表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルゴールの謎  作者: 櫻木サヱ
鳴り始めた音

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/2

午前三時十三分の音

その夜。


結衣はいつもより早く布団に入った。


部屋の隅には、昼間に買ったオルゴールが置かれている。


結局、あの老人に「縁があった人しか手に取らない品ですよ」と言われ、不思議な気持ちのまま買ってしまったのだ。


両親には「かわいいね」と言われただけで、それ以上は何も聞かれなかった。


しかし結衣は、どうしても気になっていた。


あの店。


あの老人。


そして最後に聞こえた、かすかな声。


「……たすけて」


あれは本当に気のせいだったのだろうか。


部屋の時計は午後十一時を回っていた。


窓の外では風が木々を揺らし、カーテンがゆっくりと膨らんではしぼむ。


結衣はオルゴールを見つめた。


静かだ。


もちろん、ゼンマイは巻いていない。


勝手に鳴るはずがない。


「……考えすぎだよね。」


そう呟いて部屋の明かりを消した。


暗闇が広がる。


街灯の明かりだけがカーテン越しに差し込み、部屋の家具がぼんやりと浮かび上がる。


目を閉じる。


眠ろう。


何も考えない。


そう思えば思うほど、頭の中にあの曲が流れ始める。


優しく、どこか懐かしい旋律。


知らないはずなのに、歌えそうなほど耳に残っている。


「……嫌だな。」


寝返りを打つ。


ようやく意識が遠のき始めた、その時だった。


カチ……


小さな音がした。


結衣は目を開ける。


静寂。


気のせいだ。


古い家だから、木が軋んだだけ。


そう思った。


カチ……


また鳴る。


今度はもっと近い。


結衣はゆっくりと体を起こした。


部屋の中は真っ暗だった。


時計を見る。


午前三時十三分。


その瞬間。


カチ、カチ、カチ……


ゼンマイを巻く音が聞こえた。


結衣の全身が強張る。


音は部屋の隅からだった。


オルゴール。


誰も触っていない。


それなのに。


カチ、カチ、カチ……


まるで見えない誰かが、丁寧にゼンマイを巻いている。


「……やめて。」


思わず声が漏れる。


すると。


音が止まった。


部屋は静まり返る。


ほっと息をつこうとした、その次の瞬間。



オルゴールが鳴り始めた。


昼間と同じ曲。


だが今は違う。


音がどこか歪んでいる。


一音一音が、耳ではなく頭の中に直接流れ込んでくるようだった。


結衣は布団を握りしめる。


止まらない。


音はゆっくりと部屋中に広がっていく。


そして。


コン……


小さな音。


窓だった。


誰かが窓を叩いたような音。


結衣は恐る恐る視線を向ける。


二階の部屋だ。


外に立てる場所などない。


それなのに。


コン……


また鳴る。


コン……


コン……


一定の間隔で。


何かが窓を叩いている。


「お父さん……?」


助けを呼ぼうとした。


しかし声が出ない。


喉が締めつけられたように息が詰まる。


その時だった。


カーテンの向こうに、人影が映った。


細い。


小さい。


女の子。


長い髪。


首を不自然な角度に傾けたまま、じっと窓の外に立っている。


ありえない。


二階なのに。


結衣は目を見開く。


人影は動かない。


ただ立っている。


オルゴールの音だけが流れ続ける。


やがて。


カーテンの向こうの影が、ゆっくりと右手を持ち上げた。


そして。


トントントン……


三回。


窓を叩いた。


結衣は叫ぼうとした。


その瞬間、部屋の電気が突然ついた。


「結衣!」


母親だった。


「大丈夫!? 今、叫び声が聞こえたけど!」


結衣は震えながら窓を指差す。


「そ、そこ……女の子が……!」


母親はカーテンを開けた。


外には夜の住宅街が広がっているだけだった。


誰もいない。


「夢でも見たの?」


「違う……いたの……本当に……。」


母親は心配そうに額に手を当てた。


「熱はないね。最近疲れてるんじゃない?」


結衣は返事ができなかった。


母親が部屋を出ていく。


ドアが閉まる。


その時、ふと机の上を見る。


オルゴールの蓋が開いていた。


さっきまで閉じていたはずなのに。


結衣は恐る恐る近づく。


中を覗き込む。


そこには、小さな紙切れが一枚入っていた。


昼間にはなかったものだ。


震える手で取り出す。


紙には、子どものような字で、たった一文だけ書かれていた。


「まだ、きこえてる?」


結衣の背筋を冷たいものが走る。


その文字を見つめていると、不意に違和感を覚えた。


インクが滲んでいる。


いや、違う。


滲んでいるのではない。


紙に染み込んでいたのは、赤黒い液体だった。


結衣が息を呑んだ瞬間。


耳元で、誰かが囁いた。


「……きこえた。」


冷たい吐息が首筋を撫でた。


結衣は悲鳴を上げながら振り返る。


しかし、そこには誰もいなかった。


ただ、開いたままのオルゴールだけが、ゆっくりとひとりでに蓋を閉じた。


――パタン。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ