第二十逃 ノイズ
「あ、起きたな」
ジャックスが目を覚ますと、視界にボンヤリとメシアの顔が映っていた。
「あれ...ここは...僕は...」
力の入らない体で顔の向きを変えて周りを見る、そこはジャックスにとって見慣れた空間だった。
約五年間暮らした自分自身の部屋。
使い慣れた机に、使い古した棚、そして、今居る毎日眠っていたベッド。
几帳面なジャックスによって手入れの行き届いた部屋。
ジャックスは一瞬で、エジェリー家に帰ってきた、否、帰ってきてしまったのだと悟る。
「全く...こっちでは しばらく厨二病全開でいようと思ってたのに、もう化けの皮が剥がれたぞ」
メシアは、横たわったまま放心状態のジャックスの視界に入るように椅子に座ったまま腕を伸ばしてブンブンと手を振り、愚痴をこぼす。
「......!そうだ!魔物は...!?」
ジャックスがガバッと起き上がり、大きい声でメシアに問いかける。
「お前のねーちゃんが退けたよ」
「そ...っか......!」
絶対に死んだと悟ったが、生存したということによる安心感がジャックスを満たす。
が、ほんの少し、部屋の埃くらいの悔しさがあった。
「とりあえず、みんなのところに行こうぜ」
そう言ってメシアは立ち上がり、ジャックスの部屋から出ようとする。
「ねぇ、メシア君。僕どのくらい寝てた?」
「ざっと...4時間...かな。移動時間で結構時間食ってるからここでは10分くらいかな。寿サンが『魔法』 をかけてっから、そんくらい寝てンのがフツーだってさ」
メシアが、「約40kmを4時間くらいだから、駅伝くらいだよな...... 俺ら抱えて...!? エグくね?」と続けて呟く。
「...ごめん、メシア君。僕...メシア君に頼りっぱなしで... 何も出来てないや」
ジャックスがそれを見て、申し訳なさそうに、寂しそうに はにかむ。
「お前謝りすぎ」
メシアがジャックスの額にデコピンを放つ。
「ぶぇっっ...!?」
ジャックスは手のひらで額を覆い、声を上げて驚く。
「よく聞けジャックス。お前は、自分を客観的に見る能力が大分欠けてんだ。大分な。行きすぎてる謙遜はけっこう嫌味だぞ」
ジャックスは不思議そうに きょとん とした顔でメシアを見る。
「我をちゃんとよく見ろよ、お前は強い。 ......それに... 助けられた度合いで言ったら我の方が、だし!」
「回復までの時間稼ぎ... それと帰宅RTAのときだろ? ギルド加入...はコーガさんの方か? あっあとゴブリン討伐の時もか。ほら、四つもあるぞ!多分まだある!」
と、助けられた回数を数え、それを満面の笑みで報告するメシアを見て、ジャックスが小さく吹き出す。
「ふふっっ。ごめんね...ありがと...」
涙を浮かべているが、顔の九割が笑顔で満たされている。
その涙を優しく手で拭うメシア。
「...まぁ 謝れないよりかはマシか...」
そう言ってメシアは苦笑いを浮かべた。
「いいいいいいねぇぇ 青春ってやつはぁ......!」
一方、シルクとシエロは、扉の向こうで若人の会話に聞き耳を立てていた。
「いやシルク...お前はまだ若いだろ」
「いやいやいやシエロ様さんから見たら若ぇけどよぉ 世間じゃ十分おばさんだぜ?」
そう言ってシルクは腰をかがめてシエロの頭に腕を置く。
「腕置くな、重い。...いくつなんだ?」
「ん〜...それは秘密。...女ですから、ね」
人差し指を唇に当て、普段からは考えられないほど色っぽく微笑み、シルクはきびすを返して みんなのところへと向かう。
「......そういうもんなのか?」
シエロは小走りでシルクを追いかけ、呟く。
「そーいうもんだよ」
「...てかそうか......お前女だったな」
「ははっ よく言われる」
そう言ってシルクは、見たことない苦い顔を浮かべた。
「よっっす〜〜〜!おまたせ!!」
ドアを勢いよく開け、大声を出しながらシルクが入ってくる。次にシルクの大股分遅れてシエロが。
リビングのテーブルに座っているのはエジェリー家はアレスとセラ。シルク側は 寿 だけ、コーガは「私は子供を置いてけぼりにしました」の木のプレート首から掛け、床に正座をしていた。
二人も椅子に腰をかける。
「おかえりそんなに経ってないけどね...」
それをアレスが笑顔で迎えた。
エジェリー家を発ってから約半日を移動時間に費やし、一日目は終了。
ジャックスをコーガが戦って、二日目も終了。
ギルドに行く組とエジェリー家に向かう組で別れて合流して現在三日目。
「三日坊主じゃん...」
移動の間にイシスから交代したシエロが頬を引きつせて呟く。
「ちょっと気にしたこと言わないでくれる?」
シルクが真顔で言う。
実際の修行という意味では三日坊主とはニュアンスが少し違う気がするが、そのための家出の意味では当っているため、シルクにはしっかりと刺さったようだ。
「僕としては嬉しいけど、ジャックスとシエロの特訓は大丈夫なの?」
「今のところ計画通りではある......よ...?」
アレスからの純粋な苦言の疑問に、シルクが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ところで...!もう本題に入ってもよろしいでしょうか......!?」
かつてないほど興奮した様子の 寿 が身を乗り出して、目を光らせてアレスに詰め寄る。
「その前に、ちょっといいか?」
ドアの方から声がし、振り返るとドアノブに手をかざしたままのメシアと、その後ろに少し背の高いジャックスがいた。
メシアが寿を見やると、寿はそれに気づいて質問を遮られた不満を飲み込んで元気いっぱいの笑顔で小さく手を振る。
それと、約4時間前のいざこざに対する疑問は、移動中に、
・術式の代償びついては、寿命が削れるのは本当だが、寿は寿命が莫大なため、それによる死の心配はない。
・なぜ演技をしたかは、メシアがエジェリーにとって害のある存在かを確かめたかったから。
・最終確認、すべて演技で 寿 の身には何一つとして異常はない。
という結論で解決した。
メシアが、傷は癒えたが痛みの引かない小さい足を若干引きずり、リビングに入りながら続ける。
「まぁ色々 安心したよ... ちゃんと正しく警戒心を持ってる奴がいて」
ため息を吐いてそう呟いたメシアの表情は、優しく、それでいて少し曇りがかかっていた。
「寿サンには悪いけど、ちょっと時間くれ」
「えっ」
「話したいことある。結論から言うと、我がエジェリー家にとって害ある存在かっていうのが...大正解だってことだ」
「「「「「.........は?」」」」」
「改めて。我が名はラインハルト=ヘラクレス。『勇者』の名を冠し、王様からエジェリーの内部調査を...要は密偵を命じられた。ぜひ!これからもよろしくっ♪♪♪」
ラインハルトは、これからを見越して、あえて陽気に、それはそれは笑顔で言い放った。
「......あのですね。こちら結構疲弊してましてね...できれば怒らずに話を聞いていただけたらなぁと...」
「そいつは無理な話だな、害に対して俺らがどういう態度を取るかお前は理解ってただろが」
シルクが『雷切』を起動し、メシアの首根っこを掴んで勢いを最大限乗せたまま壁にぶつけた。
素で太い腕が雷でバチバチ光り、ほのかに唸る静電気のような音は、失言をしたメシアに死の警鐘を鳴らす。
それは、メシアの命を刈り取るのに数秒もかからないといった状態だった。
しかし、それでもメシアは平然とした表情で薄ら笑いを浮かべている。
「......どうした...? ...殺さないのか......?」
喉元を諦める筋力に徐々に力が入り、わずかに残った空気の通り道を使って、メシアがひどく擦れた声を発する。
「...当ててやろうか...シルクさん。あんたが今すぐ...我を殺さないのは...カヒュッ......少なからず我に...情がうつってるであろうジャックスに......気を遣ってってこと...だろ......」
「部外者が|喋るな不快だ。まだ子供だ血は見せない」
喉元の力が少しずつ緩み、同時にドス黒い殺気がシルクの体から溢れ出す。
そして、増幅する殺気に同調して、腕を覆う雷の膜が猛々しく鳴り響き、メシアの周りを走り出す。
「その代わり、『雷切』一回で仕留めて殺る」
シルクがメシアに見せるのは、冷酷な殺人者の顔。
メシアがチラっとジャックスを見やる。その眼差しは、命乞いのものではなく、最後の見納めに近かった。
ジャックスはそれに、氷山のように冷たい眼光で答える。
「...じゃあな」
まだまだ成長を続ける雷は、鼓膜を破らんとする怒号を発しながら、一度メシアの体を走りまわり、収束してそのまま心の臓をーーーー
「待て」
その声は、雷音を抑えてあまりにもよく響いた。
歓声が鳴り止まないライブ会場を黙らせる歌姫のように。
雑音の収まらない教室内を一喝する教師のように。
言うなれば、鶴の一声。
あれだけ雷でうるさかった空間に静寂が生まれ、みんなの注目がシエロに集中する。
ただ一人、メシアだけがニヤリと不敵に笑う。
「結論決断が早過ぎる......まぁ...まんまと勇者の手のひらの上で踊らされていたわけだ。俺も、お前らも」
「...シエロ。何を言ってるのかが分からないんだが。手のひらで踊らされていた...? なんでそう考えれる?」
シルクもシエロ相手だからか態度と空気を柔らかいものに変え、徐々に近づいてくるシエロに『雷切』の余波が当たらないよう、少し威力を弱める。
だが、その代わりにメシアを掴む握力を強める。
「......多分こいつは立場上、この国の王がその身柄や立場を厳重に守ってるはずだ」
「............」
アレスが何かを思案するように手を顎に添える。
「それをコイツが理解しているなら、他人が自分に危害を加える... ましてや殺すことなんてことは容易じゃないってことを念頭に置いてるはずだ」
「そうか...? 俺は本気でこいつを殺せるぞ」
「そうだな、メシアにとっても、こんなにいきなりは流石に誤算だっただろう」
「なぁジャックス。お前 勇者に「エジェリーの敵をどう対処するのか」という趣旨の質問をされなかったか?」
「.........ぁあ!されたよ」
シエロに質問を投げかけられたジャックスが、どうでもいい記憶の棚の中の奥から くしゃくしゃ になった一つを取り出し答える。
「やっぱか... お前の答えは、“殺す”だろ?」
「うん......」
「その上で、もしかしたらそれが分かる人間がいるかもと踏んだ。あるいはジャックスが情を掛けてくれるかもと踏んだ...!」
若干の主観が入り、シエロの推察が進む。
シエロがメシアに向かって喋りながらゆっくり近づく。
それに合わせるように、シルクがメシアの首から手を離し、少しずつ離れる。
「つまり...?」
「賭けてたんだ。どれだけ殴られ、傷つけられ、半殺しにされても、最後の最後。殺しの一歩手前で......」
メシアの正面に立ち、シルクに勝るとも劣らないくらいの冷酷な瞳でメシアを見下ろす。
それはおそらく、エジェリーの敵としてではなく、恐ろしい 策士 そして驚くべき 博徒 に向けられた視線。
「......俺みたいに後先考えれる奴が殺しを止めることを。そうだろ?」
「ふっ」
えっ?そうなの?
「はぁっ!? じゃあこれまでほとんど全部 計算内ってことかよ!」
シルクが激昂する。
それに対しメシアは、
「........................」
はぁっ!? したいのは全然こっちなんですけど...?
なにも計算しないで「ワンチャン死ぬな〜」ぐらいの感じだったんですけど?
「計ったんだ キリッ」って言われても困るんだが? 全部的外れなんだが?
冷静な表情とは裏腹に、その内心はシエロのあまりに見当違いな推理にただただ驚き、困惑を9割含んだツッコミを入れていた。
「...ゲホッゲホッゴホッ......大正解だ...! 」
いいや、乗っとこ。
メシアは思考を放棄した。
「だが、一つだけ的外れなところがあるな」
嘘です。本当はほとんどです。
「何?」
「本当に我の身を案じてるのは一部の国民で、王様と貴族は、捨て駒以下としか思ってない...... グフッケホッ ...今回も、シルクさんがもし本当に我を殺してたら、エジェリー家を滅ぼす大義名分ができたとしか思わない。というか、そういう思惑を持って送り出したはず......」
いいぞ、この調子。
「なぜだ?」
「我の貴族支持率が、歴代最低値だからだろな」
これホント。悲しいことに。
「まぁなんだ 勇者だなんだと言われちゃいるが、実際の境遇は、お前らとなんら変わらん。...まぁ、今回は貴族の反感を買うと、そう勘違いしてくれてて助かったな」
全部勘違いしてて助かったんだけどね...
「そういうことだ、貴族の反感は買わないらしいが、戦争をふっかけられたらかなわんだろう?」
「.........はぁ...分かったよ 愛する義弟の頼みだ、もう殺さない。だからさっさと出てってくんない??? 今から家族会議すンだわ」
形だけ納得する様子は示したが、依然、メシアに向けるシルクの眼は変わらない。
「HAHAHA! じゃあ、家族会議に我も混ぜてくれよ」
メシアが立ち上がり、図々しく椅子に座り、完全に舐めきった顔で舌を出す。
こっからは完全に出たとこ勝負...!
「お前常識知ってる?家族会議ってのは家族でやるから家族会議なんだよ
シルクが静かに圧をかけながら席に座る。
他のエジェリーも続々と席に座り、長机の一角の上座にアレスが鎮座し、シルクとメシアが向かい合いシルク側にジャックスとシエロが座る形である。
寿は空気を読んで小ぶりの椅子に座る。
その横でコーガが床に星座で座る。
「三歳児が常識なんざ知ってるわけないだろwww 常識って知ってるぅ?www ベロベロベロベロWWWW」
メシアが頬杖を付き、舌を豪快に回してシルクを煽る。
やべ~ ちびりそ〜〜〜〜!
「...はぁ......やめて...不毛だから......」
アレスが口を開く。
「いいのか、アレス? 部外者で、それも敵が今目の前にいるってのに追い出さなくて」
「やだぁ シルクちゃんったらお口悪ーいw なんなら我を家族にしてくれてもいーんだよ?ww シルクおねぇちゃんっ!www」
「ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」
シルクが机を叩いて立ち上がり、メシアを睨みつける。
わぁぁぁぁ ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!
「手出すなよ」
「わーってるよ...!」
シエロがシルクを突き放すような声色でなだめる。
「それで?最悪ここが墓になるかもってんのにこんなことした理由は?」
「......ただ、腹わってちゃんと、お前らと少しでも対等になりたかっただけだよ」
これも本当。
「...これだけで対等になった気でいるわけじゃないし、お前らの方が余裕で酷い目にあってる。それでも、自己満足でもお前らと少しでも対等になって、ちゃんと話し合いがしたかったんだ」
メシアの顔が、これまでの余裕そうな表情とは打って変わり、哀愁漂う、健気な少年のものに変化した。
「決めつけんなよ。俺たちは今でも十分幸せの絶頂だ」
「ムキになるなシルク。実際、実家組はあの時だいぶ精神が消耗した」
容赦無く浴びせられる罵声。
ゴミを捨てられ、畑を荒らされ、およそ人族としての扱いを受けていなかった数日間。
シエロの脳内には、その出来事が数分前のことのように想起させられた。
ただの人間がここまで来るのも容易ではないというのに、毎日来てたよ。まぁ...人には飽きが来るのが救いだったな
そっと目を閉じて数日前の地獄を鮮明に頭に浮かべながら、苦し紛れのため息を吐いた。
「まぁいいか。だ、そうだが、どうだ?責任者」
シエロは、この場においての責任者へと、判断を委ねる。
「......僕、はそうだね... シエロもジャックスも、随分懐いてるみたいだし仲良くしたいんだけどね... シルクはどう?それで納得してくれるかなぁ?」
「簡単に信じるな...んで、信じないってのが本音だな。だが...アレスの観察眼は本物だから、こいつが無害ってのはもう分かった」
シルクが立ち上がる。
「交換条件...それと、監視だ。こいつらに世界と人間を教えろ。」
「ええっっ!!!!??」
「............ッフッ」
ジャックスは失礼なほどに驚き、シエロは知ってたと言わんばかりに鼻で笑う。
「それが出来ねぇなら死ね いや殺す」
隣り合って座るシエロとジャックスの方を強引に組み、圧をかけながらメシアに告げる。
「ええええーーーーーー!!!!???」
「あぁ!!!任せてくれ」
ジャックスの文句を盛大に無視して、メシアはそれに力強い返事で答えた。
っっっぷね〜〜〜!!! 死ぬとこだった〜〜〜!!!
雑音のような うるさい心の声を隠して。




