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孤高にして影の王  作者: mikaina
1章
31/72

ぼっちは遂に邂逅する3

 

  別棟の音楽室で莉佐はピアノを弾いていた。


  久しぶりに弾くピアノは楽しかった。指が弾むように音階を刻んでいく。何も考えずただ楽しんで弾いていた頃の無邪気さが蘇ってくるみたいに。


  莉佐がこの場所でピアノを弾けているのには理由がある。それは数日前まで遡る。

 

  彼に救われた翌日、莉佐は担任の先生の元に向かった。


「ピアノを使いたい、ですか?」


「えと、はい、お願いします」


  そこで先生は少し悩ましげな表情を見せた。


「理由を聞いてもいいですか? 流石に何も理由がないとなると……」


「ぁ、はい。この前書いた将来の夢のプリントにも関係してくるんですけど……」


  少し長くなるかもしれないと言外に仄めかし先生に視線を送る。


「はい、構いませんよ」


「あの、実はプリントに書いた将来の夢は本当の将来の夢じゃないんです。誰かに見られると思うと少し恥ずかしくて……」


  本当は少し違う。前まで諦めていた夢をもう一度追おうと決心したのだ。一度は折れてしまった夢だったけど、今度はもう折れないから。


「そうなんですか!?︎ てっきり紙面どうりにお花屋さんになりたいものかと」


  では、と先生は手を丸め顎に当てた。


「一井さんは何になりたいんですか?」


  少し恥ずかしいけど覚悟を決めなきゃ。頑張れー! 僕っ! と自分を励ます。


「じ、実はピアニストになりたくて!」


「なるほど、それでピアノを……。私はあまり音楽に対する見識が深くないのでとやかく言える立場ではないかもしれませんが……今から目指すのは難しいんじゃないかと……」


  先生は諭す様な言い回しをしながら莉佐を見つめてくる。やめてー、憐れまないでー。


「いや! ピアノの経験はちゃんと有るんです! 家にもピアノはありますし!」


「なら、そのピアノを……と言いたいですが出来るならそうしてますよね」


「はい、家のピアノが今少し壊れてしまって……一日だけでもいいので使わせてもらえませんかっ? なるべくやらない日を作りたくないんです!」


  本当は壊れてなどいないので嘘を吐いた事になる。


 先生に嘘を吐くのは少し心苦しいが家では出来るだけまだ弾きたくない。それに彼に聴かせる予行練習としてなるべく学園で……。


  先生はピアノを使わせて欲しいと最初にいった時の悩ましげな表情をもう一度浮かべた。


「うーん、どうでしょうねー。そういう事ならなるべく使わせてはあげたいのですが。基本的に音楽室は吹奏楽部や合唱部が使いますから、平日の放課後は難しいでしょうし、休みの日も……うーん」


  うんうん唸りながら首を捻り一分ほど悩んでいた先生がパッと顔を上げ、笑顔を浮かべた。


「ちょっと遅い時間になっても構わないなら先生頑張ります! それでも良いですか?」


「はい、ありがとうございます、先生」


  元々自分が無理を言っているのはわかっている。多少時間が遅いくらいで文句を言うはずがない。先生に感謝を伝えると先生はキョトンと不思議そうな顔をした。


「なんか雰囲気が変わりました……? もっとなんでしょうか。リスさんみたいな感じだったような……。何かありましたか?」


  変わった、か。根本的なところではきっとまだ何も変わってないと僕は思う。でも、変わろうとしている。だからなのかな、変わったように見えるのは。


「……それは多分」


「多分?」


「少し、ほんの少しだけ、良い事があったから、だと思います」


  どういえば良いのか分からなくて抽象的な言い方になってしまった。これじゃあ何も伝わらないだろう。


 でも救われたなんて言っても信じてもらえないだろうしなぁ。と莉佐はどう伝えたものか唸った。


  そんな抽象的な意味のわからないであろう言葉に先生はそれでも静かに微笑んだ。


「良い事、ですか。それはとってもいいですねぇ」


「……ぷっ、なんですか、それっ」


  先生の言葉に思わず吹き出してしまう。


「あ! 笑いましたねー、先生変なことなんか言ってませんよっ!」


「だって、良い事はいいですねって、それは当たり前じゃないですか」


  僕の笑う顔を見た先生はそこで一度、一呼吸置いて、


「やっぱり良い笑顔ですね、一井さん」


  そう言われて羞恥を隠すように自分の頬をプニプニと触って確認した。


「そ、そんなこと言われても自分ではわからないですっ」


「私は良い笑顔だと思いますよ。一井さんの笑顔は見ていて気持ちがいいです、とっても」


  先生はそう笑顔で言った。だが自分で言って少し照れ臭かったのか、先生は焦った様に話を変えた。


「ほら、もうそろそろチャイムが鳴りますよ! ピアノの使用許可はしっかり取っておくので、遅刻しないよう急いで戻ってください!」


「……先生、チャイムが鳴るまで後十五分はあるんですけど」


「じゅ、十五分前行動は当たり前ですっ!」



  それで正規の許可を得て現在に至るという訳だ。


  最近はピアノを弾かなくなっていたから、もし家で弾いたら絶対お母さんに「なんかあったの」って訊かれちゃうだろうから、ちゃんと許可が取れて良かった。


  指は滑らかに動いていく、二年ほどピアノに触れていなかったから忘れていると思っていたが、身体は案外覚えているものだ。


  時間の流れが速い。まだ体感ではほんの僅かなのに、時計を見ると校門が閉まる時間まで後少しになってしまっている。楽しいときの時間の流れは本当に早いと実感する。


  ペースを上げて音階を刻んでいく。


  指が楽しいと騒いでいる。心がやっとか、と腰を上げる。足が音を引っ張っていく。全身が音に合わせてリズムを刻む。


  曲の最後の白鍵を押していた指が離れる事を拒んでいるのを感じ苦笑しながらゆっくりと余韻を残すように指は鍵から離した。

 

  一通り弾き終わり気を休めるため椅子を引いた。持ち上げるのを忘れたせいでギギッと曇った音が音楽室いっぱいに響いた。


  そのまま椅子の上で余韻を残すように少し休憩してからバッグを持って電気を消し音楽室を出る。


「ふぅー」


 音楽室より幾ばくか涼しい廊下の空気で、自分が少しばかり汗をかいていたのに気づいた。廊下に佇んだまま、そこまで熱中してたかーと嬉しくなる。熱中出来るということは熱を失っていないということ、つまりピアノが好きだということ。


 それを実感できたのが莉佐にとっては今日一番の収穫。


  音楽室を出た際、彼の後ろ姿がチラと見えた気がしたが気のせいだろう。もしくは彼について考えすぎたせいで見えた幻想か。


 黒瀬くんは部活をやっていないからこの時間まで残る必要はない。先生に呼び出されてはいたがこの時間まで先生の話が伸びる事はいくらなんでもないだろうし、と結論を出した。


「…………はひゅー…………」


  下から変な音が聞こえてきた。


「ひゃわっっっ!」


  ビクッ!


  怖くてそんな音が似合いそうなほど震え、ピョンッ、と勢いよく後ろに飛び跳ねた。鳥肌がすごいっ。


「な、何!?︎ し、し、下!?︎ 後ろじゃなくて下!?」


  普通、こういうホラー体験みたいなのって後ろじゃないの! 目を閉じて自分の身をかばうように手を胸の前でクロスさせる。恐怖と驚きで腰が引けているのが自分でも分かる。


「僕、悪い事なんてしてないよぉ……」


  幽霊さんやゾンビって悪い子の前に現れるんじゃないの! 僕はいい子だよっ! あっ、でも先生に嘘ついちゃったから。ぁぁぁっぁあああ、どうしよう!


  ……十秒、二十秒、三十秒。少し過ぎて六十秒。


 いつまでたっても何も起こらない。僕は勇気を出して変な音が聞こえた下を向いた。


「はひゅー…………」


「……? 生徒、会長……?」


  そこには幽霊やゾンビなんて存在せず、何時もの凛々しくも可憐な顔はどこへいったのやら、最高に幸せそうな蕩けた顔で倒れている生徒会長、羽独紫音がいた。


「ふえっ! 生徒会長!?︎ なんでここに!?︎ その前になんで倒れてるんですか!?」



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