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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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カルチャーショック?

はぁっ、と深々と溜め息を吐かれる最中も、奥村店主は両手と頭の蛸足はせっせと働き食材を料理に変貌させてゆく。手の届く範囲全てで調理のあらゆる行程をクリアしていく様は、さながら芸術的とも言える。


「あれ、イロハくん、なんか見惚れてる?」


唐突に声を掛けられ、思わずはっとなる。よっぽど食い入ってたのか、隣の望さんが少し耳元に近づいてきてから話しかけたのにも、全く気付いていなかった。


「いや、その。料理の行程があまりにスムーズだったもので」

「あー、まあわからないでもないかな。ちっちゃい頃から見慣れてるぶん、そういう感想はなかなか新鮮だと思うよ、ボクは」


どこか憧憬を浮かべながらそう言う望さん。彼女の麗しい顔が、ガラス玉のような瞳が、俺のすぐそこに、目と鼻の先にある。年頃の娘が間近にいるとなれば、流石に紅潮してきた。


「まあ、なんだ。その、少し近い、かな」


そんな思春期特有の異性に対する心持ちを慮っているのかいないのか、望さんは「おっと失礼」とおどけた口調で告げ、ニコニコした顔を保ったまま適正な距離を取る。自然体な彼女と異なり、自分は内心何だか落ち着かない。


「はいお待ち! いつもの『取れたて、畑の気まぐれ野菜クッキング』一丁!」

「おっ、いつもながらうまそうやな! ワシコレ好きなのよ~」


そんなやりとりをしていると、獣之助君のもとへお盆が豪快に置かれる。首を伸ばして覗いてみると、最初に顔を見せたのは湯気に乗って漂う香りだった。


「なんですそれ。スープ?」


お盆の上には、銀色の匙一つと厚みのあるバゲット、それと大皿一杯のスープだった。一見してみて思ったことがある。先程スープと述べたが、それにしては飴色が濃く、またとろみが強そうな見た目で、むしろシチューに寄ったカタチだ。


「なんや、他人の芝は青う見えるタチかいな?」


視線が気になったのか、おもむろに俺からお盆を遠ざける。いや、そんな略奪なんて真似しないって。苦笑していると、今度は何を思ったのか遠ざけていたお盆から、皿を近づけて透明度の高いスープをこちらに見せつける。


「食いたいか?」

「…まあ、少しだけ」

「…後でそっちのもひと口くれや?」


そう言って獣之助君は匙を取り、飴色のスープをひと口掬えば、こちらへ差し出す。掬った匙の上に具を乗せていないあたり、微妙にセコさが滲み出ている。この程度で文句垂れる気はないが。


「じゃ、ありがたくいただきます」


匙を受け取り、掬われたそれを舌を通し喉に流し込む。通り抜ける液状のそれを舌でしっかりと味わい、喉を震わせごくり、と飲み込む。


「……!」


結論から言うと、こいつはスープだ。とろみに見えたそれは、溶けた野菜だ。何種類あるかはわからないが、少なくとも十は下らない数の野菜がこのスープに溶け出ている。


旨い。たゆまぬ修練の末たどり着くであろう、一つの技の終着点が垣間見たような、見えなかったような。兎角、そんなイメージが脳内を駆け巡るほどのショックだった。


「おうおう、絶句しとるな。どれどれ……、相変わらず旨いのう!」


方言を利かせながら、あちらはバゲットを千切りスープに浸して食べる。至福の表情、とでも言うべきモノを浮かべている。


ただ、返したお匙を近くの紙ナプキンで吹いてからあらためてスープを掬う様に、俺は少しだけ怪訝な心持ちになった。そんなに間接キスが嫌か。


「え? 女の子ならいざ知らず、野郎と間接キッスとか無いわ」


真顔でそんなことを宣う獣之助君。よっぽど嫌らしい。まあ、人それぞれだからとやかく言うのもよくないか。味の余韻に浸りながらそうしているとまた、新たなお盆が運び込まれてくる。


「はい、『古今東西ミソづくし定食』一丁!」

「わあっ、あいっ変わらず美味しそうだな~!」


そう言って運ばれてきたのは、さっき獣之助君のところへ運ばれてきたのと御盆の上に、何やら練り物みたいな品々が乗せられている。ミソづくしというのだから、あれらは恐らくお味噌なのだろう。


ただ、味噌と聞けばやはり茶色系の彩りのはず、なのだが。俺の目に映る器に盛られているのはソレに限らず、色とりどり、というか千紫万紅とすらいえる極彩色だった。


「すまない。ミソづくしと言っていたが、コレはいったい?」

「ん~? そうだなぁ、コレは熟成大豆の味噌でしょ? んで、これが頭でしょ?」

「……待ってくれ、頭って?」

「え? 頭は頭だよ。キミも詰まってるでしょ? ミソ」

「ミソ」

「うん。ミソ」


頭に詰まってるミソ。ミソ…。あー、そう言うこと。


「……それはカニ、とかですかね?」

「そだね。コレはカニだけど。やっぱりボク的に一番はコッチの頭のミソだね」

「……えっと、どの頭のミソ?」

「ん? 頭は頭だよ。一個だけに決まってるでしょ?」

「一個だけ。頭、ですか」

「ん。頭蓋の中のミソだけど?」


えっ? 待って、何それ。そんなの聞いてないんだけど。というか予想できないって。『古今東西ミソづくし定食』って大豆のような『お味噌』だけじゃなくて頭の中の『脳ミソ』も込みですかぁ⁉


「ふふ。…かわいい。すぐ、口にしてあげなくては」


まだ微かにびくりと動く新鮮過ぎるミソに向けて、望さんが瞳を輝かせそんなことを呟く。やめて。本人は意識してないようだけど、そこだけ切り出すとすごくいかがわしく聞こえるから本当にやめて。獣之助君がなんかヨダレ出し始めたから本気でやめて。


「……ごくり、いただきます!」


ちゅるり、と皿に盛られた頭蓋の中のミソを、恰もうどんを啜るように吸い上げる望さん。その表情はとても眩しい。ただ口にしているものと似たようなのがが自分の頭にも詰まってると考えると、うん。肌が粟立つ。あれは、なんだ。ユッケ的なものと捉えよう。


「ん? 食べる?」


一口どう? と差し出される箸を、それとなく御遠慮させてもらう。脇の下から冷や汗が滲むような気がした。いや、なんだろう。自分には食わず嫌いは少ないほうだと思っていたけど、流石にこれは、無理だった。


「ほいラスト。『大雪山おろし』一丁!」


ドン、ととうとう俺の目の前に力強くお盆が置かれる。なかなかにショッキングなものを見せられた手前、思わず身構えてしまう。が、運が良かったのか俺のぶんの料理は、外見はわりかしマトモだった。というかむしろいい。


「イカ、だよね? なんだか螺旋を描くように山なりにおろされていますけど?」


その名の通り、イカはまるで回転する刃に切り刻まれたように渦を巻き、いかそうめん一つが大きな白い山を形成していた。雪が降り積もった北国の山、とでも言えばいいか。


「そうだよ。故に大雪山おろし。因みにコレはバージョンアップ版で、二段返しと名付けた」


大雪山おろし・二段返し。うん、よくわからない。イカと柔道技になんの関係があるのか皆目見当がつかない。とはいえ、自信たっぷりの店主に突っ込みを入れること自体が野暮なのだろう。


満面の笑みの裏側にそれとなく、いやかなり露骨に、イカに対する濃厚な敵意というか、黄泉国色の憎悪みたいのが見え隠れしているが、多分気のせいだ。そういうことにしておこう。うん。


しかし、この立派な螺旋を描くイカ。どこから手をつけるべきか。取りあえず頂点から箸で摘まんでみる。すると驚くことに、山一つを一本のいかそうめんがとぐろを巻いているのだった。現代だったら余裕でテレビ取材が飛んできそうな芸術的な技法である。


「ソイ・ソース、いるかい?」

「あ、はい」


小皿に醤油を垂らして渡される。イカの山の頂上から摘まんで醤油に軽く浸け啜る。流石に全部を吸い上げるのは無理なので、途中で噛みきって咀嚼する。


「旨い……」


細胞がまだ生きている、とでも言うのか。曲芸のようなナリであって、その実先ほどのスープ同様に究極の一を目指したような、形容しにくい程の美味であった。


「あ、約束やかんな。一口ちょうだいな」


そう言って、すっと皿を寄せてあげると、俺が口にしていた頂上からではなく、山の麓から先端を醤油を浸けてすする獣之助君。よほど男と間接が嫌らしい。筋金入りとはこういうのを指すのだろうか。

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