骨董店の奥
六月の終わり。
雨が降りそうで降らない、重たい曇り空が町を覆っていた。
相沢結衣はため息をつきながら商店街を歩いていた。
中学二年生。
どこにでもいる普通の女の子。
強いて言えば、怖い話が苦手だった。
テレビの心霊特集は見ない。
ホラー映画も見ない。
学校で怪談話が始まれば、自然とその場から離れる。
そんな結衣だった。
その日も部活帰りだった。
吹奏楽部の練習が長引き、帰る頃には夕方になっていた。
商店街は薄暗い。
シャッターの閉まった店が並び、人通りも少ない。
ガラガラ……
風でどこかのシャッターが揺れる。
結衣は少し足を速めた。
すると。
見慣れない店が目に入った。
「……あれ?」
立ち止まる。
そこには古びた木製の看板。
『黒崎骨董店』
そんな店あったっけ?
毎日通る道だ。
見逃すはずがない。
しかし確かに店は存在している。
窓ガラスは曇り。
店内は薄暗い。
まるで何十年も営業しているような古い店だった。
不思議だった。
気づけば結衣は店の前に立っていた。
カラン。
ドアを開ける。
鈴が鳴った。
中は薄暗い。
時計。
人形。
写真立て。
陶器。
古い家具。
色々な物が並んでいる。
どれも妙に古い。
そして。
どこか視線を感じた。
誰かが見ている気がする。
結衣は振り返った。
誰もいない。
気のせい。
そう思った。
その時だった。
♪――
小さな音。
オルゴールだった。
店の奥から聞こえる。
優しい音色。
だけど。
なぜか胸がざわつく。
知らない曲なのに。
どこかで聞いたことがあるような気がする。
結衣は音に引き寄せられるように歩いた。
店の一番奥。
棚の上。
そこにあった。
木製のオルゴール。
黒い箱。
表面には無数の傷。
蓋には少女の絵が描かれていた。
赤いワンピース。
長い髪。
そして――
泣いている。
結衣は息を呑んだ。
なぜこんな絵を描いたのだろう。
見ているだけで不安になる。
すると。
「気になりますか」
後ろから声がした。
結衣は飛び上がった。
振り返る。
老人が立っていた。
いつ現れたのか分からない。
白髪。
細い身体。
異様に白い顔。
「うわっ!」
老人は微笑んだ。
「驚かせてしまいましたね」
「い、いつから……」
「最初からいましたよ」
結衣は店内を見回した。
いや。
いなかったはずだ。
絶対に。
でも老人は平然としている。
「そのオルゴールは人気なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ」
老人は静かに頷いた。
「音が、とても綺麗ですから」
結衣はもう一度オルゴールを見る。
不思議だった。
怖い。
なのに目が離せない。
「鳴らしてみますか」
老人がゼンマイを回した。
カチカチカチ。
そして。
♪――
音色が流れ始める。
静かな曲。
優しい曲。
だけど。
聞いているうちに妙な感覚に襲われた。
誰かが耳元で囁いた気がした。
「――たすけて」
結衣は顔を上げた。
「え?」
曲は続いている。
老人は無表情。
店内には誰もいない。
今の声は。
誰だった?
「どうしました」
「今……誰か……」
老人は少しだけ笑った。
「気のせいでしょう」
その笑顔を見た瞬間。
なぜか背筋が冷えた。
まるで。
その言葉を何百回も言ってきた人間の顔だった。
結衣は急に帰りたくなった。
だが。
なぜか視線がオルゴールから離れない。
少女の絵。
泣いている少女。
その目が。
さっきより少しだけこちらを向いている気がした。
気のせい。
そう思いたかった。
しかし。
どうしても。
そうは思えなかった――。




