インターミッション2
シロは、今でもしばしば悪夢を見る。
自分の生まれ育った里が、人間たちに蹂躙された日のことを夢に見る。
人間の兵士が里に来たとき、多少驚きはしたが慌てはしなかった。
また、身の程知らずの下等種がやって来た。
今回も徹底的に叩きのめして追い返すだけだ。
そう思っていた。
彼らは杖を持っていた。
今回は戦士ではなく、魔導士というわけだ。
でも、関係ない。
エルフが人間に魔法で後れを取るわけがない。
どんな装備をしていようと、魔法戦で人間に負けるわけがない。
そう思っていた。
彼らの杖は、今まで見たことのない杖だった。
持ち方も変だ。
杖は地面をついて持ち運ぶもの。
けれど、彼はその変な杖を肩に担いで持ち運んでいた。
構え方も変だ。
杖は上端を敵に向けて傾ける。
けれど、彼らはその変な杖の下端を我らに向けた。
まるで、これから矢で射貫くみたいに、狙いをつけるように。
あれは魔法の杖なんかじゃない。
悪魔の武器だった。
空気の破裂する音がしたかと思うと、同胞が身体に穴をあいて倒れた。
何が起こったのかわからない。
仲間が殺られる瞬間が見えなかった。
その後は一方的な蹂躙だった。
立ち向かおうとも逃げようとも、あの破裂音がする度に、
頭に、胸に、腹に穴をあけられて、同胞は次々と絶命した。
地面は血で塗りつぶされ、空気は血の臭いに侵された。
恐怖と絶望のあまり、私は何も考えず、考えられずに逃げ出したが、
なぜ、逃げ伸びることができたのだろうか。
同胞を見捨てて逃げられたことは、果たして幸運だったのだろうか。
シロは、今でもしばしば悪夢を見る。
死にゆく同胞の虚ろな瞳
無機質に同胞を殺していく敵の無感情な瞳
そして、破裂音の度に仲間の命を奪っていく杖の先の虚ろな空洞
それらがシロの生命を否定し、苛む様に射貫く―――
■■■
「………これ………何?」
シロは顔面蒼白だった。
絶望以外の感情がすべて、外に流れ出てしまったようだ。
マイトは観念するような諦観するような、それでいて安堵するような表情をした。
「ついに、見つけてしまったんだね」
「これ嘘、だよね?
著者『マイト・ギャザリック』って、何かの間違いよね………?」
マイトは静かに否定する。
「その兵器を開発し、軍に提供したのは、間違いなく俺だよ」
シロは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
恐怖と、絶望と、悲しみと、怒りに悔しや、様々な負の感情が体中をかけ巡り、立っていられなかった。
マイトは、その場に座り込んでしまったシロを立たせようと手を差し伸べるが、シロは「ひっ」と短い悲鳴をあげ、後ずさり、その手を拒絶した。
マイトは寂しそうに手を引っ込める。
「クロも呼んできてくれるかい?
全部話そう。」
■■■
マイトが聖天術士連に属していた頃、軍にも友人がいた。
ある日、その友人はマイトに相談した。
「優秀な兵士を育てるには時間がかかる。一度に育てる人数も限界があるし、戦があれば命を散らしてしまう者も出る。時間をかけてもその者が大成するかどうかは将来にならないとわからない。
だから、いつまでたっても軍事力を強化できない。
優秀な兵士を短時間で育てるいい方法はないか?」
その問いにマイトはこう答えた。
「優秀な兵士を短時間で育てる方法は知らないが、普通の一兵士に強力な武器を持たせて、単純に一人当たりの戦闘力をあげてはどうか」
それから数週間後、マイトは『銃』を完成させた。
炎魔法を直線的に射出する魔導具で、魔導適性の無い人間にも使用可能なほど使用に必要な魔力は極少。
これにより、軍事力が大幅に強化され、軍の人間は大変喜んだ。
マイトも友人が喜んでくれたことを素直に喜んだが、まだこのときは銃が運用されたときの悲劇に思い至れなかった。
それは、マイトの人生の中の最低最悪の失敗だった。
銃の最初の犠牲者は、フーリールの森のエルフたちだった。
―
――
―――
シロは言葉を無くしている。
クロも言葉を無くしている。
話し終わったマイトは、1つ深呼吸をする。
「で、どうする?」
「………どうするって、どういう?」
「君たちは被害者だ。俺に復讐する権利がある。」
「私に、あんたを殺せって言うの?」
「それで君の気が晴れるなら、俺は殺されても構わない。」
「………そう」
シロは立ち上がって、ゆっくりとマイトに歩み寄る。
「身勝手なお願いだけど、できれば一思いに殺してほしいな。
痛いのも苦しいのも、長いのはやっぱり嫌だから」
マイトは、寂しそうな微笑みを浮かべながらおどけて見せた。
シロはマイトの目の前に立つと、マイトの胸倉を掴み、立たせ
―――思いっきり平手打ちを左頬に叩き付けた!!!
あまりの衝撃に、マイトは膝から崩れ落ちた。
左頬にはシロの手形が真っ赤にくっきりついていた。
何が起きたかわからないといった目で、シロの表情を伺う。
シロの両の瞳には、激しい怒りが燃えていた。
「ふざけないでよっ!!!」
「ふざけてなんかいない!!俺は本当に自分の命を………」
言葉の途中で、また胸倉を掴まれ、もう一発強烈な平手打ちを叩き付けられた。
「いい加減にしてよ!!!
殺されても構わない?!
あんた、自分が死にたいだけじゃない!!死んで楽になりたいだけじゃない!!」
ぐっとマイトは押し黙る。
戦争で銃が使われて以来、マイトは罪悪感という鎖で心が縛られている。
罪悪感に苛まれるマイトは日に日に心が疲弊してた。
「じゃあ君は、俺のことを赦せるのかい?」
「『あんたは武器を作っただけ』『敵の兵隊とは関係ない』そんな風には割り切れないわよ!!
今でも、夢で死んだ仲間が私を見るの『助けてくれ、死にたくない』って
その仲間になんていうの?
『あの人は武器を作っただけだから関係ないです』って?!
言えるわけないでしょ!!そんな勝手なこと!!!」
「じゃあ俺にどうしろって言うんだよ!?」
「わからないわよそんなこと!!」
「だから、君の仲間の為にも、俺は殺されたって………」
言葉の途中で、三度胸倉を掴まれ、もう一発強烈な平手打ちが………今度は来なかった。
両手で顔を包まれた。
シロの目からは大粒の涙がボロボロ流れていた。
「私がこんなに怒っているのはね、アンタが私に殺せって言ってるからよ!!
私がアンタを殺せると、本気で思ってるの?」
「?」
「わたしの想い、全然信じてもらえてなかったの………?
私がアンタを殺せると、ねぇ、本気で言ってるの?」
その瞬間にマイトの脳裏にフラッシュバックする、あの日の夜のシロの言葉
―――私は、あんたが好き。あんたのことが好きよ
マイトはようやく思い至った。
俺は自分のことばかり考えていたんだな。
シロの為、殺されたエルフの為と言って他人に理由を求めても、結局自分が死にたいだけだった。
そして、俺に好意を向けてくれる相手に、自分を殺してくれと言う。
言われる方にとって、これほど残酷な仕打ちがあるだろうか。
左の頬が強烈に痛い。
だけど、シロの心はこんなものじゃなく痛かっただろう。
………でも、じゃあ、俺は一体、どうすればいい?
「シロ、俺は一体どうすればいい?」
「わからない。私だって、わからないわよ」
わからない、か。
最初は邪険にされているのかと思った。
でも、そうじゃない。
シロだって、本当に、どうしたらいいのかわからないのだ。
無為に命を奪われた同胞の怒りを背に負い、親身に命を救われた自分の恋慕を胸に抱き、シロだってどうしたらいいかわからなくなっているのだ。
それはきっと、クロも同じだろう。
マイトは、死にたくなるほどの後悔だけだったが、今日、生きなきゃいけないと思えるものが見つけられた。
後悔と葛藤の時間は、澱みの様に揺蕩うのだった。
ブックマークもポイント評価もありがとうございます。
(*'▽')ってなりました。凄く嬉しいです。
最近、情報処理試験の勉強が大変です。もし受験する方がいらっしゃいましたら、一緒に頑張りましょう。