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交戦が始まったか。いや、一方的な殲滅か。
辛うじて見えるのは、地平線の先に見える炎が浮かび上がらせる影だけ。
双眼鏡を覗いても地平線が邪魔で見えない。
「そういえば、なんて間者がいたの分かったのさ?」
ぐびぐみ酒を飲み続ける旅娘が小首を傾げていた。
「確証はなかったけど、間者ってのはどこにでも必ずいる。いると思っていれば、こういう時でも対処できる」
それにあらゆる襲撃の頃合いが的確過ぎた。まるで丁寧に計画されていたようにだ。これで怪しまないなら、船上傭兵は務まらない。
傭兵が雇われるのは、基本的には商品を運ぶ商船だ。
そして用意周到な賊は、前もって襲う船に狙いをつける。港湾局は便利な組織だが、情報流出の危険が増えるのも確か。
乗組員や港湾局職員、積み下ろしを行う桟橋の労働員など、関わるものは誰でもいい。そういう輩を買収して、ここ一番で襲撃する。
例えそれが誇り高い軍人であっても、人間である以上はいくらでも買収する機会はある。逆に買収された要員を買収し返して欺瞞情報で躍らせる事だってあるのだ。だから傭兵はいつだって情報が流出する事を予測する。予測して行動する。
「なにも珍しい事じゃない」
どれだけ口先で言い繕うおうと、いざとなれば人はあっさり寝返る。私が故郷で学んだ一番の経験だ。それがこの世界でも通用するかはわからないが、保険を考えておいて損はない。
この世界の人間の方が生に必死だ。毎日がギリギリで生きているからこそ下手な意地や誇りがない分だけ、裏切るだろう。
「世界は、どこもかしこも嘘と裏切りに満ちている。だから、それに備えておく。裏切らない人間なんて、いない」
「そんなものなんだ……」
裏切りを許さない彼女からすれば、逆に裏切り者や間者の存在は珍しいのだろう。きっと彼女が数多の平野を暴れ廻っていた時代であれば、彼女を裏切ろうとするものは少なかっただろうから。
くいと残り少ないボトルを煽り、中身を飲み干した彼女。
ふと顔を上げると、
「お。やっとお出ましだ」
獣の顔で笑みを浮かべていた。
「舵そのまま。一気にいこう」
私は船のクラッチを繋げ、空転していたマストの動力を足へ接続した。
この船は小舟だ。しかし小さいからこそ出だしも上々である。彼我の距離はまだある。最小の軌道で敵進路へ回り込める。
夜闇の中、進路はまるで分らない。完全な目隠しレースだが、今はやるしかない。
明りも灯さず、私はただ運のみに任せて船を突き進めた。
岩礁地帯から離れているが、まだここは完全な黄色い平野ではない。岩礁に乗り上げたら吹っ飛んで横転する。
奥の手がないわけではないが、奥の手は奥の手だ。
「あとどれくらい?」
「まだ結構離れてる。大丈夫、場所はわかる」
旅娘の自信満々の言い様。気に食わないが、こいつは真正の魔女だ。何かからくりがあるのだろう。
手元すら見えないのだ。肌で感じる風と、こっそり少しずつ抜き取って”ポケットにしまい込んでいる”運動エネルギーから逆算した移動速度。これは何かあったら死ぬ速さだ。
「あ、まずい……」
風切り音に紛れて聞こえた、旅娘の声。私は咄嗟に舵輪から手を放して、船首に立つ彼女の手を引いて”飛んだ”。
「うあ!? えッ!?」
跳ぶんじゃない、飛んだのだ。
驚く旅娘。背後で何かに激突して、猛烈な破壊音を上げる小舟。座礁した船の残骸に激突したのだ。おそらく彼女の記憶にない物だったのだろう。
私は”ポケットにしまっておいた”エネルギーの一部を使って、闇夜に飛び出した。
砲弾のように飛び出した私たちの体は、緩やかな放物線を描いて飛翔している。
「と、飛んでる!? ねーさん翼なんて持ってたの?」
驚く旅娘をしり目に、私はそれを見つけた。
流麗な水滴型の船体は、船首に女神像を配した古い形のもの。三対のマストに船体の中央にマストとは別に細長い柱が立っている。そこからもうもうと煙を上げている。
「あれがあんたの船?」
「そう。あれが我が止まらずの船、黄昏の乙女号さ」
ボイラーの煙突がある、っていう事は、そういう事か。この世界では風力機関以外はほとんど発展していない。まして外燃機関が存在しているなんて、聞いたこともない。
なるほど、風止みの霧の夜に現れるわけだ。
「青たん小僧、秘密の部屋の扉を壊したな……」
「なるほど。見えてきた。そういう仕掛けか」
この魔女は自分を裏切り誅殺しようとした彼らに呪いをかけ、さらにボイラー室を封印したということか。だから封印を解くために、残った亡霊たちは彼女を追っているというわけだ。
全くいい迷惑だ。




