第十四話 イノシシさんと新米の塩おにぎり
田んぼの黄金色が刈られ、景色がすっきりした頃。とある田舎にある名のないお店では、店主の森山 小春がお釜でお米を炊いているところだった。
「ほかほかの新米ちゃーん。はやく炊けておいでー」
妙な鼻歌を歌いながら、楽しそうにお釜を見つめている小春。身体の揺れに合わせて、トレードマークの三つ編みも揺れていた。
「新米を堪能するならやっぱり塩おにぎりだよねっ。おじいちゃんから沢庵ももらったし、あとは朝の残りのお味噌汁を合わせれば、新米セットの出来上がり! ってね」
『はじめちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな』。昔ながらの火加減の歌を歌う小春の背中から、うきうき感が滲んでいる。そんなときに限って現れるのがそう、付き人である。
「おはよう、小春。おいしそうな新米を分けてもらいに来たよ」
「わわ! おはようございます、イノシシさん!」
山吹色の狩衣を纏ったイノシシが、明るい声とともに店にやってきた。
「もうそろそろ、新米が炊き上がる頃だね」
鼻をひくひくさせながら、イノシシが言う。
「な、なんで私が新米を炊いてるって知ってるんですか…!?」
「そりゃあ、神様はなんでもお見通しだからさ」
グッグッとイノシシは声を上げて笑う。イノシシが仕えるのは健康の神様だ。なんでも健康の神様は食べることが大好きで、時折小春のお店の様子を覗いているとか、いないとか。
「新米はどうやって食べるつもりだい?」
「今日は塩おにぎりにしようと思います。沢庵と、お味噌汁を添えて」
「そりゃあいい! 森山家のおにぎりは塩加減がちょうどいいんだ!」
一緒に食べる気満々のイノシシは、カウンターに座った。彼女の豪快な性格は気持ちが良く、小春もついつい同席を許してしまうのである。
炊きあがった新米は蒸らしの時間を置いたあと、丁寧に上下にほぐして、おひつへと移す。お米の甘い香りがふわっと立ち昇り、思わずお腹が鳴ってしまいそうだ。そうして氷水と塩を用意すれば、熱々ごはんとの戦いの時間だ。
「炊き立てだからこそ、おいしい塩おにぎりになってくれるんです!」
両手を氷水で冷やしたら、布巾で水気を拭いて、手のひらに塩を広げる。
「しょっぱくなりすぎないように、塩は強めの一つまみっと」
そして熱々のごはんを手のひらいっぱいに乗せて、まずはやさしくまとめてから、おにぎりの山を作っていく。
「力を入れすぎないように、ふわっと転がしながら…」
おにぎりの側面も整えるのを忘れないようにして、形を整えたら塩おにぎりの完成だ。炊き立てごはんのおにぎりは時間との勝負なので、小春は黙々と握っていく。
「――あちち」
時には熱さに負けそうになりながらも、小春は二人分の塩おにぎりを用意した。
「あとはおじいちゃんの沢庵と、残り物のお味噌汁を添えて……はい! 新米の塩おにぎりの出来上がりです!」
「このシンプルなのがたまらないねえ!」
グッグッとイノシシは笑い、目の前に置かれた塩おにぎりを嬉しそうに見つめる。小春が隣に座るのを待って、二人で『いただきます』をした。
「んー! いい塩梅だ!」
口に頬張ればほろりと崩れる、ちょうどいい握り具合。塩加減も新米の甘みを引き立てていて、邪魔にならない。添え物の沢庵と一緒に食べれば、よりお米の甘さが際立った。
「やっぱり森山家のおにぎりはいいねえ。何度握り方を聞いても、同じようにはならないんだよ」
「一体何が違うんでしょうね? 何か特別なことをしているわけではないんですけど…」
『あんたたちの手は魔法の手なのさ』と、グッグッと鼻を鳴らしてイノシシは笑う。その笑い方で本当にイノシシが楽しんでいるのが分かるため、小春もつられて笑顔になった。
「そういえば、小春。あんたが作ってくれた月見団子、うまかったよ」
「あ、イノシシさんも食べてくださったんですね」
「ああ。あれだけの量と種類を作るのは大変だったろう? 神様たちも大喜びしてたさ」
どの団子が一番おいしいか、お酒に酔った神様たちが討論を始めたりもしたらしい。
「いつもあたしらのためにありがとうねえ、小春」
「いえ。こちらこそ頼りにしてもらえて嬉しいです」
二人でにこにこしながら塩おにぎりを完食する。今日はレシピの代わりに、健康の神様の分の塩おにぎりを握って、イノシシに手渡した。
「お代、ここに置いておくね」
カウンターに古びた銀貨が一枚。塩おにぎりを片手に、イノシシは機嫌良く帰って行った。
「そろそろ銀貨の交換に行かなくちゃいけないかな」
手提げ金庫の中の銀貨を見つめ、小春は次の休みの行き先を決めたのだった。
『神様ごはん相談所』。お食事のお持ち帰りも承ります。




