だろう。盗まれないようにする必要がないのは、ひとえに翼人の気性なのである。
閑話休題。
話を戻すと、僕が聖水を見た事がないのはフィーリッツ地方には聖水が効く魔物がほとんどいないからだった。いたとしても、害がないとして放置されるか瞬殺される。あるいは、子供の戦闘訓練用になるだろう。そんな事情があって、聖水をフィーリッツ地方へ持って来るような人はいないのだ。
そういうわけで、僕は聖水を初めて見る。儀式のために体を清めるのだそうだ。神水では清浄すぎるため、こういった儀式では聖水が使われるらしい。
体を洗い、聖水につかる。俗に言う禊ぎというやつだ。何度もアーリアに会っている僕としてはそこまでする必要があるのかと思うが、神水に降臨するという事は実体なので夢とは違うのかもしれない。
禊ぎが終わると白を基調に青と金の模様が入った服を着た。聖職者が着ているものよりシンプルで、ワンピースに似ている。かわいい女の子に見えるだろうな、と母上似の顔を思い出して遠い目をした。
「ではこちらへ」
リムールの案内で奥へと入ってゆく。儀式は僕とリムールだけで行うため、お祖父様は別室でお茶でも飲んでいるのだろう。
神水の泉は聖教会の中庭にあった。確かに、ここならどこから入っても“奥”である。ただし、庭なので空に障害物は見当たらない。結界は張ってあるが侵入するとすればここからだろう。何せ補助系魔法が得意な翼人の国なのだから。
尤も、余程のメリットでもない限り翼人はそんな真似をしない。結界を破れる可能性のある魔人も同様で、心配するだけ無駄というものである。警戒しておくにこした事はないが。
泉の前まで行くと膝をついた。儀式通りの言葉を口にしようとして、固まってしまう。
どんなに強い魔物相手でも感じた事がない威圧感。禍々しいわけではなく、逆に神々しい感じがする。
神気。
アーリアが神である事を再認識した瞬間であった。
威圧感が薄まり驚きが冷めると、代わりに生まれた感情は呆れだった。リムールの雰囲気は愕然としており、アーリアはしてやったり、という顔である。
「……まだ何も言ってないんだけど」
「あんなもの形式だけだろう。必要ないな」
だからといって儀式の途中に来るなんて迷惑極まりない。少しはこちらに合わせてほしいものだ。
ため息をつきたいところだが、リムールがいるので自重した。
「リムール、大丈夫ですか?」
「あぁ、はい」
我に返ったリムールは少々複雑そうな顔をする。儀式を無駄だと言われたのだから仕方ないだろう。
たとえ年が違っても身分が下の者を呼び捨てにするのはリッツィア王国の文化である。同じ身分でも名前の呼び捨てだ。逆に目上の人は本人が許可してなおかつ私的な場に限り愛称、あるいは名前呼び。それ以外は必ず立場で呼ぶか、敬称をつけなければならない。父上ならブーゲンビリア公爵、あるいはアガット様、というように。
「ところでフィリアス、見事に女の子だな」
「……自分でもちょっと思いましたけど悲しくなるので言わないでください」
「ククッ、かわいいのは今だけだ。気にするな」
「だったらえぐるような事を言わないでくださいよ」
アーリアは以前より冗談を言うようになった。お祖父様がもう一人いるようでたちが悪い。
「それはそうとなぜ敬語なんだ。いらんと言ったろう」
「えー、一応人前ですし」
「いらんいらん。私が良いと言ってるんだ」
「横暴ー」
「神とは得てしてそういうものだ」
開き直りやがった。あ、いや、開き直りなさった。
「丁寧にしても変わらんぞ」
知ってる。
「あの……」
遠慮がちな声に、僕はリムールを見た。そういえば人前だとか言いながら放置していた気がする。ごめんなさい。
「フィル様はアーリア神と面識がおありなのですか?」
「夢でよく会いますよ」
「夢で?あぁ、私に敬語はなしでお願いします。アーリア神にお使いしなくて私には使うというのは少し」
「わかった」
まぁ、聖職者としてはあるまじき事なのだろう。
「それで夢というのは……」
「そのままの意味だ。フィリアスは私の寵愛を受けているからな。夢で会うくらい造作もない」
「は?」
「えっ?」
思わず声を上げる。
「今寵愛って言った?言ってないよね?」
「ククッ、現実逃避は良くないぞ。私が君に与えたのは寵愛だ。聞き間違いではないからな?」
冗談じゃない。
一般的には神の守護や精霊の守護と言われるが、他にも庇護、加護、寵愛というものも存在する。簡単に言うなら守護のすごいバージョンで、後者へいくほど神に愛されているという事だ。四つを総称して守護とも言う。
つまり寵愛は守護の中でも最上級で、数千年に一人しかいない。僕は最高神ともささやかれるアーリアに聖名をもらっているし、その上寵愛までもらったとなればかなり危ない。(色んな意味で)狙われる。
「フフッ、心配するな。表向きは庇護という事にしておいて、信用できるヤツにだけ話せば良い。たとえ王だろうと利用されかねないと思えば黙っておけ。なぁ?」
最後の言葉はリムールに向けられた。現れた時と同じように、威圧的な神気が辺りを包む。
「……っ!は、い……もちろんです……!」
リムールが返すと、アーリアはにっこり笑う。空気が軽くなった。
「と、いう事だ」
「まぁ、仕方ないね。諦めるしかないか」
「人生諦めが肝心、ってヤツだな」
アーリアには言われたくない。
内心ため息を吐きつつ、神様が他人に左右されるはずもないよなぁ、と思った。配慮してもらえるだけまだマシだ。なぜかはわからないが、それだけ気に入ってもらっているからこその寵愛なのだろう。
まずはお祖父様に相談しなくてはならない。アーリアを見送りながら、僕は今後の事を考えていた。
04/08 誤字修正




