プロローグ 2
家から5分程歩くと、建設途中のまま野晒しにされ、小汚い外観に頂上が崩れ穴空きチーズのようになっている廃ビルに着く。
「ったく…物好きだよなぁ、あの爺さん」
ボロボロの廃ビルを見上げながら、誰に訊く訳でもなくそう呟く。
この廃ビル、うちの爺さんが何をトチ狂ったのか知らないが「この場所をわしのラボにする!」とか宣い、買い上げたもので、現在はその爺さんが廃ビル内でなにやらよくわからん研究に心血を注いでいる。だからちょくちょく様子を見ておかないと大往生寸前で発見されることもザラだ。
慣れた足取りで廃ビル内に入り、そこから足下の薄暗い地下へと歩を進める。しばらくして、一ヶ所だけ煌々と明かりの付いた区画を見つける。
「できたぞぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」
突然の大音量の奇声に、思わず心臓が跳ねる。俺は慌ててその区画に入る。
その区画は辺り一帯が光の灯ったモニターに、何に使うのかさっぱりわからない機械で埋め尽くされていた。奥にはサムズアップしてたらしい、白髪に黄ばんだ白衣を身に纏う、いかにもマッドな感じの還暦過ぎの爺さんがいた。
「なんだよ!いきなりでかい声を挙げて!」
「ん?なんじゃイロハか。いたの?」
ぼけーって感じの返事に、ハァ…っと溜息が漏れる。やれやれ。自分で呼んだの忘れてたらしい。
「おお、忘れておった。イロハ、見てみい!これこそ世紀の大発明じゃあ‼」
爺さんが子供のようにウキウキしながら指差す。
その向こうには、区画の中央に置かれている、無数のケーブルに繋がれた、赤系のカラーリングで彩られ、…何故か両側面にロケットパンチ的なものが取り付けられている大型バイクだった。
…成程、わかったぞ。そういうことか。
「──爺さん、とうとうボケたか…」
そう呟くと、爺さんに背中をおもいっきりひっぱたかれる。…痛い。
「ボケとらんわ阿呆!こいつはただのバイクじゃあないわ!」
「…確かに。ロケットパンチがくっついてるなんて普通じゃないね」
「違うわぁ!」
爺さん、今度は腿にキックをかます。地味に痛いとこを…!俺は思わず跪いてしまう。爺さんはあの珍妙なバイクを指差し言う。
「いいか、よく聞け!こいつはなぁ、このわし、亀鳴四十八の博士号コレクターとしてのプライドと英知の結晶!半生の相棒、グレート・コンドルくんを魔改造の限りを尽くした結果、時を越える究極のモンスターマシンへと進化を遂げたのじゃあ!」
と、物凄く雄弁に語る爺さんを、俺はまだ少し怪訝な心持ちで見る。それってつまり、あれだよね?
「爺さん、それひょっとしてこのヘンテコ、所謂タイムマシン…か?」
「ヘンテコじゃない!グレート・コンドルくんじゃ!──まあええ、とにかくそんな感じでだいたい合っとる。言ったじゃろ?歴史の変わる瞬間とな」
爺さんは自信たっぷりにそう言う。未だに訝しむ俺に爺さんは眉を顰める。
「イロハや、まさかお前わしの頭脳を疑っとるのか?」
「や、そんなことないよ。爺さんはこの2020年現在において世界トップレベルの天才さ。博士号とノーベル賞、国民栄誉賞合わせてダース単位で持ってるのも知ってるけど…」
けど、ねぇ…。なんか現実味がないというか、眉唾というか…。爺さんは俺の手を取りバイクの下へと引っ張り寄せる。
「わかったわ。そんなに言うなら乗ってみろい。ホラ」
「いやいや、ちょっと待って。俺15歳。無免許運転は不良のやることよ?」
「安心せい。外を物凄いスピードで走る訳じゃないわ。それこそカミナリでも受ける必要もない」
じゃあむしろなんでバイクを素体に改造を…?という疑問が浮かぶも、それよか気になることがあった為、そちらを訊く。
「わかったよ。とりあえずこいつはタイムマシンとしよう。けど、真面目な話、動かした途端爆発~、ってオチはないよね?」
「心配無用じゃ。そんなマンガみたいなこと起こらん。…一応自爆装置付いてるけど」
「じば…っ⁉ってまあ、それこそマンガみたいなもん作ったんだから当たり前っちゃ当たり前だけど…」
うーん、さてどうしたものか。俺はその珍妙なバイクを見て考える。
さっきも言ってたが、本当にタイムマシンならばこれほどの唯一無二のアイテムなど普通ならまず手に入ることはない…。
色々考察を行った後、俺は意を決しそいつに跨がる。
「いいぜ。わかった。本当に世紀の大発明なら…!」
「おお、やっと信じてくれたか!…あー、でも実は一個だけ懸念材料があるんじゃけど」
「懸念材料?──まさかと思うが、片道分しか燃料ないとか言う気か⁉」
「あ、それは問題ない。理論上一往復は余裕の筈じゃ。…テストしとらんのだからわからんが」
ん?今このジジイ、テストしてないと宣ったか?──まさかと思うが…
「テストしてないって爺さん。ひょっとしてこのタイムマシン、試運転してないのか?」
「あぁ~、そうなんじゃよ。理論上はパーフェクト。しかし実証試験はまだなんで、搭乗者と本体の負担が正確に測定出来とらんのよ」
──ええ?つまり何か。このジジイ、自分の孫をモルモットにする気だったっての?やっぱりマッドじゃねーか…。
俺は眉を上げ、ジーッと睨む。爺さんはそっぽ向き下手くそな口笛を吹かす。…このマッドサイエンティストめ。
「あんた、そんなどんな危険があるかわからんもんの実験台に孫を使う気だったのか?自分でやれよ」
「え~、いいじゃろ別に。さっきも言ったろ理論上はパーフェクトって。もしグレート・コンドルくんがちゃんと時間跳躍できたらそれあげてもいいし」
「それは、確かに成功なら万々歳だけど…リスクが予想つかないってキツイぞ」
「かぁ~、肝っ玉の小さいガキよの。科学は実験、ひいては挑戦ありきよ。ビビってちゃ何も実証出来んぞ」
「…とかなんとか言っといて人をモルモットに仕立てるのはいかがなものかね?」
──爺さんはそっと目を逸らす。おいコラ。
「ま、まあとりあえずものは試しじゃ。喜べ、人類初のタイムトラベラーとして歴史に名を残せるぞ!」
「それを最期に彼の姿を見たものはいない…ってオチにならなきゃいいけどな」
「わしを信じろ!計算上は搭載した自爆装置以外ではよっぽどのことが無い限り時間跳躍システムは壊れん!」
…今のなんかフラグっぽいけど大丈夫かな?期待と不安が交差する中、俺はバイク─コンドルくんだっけ?とにかくそいつに座り直す。
「わーったよ。不精、亀鳴以呂波。モルモット役喜んで承ります」
「イヤミたっぷりなのが気に食わんが、いいじゃろ。まず、コンドルくんの計器のところ見てくれ」
そう言われ、バイクの計器のところに目をやる。
ふむ、バイクなんてTVやゲーセンのゲーム位でしか見たこと無いが、確かに出てるスピードや残りの燃料、バッテリーの上がり具合等を表す計器とかの他に、素人の俺でもハッキリとわかるレベルの変なカウンターがある。
それはラジオのチャンネルをいじる時にひねるダイヤルみたいなのと4桁のデジタル数字のカウンターだ。
「見えるな?そいつのダイヤルを回すと上の数字が変わる筈じゃ」
「あっ、ほんとだ。これの数字が跳ぶ時代なのか?」
「その通りじゃ。とりあえず今回は2999年にセットしとくれ」
2999年…っと。えっと、今が21世紀だから29世紀末か。なんでこんな時代に?気になったので爺さんに訊いてみる。
「爺さんや。何だってこの時代に?」
「ああ、それか?いやの、1999年には地球滅びるとか言っておったろ?あと1000年後も似たようなこと抜かしとるのかな~なんて。まあ、流石に時が経ちすぎて地球からみんな宇宙に引っ越してしまうのかものう」
俺は爺さんの未来の考察を訊き閉口する。これからそうなってるかも知れないとこへ送り出すってのに…。
「…あんまり洒落にならないこと言うなよ。マジでそうだったらヤバいで済まないんだから」
「はは、白鳥白鳥」
白鳥…あー、スワンスワンってか。くだらねえ。爺さんはバイクから離れ近くのコンピュータをいじり出す。
「…よし、データリンクOKじゃ。これで時間という壁を隔ててもグレート・コンドルくんからの信号とデータはこのコンピュータに送られてくるぞ」
「しれーっとすごいことやったな…。次はどうすれば?」
「まあ焦るな。次は右手側の方、アクセルの方にカバーがあるじゃろ。そのカバーを開けてくれ」
そう言われてカバーを開けてみると、時計マークの青いスイッチが顔を出す。
「よし、そいつをポチっと押せ。それでモードが切り替わる。──一応言っとくが左手側のクラッチの方にもカバーがあるじゃろうが、そっちは自爆スイッチじゃ。間違えんじゃないぞ」
「さらっと怖いこと言うなよ…」
ちらりと自爆スイッチの方を見つつ、右の青いスイッチを押す。──が、何も起こらない。何故だ?
「ああ、今のはモードの切り替えだけじゃ。コンドルくんにもうキーが刺さってる筈じゃから、回してエンジン入れてくれ。あと、ヘルメットも被っとけ」
そう言うので、バイクの横に引っ掛けてあったヘルメットを被った後、キーを回しエンジンを始動させる。
するとコンドルくんは、エンジンを震わせ、うねりを上げるように爆音を轟かす。
「うわっ。すげえ振動だ…。エンジンのパワーがダンチじゃないのか?」
「あたぼうよ。言ったじゃろ、時を越えるモンスターマシンとな。──よし、各機能オールグリーン。右足のペダル…アクセルを思いっきり踏めぃ!」
言う通りに、アクセル全開にする。──すると、コンドルくんが、いや、俺の身体も眩い蒼い光の粒子に包まれる。
「うわっ!なにこれぇ⁉」
「ようし!ブリリアントなデータじゃ!わしの理論は間違っとらんかったぞ!」
コンピュータに送られてくるデータ群に狂喜乱舞してる爺さん。いやいやいや、何がどうなってる?これから時間を跳ぶのか?
「まるで意味がわからないぞ⁉説明してくれよぉ‼」
「グッドラック~!我が孫よ!」
話聞けよぉ!という俺の叫びは届いたかどうかはわからず、俺の視界も蒼い光の粒子に包み込まれ、爺さんの姿も視認出来なくなっていく。