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「時間だ! 全艦放て!」
「全艦、撃ちィ方はじめッ!」
「全艦、撃ちィ方はじめッ!」
アンドリューの許可を副長と戦術長が正式な号令として叫んだ。
そして放たれた一斉射は、真っ赤な炎と鉄の波となり、放物線を描いて押し進む。
火線は暗闇の中に落ちると、轟炎をまき散らして周囲を焼き払った。
巨大な炎の池を作り、そのすぐ近くにいた所属不明の船団が、炎の明かりに照らされあぶりだされた。
「焼夷弾撃ち続けろ! 下層は榴弾を使い敵の足を粉砕しろ!」
次々と撃ち込まれる焼夷弾の轟炎に、あたりはいつの間にか夕暮れ時のような明るさになっていた。
敵船は10隻ほどもある船団だった。
商船や輸送船などに小型の火砲や架橋機を取り付けた、賊がよく使う改造が施されている。
「鶴翼に展開。帝国艦隊は左翼へ!」
暗闇の中、各艦は投光器に火を灯し、まるで日中と変わりなく操船する。船体を構成する船がしなり声をあげながら回頭し、艦隊は敵船団を囲い込む様に広がっていく。
20隻からなる艦隊、それも半数は異国の軍隊であるにも関わらず、歴戦の盟友だと言わんばかりの一糸乱れない的確な動き。
「敵中央本体! 1隻戦域から離脱していきます!」
「それが敵主力だ! カルバリン撃て!」
「面舵90! 1番カルバリン砲、敵本体へ向けて全力砲撃」
艦橋の監視台からの報告。アンドリューはすぐさま指示し、戦術長が伝声菅に号令を出す。
暁の女王号はすぐさま船首を右に90度転回し、上部甲板左側面の長距離砲の砲列が一斉射された。
小口径長砲身のカルバリンは、威力こそ高くはない。しかし通常のカノン砲や臼砲では届かない遠方から一方的に打撃を与えられるという優位性を持っている。
赤い尾を引いた砲弾は、しかし直撃はせず船の軌跡を追うだけだった。
「なんて小回りが利く船だ」
双眼鏡を覘くアンドリューが憎々し気にうめいた。3対マストのガレオン船に見えるが、細かに左右へ舵を切っての蛇行走行は中型駆逐艦並みの機動力だ。
「さすがは、幽霊船といったところですな」
副長も苦々しく双眼鏡を除いていた。
「そして速い。我が艦と同等か、それ以上だろう」
「おそらく。追跡しますかな?」
「”当初”の予定通りだ」
副長の提案に、アンドリューは苦笑を浮かべた。
先日の会議の最後に配られた作戦の本当の形。
風が止む1時間前に敵を強襲する作戦は欺瞞であり、真の目的は展開を始める直前に襲撃を行う敵の誘韻。そして予想通りに敵は現れ逆手に取り返して今や壊滅状態になっている。
「ただの魔女にしておくには、惜しいな……」
いや、それは違う。
すべて彼女の手の内だったとも、考えられる。
アンドリューが思い返す限り、ほとんどの作戦は奇術師の手の内だったように思えてきていた。
ロタでの襲撃は、あの鉄塊のように保身に凝り固まった本来の艦隊司令を本国へ返し、強力すぎる戦力を調整したようにも考えられる。
二度目の襲撃。拉致されたように見せ、敵の拠点を内から襲撃。これを破壊し、さらに友好的な帝国警備艦隊という”連合王国以外の戦力”を艦隊に招き入れた。
さらにこの敵の動きを予言していたかのような、反撃戦の立案。
そもそもの話しをすれば、終始行動を共にしていた情婦が、あのメアリ・アン・リードリという始末。
「いや、恐ろしいのか。オレは……」
相手は小娘だ。だが己の身一つでこの大平野を渡り歩き、魔女の噂を囁かれながらも連合王国や聖痕教会、帝国などの魔女狩りから逃げおおせ生き延びてきた相手だ。そうやすやす籠絡できるはずがない。
「相手は亡霊だが、それ以上にあの魔女殿も十二分に警戒が必要だな」
アンドリューは呟き、周囲を見渡した。いつの間にか戦場は静かになっていた。燃える船が闇夜の空を照らしている。
「艦長! 捕縛しました」
そう言って艦乗騎兵が船夫を数名引き摺って来た。
「仰るように、小型艇で脱出を謀っておりました」
部下の報告を聞いて、アンドリューは肩を竦めた。
「これも予想通りか……」
目頭を押さえ、ポケットの中に押し込んだ紙切れを取り出して見た。
『声を出さずに。奇襲は2方向から。この船にも間者がいる』
これを見た瞬間、副艦長は激怒のあまり叱責する所だった。それをアンドリューがいさめた。
そして会議の時とは真逆に戦列を配置した。それも一度予定通り鶴翼に展開させ、それから日が暮れた時を見て位置転換を行った。八の字に転換した戦列は、鶴翼陣を突破するために構成された突撃陣を見事に挟み込んだ。それもわざと当初の予定よりも”遅れて”戦火を開いた事で、敵船団は完全に方陣に閉じ込められた形になった。
正面戦力を食い破るつもりが、完全に誘引され押しつぶされた形になる。
「軍法会議は、作戦後だ。拘束し営倉に監禁しておけ」
「了解」
恐怖や憎悪、驚嘆といった感情を混ぜ合わせた表情でアンドリューを見やった、間者だった元乗組員は、来た時と同じように引きずられて行った。
「すべては、魔女の手の内か……」