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第29話 そして現実に気づく

「そんなわけで隊長。暴れていたのは王弟殿下の息子(バカ)だけでした」


 再び王宮正門まで飛行魔術で戻った後は、今度は王宮内を走る使用人用の乗合馬車を使って王宮内に入った。

 そして今は、魔法師団先遣討伐隊の事務室にいる。


 もともとレシェートはそこの所属なのだから、戻るなら魔法省長官のところではなく、ヴロス隊長のところ――ということらしい。


(それでいい……んだろうなぁ)


 どのみち辺境伯領から出てきて間もない私には、どこに連れて行かれようと選択権がない。


「まあ……妖鳥(シムルグ)が暴れなかっただけいい……のか?」


 首を傾げるヴロス隊長、自分で言っていても不安そう。

 敬語どころか名前すら呼んでいない時点で良くはないと思うのだけど、自分を納得させようとしているのかも知れない。


 ……私みたいに。


「それで、彼女のこの後の予定はどうなりそうです?」


 レシェートの声に、ハッと我に返る。

 そうだ。魔法学院を行ったり来たりしていて、つい流されていたけど、実際のところはまだ魔法省で魔力測定の再検査をしただけ。妖鳥(シムルグ)と幼鳥を不法に連れて来ている件や、サルミン辺境伯家の責任問題の行方など、むしろ本題はこれからだ。


「あー……それなぁ……」


 歯切れの悪いヴロス隊長に、気を遣って貰っているのかも知れないと、私は「お気遣い無用です」と先に声を上げた。

 実際、何を言われても仕方のないことを妹はやらかしているのだ。隣国の使者が来るまで辺境伯家関係者全員軟禁と言われてもおかしくはない。


 合わせてやんわりとそれを仄めかせた私に、ヴロス隊長は片手で頭を掻いた。


「まあ、王宮内でしばらく過ごしてもらわなくてはならないことは確かだな、うん」

「…………は?」


 もちろん、そんな低い声を出したのは私じゃない。レシェートだ。

 そしてヴロス隊長も、相手が私でなければ遠慮も何もないらしく「当たり前だろう」と、ハッキリ言い返していた。


「今はまだ妖鳥(シムルグ)と幼鳥が不法に持ち込まれていて、こちらの国で預かっていることを告げただけ――隣国(むこう)の反応を待っている状態だ。そんな中やって来る使者に、当事者本人でないとはいえ、関係者が自由気ままに動いていると思われてみろ。辺境伯家が潰れるどころか国が傾くかも知れんだろうが」


 王都で遊びまわろうなんて、もちろん思っていない。けれど大事なのは隣国(むこう)からどう見えるかということだ。

 ヴロス隊長の発言はもっともだったし、私も反発するつもりはなかった。


 眉根を寄せているレシェートが「辺境伯家が潰れようが、国が傾こうが気にしない」とか言いそうだ――と思っていたら、意外な言葉が彼の口から零れ落ちた。


「……彼女に責任の矛先が向くのは避けたい」

「!」


 目を丸くする私をよそに、ヴロス隊長は「そうだろう、そうだろう」と満足げだ。


「今のところは『事情聴取に招いただけの令嬢』なんだから、牢に入れるとかそういう話にはならない。地方の領主や他国からの使者が王宮に来た時に泊まる宿舎棟の一部屋を使ってもらうだけだ。それだと無断で出かけられないから、対外的な説明も出来るしな」


 なるほど、と隊長の思慮深い発言に思わず頷いたものの、どうやらそれは魔法省の長官からの受け売りらしかった。

 自分でそう種を明かして、苦笑いを浮かべている。


「……チッ」


 発言の主が目の前にいない魔法省の長官だからか、レシェートは言いかけた言葉を呑み込んだようだった。

 舌打ちが聞こえたのは、気のせいだと思っておこう。ヴロス隊長も聞かなかったことにしているようだし。


「本来なら侍女の一人もいて、それなら王都内の宿も斡旋出来ただろうに、誰かが問答無用に連れて来たからな。世話の出来る使用人がいる宿舎棟一択だろうが」


 逆にそうツッコミを受けて、レシェートは眉間に皺を寄せた。

 とても不本意そうだけど、私としては確かに身の回りのことを手伝ってくれる人がいるのは、とても助かる。


「……分かった、妥協する」


 一瞬チラりとこちらを見てから、渋々、本当に渋々、レシェートは頷いた。


「なんで妥協するのがおまえなんだ……まったく。サルミン辺境伯令嬢も、それでいいだろうか? 身の回りの物はレシェートの給料天引きで用意させる」

「え、ですが……」


 さすがにお金なら、言えば辺境から送金してくれるだろうし、緊急事態なら国に納めている税の一部を立て替えて支給してくれることもできるはず。


 いくら普段が兄や妹の方に買い物の比重が寄っているとはいえ、一族ごと裁かれるかどうかの瀬戸際に、お金の出し惜しみをして印象を悪くするようなこともしないだろう。


 そう言った私にヴロス隊長は「いいって」と、片手を振った。


「妻だ嫁だとぬかすなら、その程度は男の甲斐性ってモンだ。なあ、レシェート? おまえの手でサルミン辺境伯令嬢をキレイに着飾らせたいよなぁ?」

「……着飾る」


 ヴロス隊長の言葉を繰り返したレシェートと、そこで思いきり目が合った。

 私は遠慮をしようとしたのだけれど、そこで思い切り両手を掴まれてしまった。


「贈る! 贈らせてくれ! 金なら余ってる!」

「ええっ⁉」

「おまえ、言い方」


 少し呆れたようなヴロス隊長の声が聞こえたけれど、動揺している私はそれどころじゃない。

 ただそれをどう見たのか、隊長はフォローを入れるかのように「間違いでもないんだ」と言葉を続けた。


「魔法師団の人間には、魔獣と相対するための危険手当が支給される。それでいて頻繁にあちこち派遣されるから、酒池肉林で散財するような余裕も暇もない。まあ王族並みとは言わんが、だいたいが小金持ちだし、そもそもレシェートはロクに使ってもいないはずだから、ドレスの何着かは余裕で買える」


 大金持ちではなく、小金持ちと言うあたりが妙に信憑性を感じさせる。

 そしてレシェートが大きく首を縦に振っているからには、隊長の発言は誇張でもなんでもないのだろう。


「あの……これからまだ隣国との話し合いがあって、どう転ぶか分からない中で、私費で何かをしていただくのって……」


 やらかした家の人間がむやみやたらと着飾っていたら、明らかに印象は悪い。

 どこに呼ばれても無礼にならない程度の落としどころを考えないと、辺境伯家の未来がない。


(もうとっくにないのかも知れないけど……)


 そこはまだ考えないようにしたい。


「今更レシェートがサルミン辺境伯令嬢に何を贈っても、王宮の人間はケチをつけられん気がするがな。あそこまでヨメ主張しているんだから、令嬢の方が図々しく強請って贈らせているなんて、誰も思うまいよ」

「…………」


 ヴロス隊長の発言が的確過ぎてぐうの音も出ない。


「とりあえず王宮侍女長に仕立て屋の紹介を頼んで、衣装部に案内してもらおう。その間に部屋の用意も出来るだろうしな」


 それで王宮上層部(恐らくは陛下になるだろう、とはヴロス隊長の言)との面会の場が設けられるまでの時間が消費されるだろう、ということらしい。


「ええと……そんなにすぐ、陛下やその周辺の方々とお会いできるものなのですか……?」


 一国の主ともなれば、分単位で予定が詰め込まれていてもおかしくない。

 辺境伯である父でさえ、魔獣か国でも絡まなければ、初対面の人間と即日会うようなことはしない。

 そんな私の表情を読んだに違いない、ヴロス隊長の顔はちょっと痙攣(ひきつ)っていた。


「普通は無理だ」

「ですよね」

「だが魔法学院であれだけの騒ぎが起きたし、王弟殿下の子息絡みだとの学院長からの連絡もあった。たとえ今日の予定が夜まであろうと、その後にでも対面をねじ込まざるを得ないと……」


 どうやら魔法学院から王宮に戻ってくるまでの間に、電光石火の速さで色々と報告があがったらしい。

 学院長の名前に魔法省長官名での報告が合わさった結果、王家としても動かざるを得なかったのだろうとの隊長の言だった。


「すまないが、遅い時間に再度呼び出される心づもりをしておいて欲しい」

「分かりました」

「付き添いは――」


 ヴロス隊長が自分を指さそうとしたそこへ、レシェートが勢いよく手を挙げた。


「学生の発表か、おまえは」

「あんな、魔獣よりもめんどくさい年寄りどもの巣窟に彼女一人で行かせられるわけないだろう!」

「おまえが行ったとて、王族と宰相にケンカを売るだけだろうが」


 そこは私でも首を縦に振ってしまう。

 レシェートは顔に大きく「不満です」と書いていたものの、ヴロス隊長の言葉には自分でも反論が出来なかったらしい。


 結局、呼び出しがあった時点でヴロス隊長とレシェート二人の付き添いで出頭しようということになったのだった。

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