依頼主【多田野 弘】
久しぶりに夢を見た。
真っ白な空間に知らない女性が出てくる夢だ。
彼女はとても美しかった。
彼女は私に深々と頭をさげ「ありがとう」そう言った。
彼女の横に少女が現れた。
黒髪の美しい10代ぐらいの少女だ。
親子のように仲睦まじく寄り添うと手を繋いで真っ白な階段を登って行った。
ボーン ボーン …
西姫は時計の鐘の音で目が覚めた。
時刻は朝7時。朝日が眩しい。
どうやら広間で寝ていたようだ。
「久しぶりにめちゃくちゃ寝た気がする。そういえばなんで広間で寝てるんだっけ…畳だから背中と腰が痛い」
確か昨日は、東雲さんに来てもらって…。
なんだかよくわからないままお祓いしてもらったんだっけ。畳から起き上がると黒い上着と一枚のメモがバサリと落ちた。黒い上着は私のものじゃない。メモを見てみた。
〈依頼料:10,000円 料金は店まで持って来い。〉
店って確か名刺に書いてあった気がする。
持って来いって、横暴な。こっちは依頼主だぞ?
まぁ、おそらくこのナンセンスな上着は東雲のだろうからどの道届けなければならないのだが。
「…って、今日月曜日じゃん‼︎遅刻するー!」
家を出た時、ボーンと鐘が鳴った。
その音は今まで不気味だと感じていたがとても綺麗な音をしていることに気付いた。
私はその音に応えるように「行ってきます」と言い玄関を出た。
3階建ての古びたビル。その3階に〈祓い屋 シノノメ〉は存在する。
部屋の中は薄暗く紫煙のせいで煙たいし、そこかしこに壺やら陶磁器やらが散乱している。
「もう〜東雲ちゃん、寝るなら自室のベットにしなさいっていったでしょ〜」
「…るせぇですよ。夜通し働いたんですから静かにしてください」
「ベットの方が休まるのに。それお客様用のソファでしょ?」
「今はいねぇからいいんです。」
「屁理屈さんめ。」
来客用のソファに寝転がり眠っている店主である東雲に声をかけたのは赤いワンピースが印象的な女性。
名を伊呂波〈いろは〉という。
彼女はこの店の看板娘である。
腰まである長い髪を揺らしながら換気の為に窓を開けにゆく。
「今日もいい天気ですね〜風も心地いいですよ!」
「寒いから開けんでください。」
「あれ?東雲ちゃん、上着はどうしたの?あのセンスの悪い服」
「センスは悪くねぇ。置いてきた。」
「置いてきたって、どこに?」
「別にいいですよ、言ったって伊呂波サン取りに行けないですから。それにおそらく今日返ってきますから。」
「かえってくるって、上着に足が生えてるわけでもあるまいし。」
だから窓閉めてください、それから毛布くれといえば伊呂波はどこからか毛布を持ってきてかけてくれた。
窓は閉めてくれなかったが。
そして伊呂波はスッと部屋の奥へと消えていった。
正午をとうに過ぎた頃、起床した東雲は資料片手に伊呂波が淹れてくれた珈琲を飲んでいた。
「なぁ、伊呂波サン、遺体を隠す物好きな神を知ってるか?」
「え?遺体を?んん〜聞いたことないわね。神隠しは聞くけれど、生きた人間でしょ?それにそういう話なら私より東海林〈しょうじ〉ちゃんのほうが詳しいんじゃないかしら。」
それもそうだと思った東雲は右手中指にはめられたシルバーリングをスッとなぞった。
するとはめられていたリングは消えて目の前に一人の男が現れた。アッシュグレーのような髪色をした青年だ。
ぱっと見バンドを組んでそうな大学生だ。
「話は聞いてたろ。」
『遺体を隠す神か。曲がりなりにも神の端くれだが、そんな神は聞いたことがねぇな。死んだ人間を隠すってのもな。』
「そうか。」
『昨日の女中のことか?』
「あぁ、少し気になってな。」
埋めたはずの遺体が消えたってのは気になるが、ちゃんと祓ったんだからあんまり気にするな。そう言いドカリと開いていたソファに座った。
気になりはするが他の依頼もある、問題がなければそれでいい。そう思い再び資料に目を通し始めた。
「東海林ちゃん、ケーキあるんだけど食べない?」
『おおー!食べる食べる!!』
付喪神。九十九年の時を経て人の想い歴史を刻んだ末大切にされてきたモノだけが宿る神である。
東海林は、東雲のつけているシルバーリングの付喪神だ。東雲は東海林の力を借りながらお祓い家業をしている。
東雲を主人として認めてくれているようだが、東雲の身体に勝手に憑依〈出入り〉するので精神的疲労が半端ない。
甘いものにとことん目がないので東海林がいると店の中が甘ったるい匂いに包まれる。
「東雲ちゃんもいる?」
「いりません」
『じゃあ、東雲の分俺がもらっていい?』
「勝手に食え」
『やった!』
コンコンと扉をノックする音が聞こえたのは日が落ち始めた頃だった。
はーい。と軽やかな声で伊呂波が対応する。
扉を開けると昨日の依頼主、五十嵐 西姫が立っていた。
「はじめまして。五十嵐と言います。昨日の依頼料と東雲さんの上着を持ってきました。」
「あらあらあら〜可愛らしいお嬢さんね。さあ、あがってちょうだいな。」
狭いところだけど我慢してね。というとソファに案内された。が、そこには東雲と東海林が座っていた。
「あの、お金とコレお返しに来ました。昨日はどうもありがとうございました。」
「あぁ。よだれ垂らしてねぇだろうな」
「な!?してませんよ!!一応ちゃんと洗濯しといたんですから」
「そりゃ洗濯の手間が省けたな、ご苦労さん」
「まさか洗濯させるために置いていったわけじゃないですよね?」
「どうだかな。ははっ。」
つくづく胡散臭くて失礼な男だと思った西姫は隣に派手な髪色の男がいるのに気がついた。
東雲と違い身だしなみもちゃんとしているようで結構イケメンだななんて思っているとケーキを夢中で食べている彼と目があった。
『ケーキはやんねぇぞ。』
「い、いりません!」
なんなんだこの店は!!
薄暗いし散らかっているし窓は開いているようだが、なんだか煙たい。
さっさと帰ろう。そう思って出入り口に向かう。
『嬢ちゃん、今出ないほうがいいぜ』
ケーキの男に声をかけられたが既に扉のノブに手をかけていた。
外から誰かが駆け上がってくるような足音が聞こえたと思えば手にしていたノブが勢い良く回った。
そのまま扉は開き引っ張られるように傾いた体は思いっきり誰かとぶつかった。
パリーン
何かが割れて床には変が散らばる。
「あぁー!!なんてことを!!」
ソレの持ち主は膝から崩れ落ちるように手が切れるのもおかまいなしでカケラをかき集め始めた。
「す、すみません!!」
西姫も同じようにカケラを集めようとしゃがみ込む。
「触るな!!あぁ、美菜子、美菜子…!」
気が触れたようにかき集める持ち主である小太りの中年男性をどうすることもできずにいると伊呂波が声をかけソファから少し離れた衝立の向こうにあった椅子に西姫を座らせた。
「驚いたでしょう。これ食べてていいから少し待っていてくれるかしら。」
テーブルに一杯の珈琲と小さなタルトを置いてくれた。
割れてしまったのはおそらく依頼品だろう。ソレを割ってしまった…弁償どうしよう。
ぐるぐる考えていると衝立の向こうから声が聞こえてきた。
「ソレ、鏡ですかい?」
「あぁ、そうだ。美菜子が入っていたんだ。ここなら何とかしてくれるって言うからきたんだが、あの娘のせいで割れてしまった…!あぁ、美菜子!」
「とりあえず、座ってください。鏡なら割れたところで支障はないはずですから、今はアナタの手当てが先だ。」
そう言うとソファに座らせ伊呂波が救急箱を持ってきて手当てをする。
対面に座る東海林は未だケーキに夢中だ。
いつまで食うつもりだ。
今回の依頼主は、多田野 弘〈ただの ひろし〉
依頼内容は、一人娘の美菜子が鏡の中に吸い込まれ出られなくなったので助けて欲しいとのこと。
その鏡は蔵にあったものでいつからあったのかはわからないという。他の祓い屋にも依頼したが手に負えずたらい回しにされた上この店に頼ってきたらしい。
「閉じ込められてからどれくらい経つんです?」
「もう1週間になる。飲まず食わずだから心配なんだ。俺にはもう美菜子しかいないんだ!だから助けてくれ!」
「状況はわかりました。この鏡娘さんが取り込まれる前になにかおかしな事とかありませんでした?」
「おかしな事、ですか。」
東雲と話していて少し落ち着いた多田野は記憶を辿るように考えはじめた。
すると今までケーキに夢中だった東海林が口を挟んだ。
『例えば、声が聞こえるとか。』
「声、そういえば美奈子が数日前に蔵から変な声が聞こえると言っていました。その時は猫だろうと思っていましたが。」
『そうか。なんとなく分かった。』
「ほんとですか!?美菜子は助かるんですか!?」
『まぁ死んでるってことはなさそうだからその点は安心していい。』
「今日見ただけでは詳しいことは判断できませんが、せっかく依頼してくださったんだ、引き受けさせてもらいますよ。その代わり依頼料は高いですよ。それでもよければこの鏡預からせていただいても?」
「娘が助かるならいくらでも出す!!助けてくれ!!」
ゴンと机に頭を打ちつけながら頭を下げる多田野。
それを見た東雲と東海林は口角を僅かに上げた。
「『毎度、この依頼お引き受けいたします』」
多田野が去った後、東雲は衝立の向こうにいた西姫の椅子の向かいに座りタバコを吹かし始めた。
「さて、五十嵐のヒメさんよ。アンタがすべきことを教えてやろう。どちらか選べ。」
「な、なんなんですか。」
「選択肢その1、俺に100万円を支払う。これは鏡を割った弁償代だ。選択肢その2、この店で働く勿論ただ働きだ。お前が働いた金が弁償代となる。」
ふうーと紫煙をはきながら選べという。
「なんで、ここで働かなきゃならないんですか。ここじゃなくても」
「別に100万払えれば別にかまわねぇんだぜ?100万は100万だ。ただなぁ?俺も忙しい。人手が足りねえのよ。働いてくれりゃ新たにバイトを雇う手間も時間もかからん。無理なら今100万耳揃えて払ってくれりゃいい。」
こいつ鬼か悪魔か!
親にそんな大金貸してくれとも言えるわけもなく、半ば強制的に〈祓い屋 シノノメ〉でアルバイトをすることとなってしまった。
鏡の中の少女編 始動
次回より鏡の中の少女編開始。
どうそ宜しくお願いいたします。