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短編作品

【番外編】熊のような女はごめんだと婚約破棄された令嬢ですが、はいそうですか、とはいかない

掲載日:2026/02/05


短編『熊のような女はごめんだと婚約破棄された令嬢ですが、はいそうですか、とはいかない』(https://ncode.syosetu.com/n4436ls/)の『ヒーロー視点の番外編(前日譚)』です。


*「本編の短編→番外編」の順番のほうがより楽しんでいただけるかもしれませんが、こちらだけでも読んでいただけると思います。


 王妃さまが主催するパーティが王宮で開かれている。


 その夜、僕が住む廃墟のような北の離宮には不釣り合いなほど、豪勢な食事が特別に運び込まれた。


 いつものことだ。特にパーティが開かれる夜は。


 普段の僕の食事は一日一回。それも固くなったパンと薄いスープのみ。


 しかも時々忘れられるか、使用人が()()()()床にぶちまけるかするものだから、僕は常に空腹だった。


 それでも目の前の贅を尽くした料理の数々を見ても、すぐに手を伸ばす気にはならない。


 ──毒入りだからだ。



 この王国の名ばかりの第二王子、デミアン。それが僕だ。


 今は亡き前王妃さま。その前王妃さまの侍女に国王が酔った勢いで手をつけた末に生まれた、不要な子ども。


 侍女は前王妃さまがこの国へ嫁ぐ際に祖国から連れてきた最も信頼する専属侍女だったらしいが、出産後、祖国へ返されたという。


 だから僕は母親の顔も知らない。


 当初、前王妃さまは専属侍女への思慕と責任感から、残された僕のことを気にかけてくれていた。


 しかしある日を境に、僕が視界に入るのを避けるようになった。


 ──熊の獣化。


 初めて僕にそれが発現したのは、僕が六歳のときだった。


 人間であるはずの体が、突如として熊の姿に変わる。そして奇怪なことに、また人間の姿に何事もなく戻る。


 普通の人間には決して起こりえない現象──。


 初めてそれを目にした前王妃さまは、まるで悪魔でも見たかのような形相で顔を強張らせた。


 そして僕は、前王妃さまが住んでいた本宮の別棟から追い出され、北の離宮でひとり暮らすことになった。



 前王妃さまが亡くなったあとは、より一層いない者として扱われる。


 その後、今の王妃さまが来られてからは裏で食事に毒を盛られたり、偶然を装った事故で怪我をしたりするなど、命の危機を感じるようになった。


 だが獣化する身体のおかげなのか、僕は毒が効きにくく傷の治りも早いようで、何とか生きながらえている。


 何も望まず、ただ息を殺して生きるだけの日々。


 食事に盛られている毒は、すぐさま死ぬ量ではないようだ。あえてそうしているのだろう。


 とはいえ、口にすれば激しい腹痛と吐き気、痺れに襲われる。


 それでも食べないわけにはいかない。



 あるとき、用意された豪勢な食事を見た使用人のひとりが我慢できず、僕の元に運ぶ前につまみ食いしたことがあった。


 それがバレたとき、毒に悶え苦しむその使用人の首が飛んだ。物理的に、だ。


 またあるとき、毒入りに気づいた使用人がいた。


 彼は僕に同情し、食べたことにしてこっそり食事を捨ててくれた。 


 でも次の日、離宮からその使用人の姿が消えた。誰に訊いても知らないと口をつぐむ。


 食事だけに限らず、僕の話し相手になってくれた使用人や、怪我した僕の腕に包帯を巻いてくれたメイド、見るに見かねて食事を差し入れてくれた騎士……、気づけば皆、離宮からいなくなっていた。


 不安に駆られ必死で訊ねるも、「異動になった」「病気になって辞めた」などもっともらしい理由を口にされるばかり。


 それが本当かどうかなんて、離宮の敷地から出ることが許されない僕には確かめようもない。


 彼らの無事をただ祈ることしかできない。


 毒入りの食事を食べたふりをして誤魔化そうとしたこともあったが、すぐに気づかれた。


 僕がいくら苦しんでも、誰も助けてはくれない。


 でもそれでいい。


 僕に親切にしてくれる心優しい誰かが犠牲になることは避けられるのだから──。



 僕は出された食事を何とか口に運び、可能な限りお腹に入れて食べ終える。


 どのみち毒入りでなくとも、食が細くなっているので完食することは難しい。


 しばらくして確認するように食器を下げにきた使用人の気配が消えたあとで、毒の影響が出始める身体に力を入れて何とか部屋を抜け出し、建物の裏手にある庭に出る。


 何年もまともに手入れされていないため、草木は伸びて荒れ放題だ。湿った土の匂いが鼻をかすめる。


「……確かこの辺に、──っ、生えていた、はず──」


 身体に回る毒のせいで呼吸が荒くなる。


 暗闇の中、月明かりだけを頼りに手探りで目的のものを探すのは容易ではない。


 この北の離宮には書庫がある。亡き前王妃さまはご自分の中から僕という存在をなくしてしまおうとしていたが、それでも完全に突き放すことはできなかったのか、離宮で過ごす僕に多くの書物を与えてくれた。


 書物は手当たり次第に用意させたのだろう、種類に一貫性はなく、小説や詩歌などの文芸書から実用書、学術書、絵本までさまざまあった。


 その中には植物図鑑も含まれていた。


 前王妃さまが亡くなり、今の王妃さまがその座に就かれてしばらく経った頃のある日、初めて僕の食事に毒が混ざっていた。


 苦しみながら思い出したのは、植物図鑑に描かれていた解毒作用を持つ薬草のこと。


 そして、その薬草によく似た草が離宮の庭の隅に生えていたのを見た気がすること。


 何とかその草を見つけ、すがる思いで食べたところ、毒気がわずかに和らいだ。


 まさか毒を盛られるなんて思いもしなかった。


 恐ろしかった。命を狙われるほどの激しい憎悪を向けられるなんて──。


 また同じことが起きる可能性は高い。だからできることなら、前に見た植物図鑑で念入りに確認したかったが無理だった。


 その頃には図鑑だけでなく、多くの書物がもう書庫にはなかったからだ。


 いつからか使用人達が勝手に書物を少しずつ持ち出し、売り払ってしまっていたのだ。


 今では棚のほとんどが空っぽだった。


 でも僕は一度読んだ書物の内容は忘れない。そのおかげもあって、記憶を頼りに薬草に似た草を探すことができたのは幸運だった。


 以来、毒を口にするたび、こうして庭に出て薬草に似た草を探すようにしていた。



「──誰だ!」


 そのとき突然声がした。


 毒のせいで鼻もきかず、気づくのが遅れた。

 ハッとして振り返った僕をランプの光が照らす。


 見張り役の騎士がふたり立っていた。


「おい、デミアン殿下だぞ! どうしてここに?」

「早く立って! 部屋にお戻りください!」


 騎士らは面倒なことを起こされたと、叱責するように言う。


「……すみません」


 僕は身体に力を入れて立ち上がり、謝る。


 相手は盛大に舌打ちする。お酒のにおいがするところを見れば、見張り同士で一杯やっていたのだろう。


「──ったく、あっちじゃ盛大なパーティが開かれてるってのに」


「俺らはハズレ王子の世話なんてな。貧乏くじもいいところだ。さあ、早く」


 騎士らは愚痴を言い合い、ふたりのうちのひとりが剣の鞘の先端で僕の背中を小突いて急かす。


 もう片方の騎士が素知らぬふりをしてわざと足を伸ばし、僕の足に引っかける。


 つまずいてよろけた瞬間、彼は鞘を振り上げて、僕の脇腹を打ちつけた。


「あれ、何か当たりましたか? 申し訳ありません、暗くてよく見えないもので」

「そうそう、わざとじゃないんですよ」


 悪いとは微塵も思っていない様子でニヤニヤと笑う。


 彼らは、僕が何の力もない見せかけの王子だと、自分達を罰することなどできるはずがない、とわかっている。




 部屋に戻ってきても、彼らは酒を飲んでいるせいもあり日頃の憂さ晴らしでもするように、剣の鞘を振り下ろして僕の身体を打ちつける。それも肩や腕、脇腹などの服で隠れるところばかりを選んで。


「──うっ」


 激しい衝撃に僕は思わずうめき声をあげ、たまらず床に倒れ込んでしまう。


 それでも痛みに耐えながら、必死に感情を抑え込む。


(だめだ……。抑えろ……)


「な、何やってるんですか……!」


 そのとき、開いたままのドアの向こうから男の使用人が現れた。その使用人は恐る恐る部屋の中を覗き込みながら言う。


「こ、怖くないんですか……? 触れると、自分も呪われるかもしれないんですよ」


 騎士が振り返り、剣を持ち上げて意味深にニヤリと笑う。


「ほら、だから直接触ってないだろ? それに、呪いなんてただの噂だろ」


「で、でも、呪いのせいで奇病にかかってるって。の、呪いだって、奇病だって移るかもしれないじゃないですか! どうなっても知りませんよ!」


 使用人はブルブルと震えながら声をあげる。



『──ねえ、デミアン殿下。恐ろしいと思いませんこと? 人間が獣に変わるだなんて。まるで呪いではありませんか』


 初めて顔を合わせた日、今の王妃さまが僕に言った言葉が蘇る。


『殿下の母である侍女、彼女の祖国では、時々そういう子どもが生まれるようですわね。何でも大昔、かの国の王命により国中の獣を虐殺した際、獣らの怒りを買ったことがあったとか。それ以来、呪われた子が生まれると言い伝えられていて、そういった子どもは忌避されるのだそう──。ああ、お可哀想な殿下、産まれた瞬間から呪いをその身に受けていらっしゃるなんて』


 そのとき、自分自身について何も知らなかった僕は、告げられた事実にひどく動揺した。


 そんなことない、と否定しようと伸ばした手は、硬い扇でバシンッと勢いよく払われる。


『──あらやだ、触らないでくださいませ。わたくしまで呪われるではありませんか』


 僕が獣化するのは、呪いのせい……?

 僕のせいで、ほかの人も呪われる……?


 本当かどうかわからない。


 でももし、呪われている僕に関わったせいで、僕に触れたせいで、これまで僕の周りにいた人達に不幸が降りかかってしまっていたとしたら……。


 ──お前のせいで呪われる。


 そう言われても、それは間違いではないのだろう──。



 どうなっても知りませんよと叫んだ使用人のあまりの怯えぶりに、騎士らはわずかに怯んだ様子だった。さっきまでの勢いが削がれたように、お互いの顔を見合わせる。


「おい、そろそろ行こうぜ」


「あ、ああ、そうだな。じゃあ殿下、外に出ないでくださいよ、面倒ですので」


 そう言って彼らは部屋のドアを乱暴に閉めて出ていく。


 僕は床にうずくまったまま、両手で身体をぎゅっと抱え込む。


(抑えろ……、傷つけちゃ、だめだ……)


 少しでも気を抜けば、あっという間に熊に変わってしまいそうな自分を必死で抑える。


 自分はまだ子熊とはいえ、その気になれば人間などいとも簡単に殺せてしまう。


 毒の影響による苦痛のせいで、普段よりも抑えがきかない。頭の中で負の感情が吹き荒れる。


 ──何で自分はここにいるんだろう……。

 ──存在する価値なんて、これっぽっちもないのに……。


 いっそのこと、産まれた瞬間にでも殺してくれていたらよかったのに、と何度思ったことか。


 喘ぐように息をする。


 毒が盛られた食事や偶然を装った事故で常に命を狙われ、そのうえこうした暴力まで受け続ける、終わりの見えない日々。


 それでも意識を失う寸前、暗闇の奥に一筋の光が見えたような気がしたのは気のせいだろうか。



 そのときの僕はまだ知らない。


『呪いだなんて! そんなわけないでしょう!』


 そう言って何の躊躇いもなく手を握ってくれる、光のような彼女、ジュディス・ガルディーニともうすぐ出会えることを──。





最後までご覧くださり、ありがとうございます!


『ヒーロー視点の番外編(前日譚)』でした。


以下の↓『本編の短編(ヒロイン視点)』がまだの方は、よければこちらも覗いてみていただけると嬉しいです(ˊᵕˋ*) ふたりの出会いにつながるお話になっています。


短編『熊のような女はごめんだと婚約破棄された令嬢ですが、はいそうですか、とはいかない』

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