4話 お髭のおじちゃんと美味しいご飯
【◇クリス視点】
ガッシャーーーーーン!
「お前なんかに食わせる飯なんか無いんだよ」
目の前に置かれていた小さなパンと具のないスープの器が蹴り飛ばされ、僕の狭い部屋の床に転がっていく。
1日屋敷の雑用をしてやっと得た食事が無残にも撒き散らかされていく―――
目の前で食事がごみと化していく様に、絶望している僕を見て、兄たちは鼻を鳴らして去って行く―――
ある時は伯爵さまがイライラしながら僕に鞭をふるい、
使用人に仕事を押し付けられ…
物が無くなればその罪を背負わされ鞭で打たれる
そんな僕を取り巻く世界がすべてだった
いつくらいからそんな扱いをされ始めたとか、
なぜ暴力を振るわれるのか、
僕にはわからない
ある時珍しくいつもと違う色のスープが出た日があった。
たまねぎ色の具のないスープにいつもより、ふわりとしたパン
パンの横にそっと干しブドウとクリームチーズを混ぜたものが少量添えてあった。
匂いが違う…
香ばしい匂い。パンを一口かじると口の中にミルクの風味が広がった。
「お…い、し…」
喉が震えた。
スープの器をもってゆっくり口に入れると、その瞬間口内に広がる塩味に、野菜の風味。
いつもの饐えたようなスープじゃない…
カビが付いているパンじゃない…
持つだけで指の跡が残る柔らかなパン。
添えてあった、干しブドウの入ったチーズをパンに塗って、口に含んだら、自然に涙が出た。
凄い。
ごはんが…美味しい。
鞭を受けたわけじゃない
殴られたわけじゃない
なのに
目からはいっぱい涙が溢れ…せっかくのパンがすこし塩っぽくなった
それでも美味しかった。
見た目は、いつもとそんなに変わらないように見えて中身が全然違う―――ごはん。
次の日、洗濯が終わった後、皿洗いを使用人に言いつけられて、厨房に行くと見た事無い人が居た。
「なんだ坊主?何の用だ?」
背は伯爵様より高く、お髭と髪の毛が一体化したようなもさもさのおじさん。
声は少し低くて、伯爵様より…怖くない。
僕が俯いて声を出せずにいると、その人は僕の前に屈み、目線を合わせようとしてくれた。
そうして僕が話すのを怒るでもなく、待ってくれている。
でもどうしても声が上手く出なくて…
僕はゆっくり流しに指を向け洗い物を指さす。
目の前の人は、それに気づいて僕と流しを交互に見つめて、納得してくれた。
「あぁ皿洗いに来たのか坊主。あれ?皿洗いは下男のあいつの仕事だろう?」
そう言って目の前の男の人は溜息をついて、僕の頭に手を置いてワシワシとなでると
「じゃあ、皿洗い頼むな坊主」
優しくそう言ってくれたかと思うと、ジャガイモの皮をむき始めた。
ガチャガチャと皿を洗いながら男の人を盗み見てると気づいた。
いつも調理場に居て料理を作っていた怖いおじさんが居ない…
僕はキョロキョロと辺りを見回した。
あの人はいつもいて、僕をよく蹴って来た怖いおじさん…
いつもここに居たのに居ないのはどうして?
昨日のご飯はもしかして…
シャリシャリとジャガイモの皮を楽しそうに剥くお髭のおじちゃんに視線を向けると、
僕の視線に気づいたおじちゃんが話しかけてきた。
「今日は、賄いもジャガイモのスープだ。ジャガイモは好きか?」
気さくに話しかけてくれる事に面食らいつつも…僕はお髭のおじちゃんの質問にドキドキしながら頷いた。
この家で僕に話しかけるのは用事を言いつける時と、怒る時。
それ以外の挨拶も問いかけも口に出すなと伯爵様には命令されている。
ずっと、話さなくて…話すと怒られてきたから…お返事もスムーズに出来なくなってしまった。
嬉しいな――お髭のおじちゃんは僕に話しかけてくれた。
自然に口角が上がっていたのだろう。
「なんだ坊主。皿洗いをそんなに楽しそうにする奴は初めて見たな」
アハハハとジャガイモの皮をむきながら楽しそうに笑う。
胸がホワンっと温かくなった。
その日の夜に出た食事はスープが白くてモッタリしたスープで、口に含むとジャガイモの味がして…また涙が出た。
あの人がこの美味しいご飯を作ってくれていたことに感謝した。
嬉しい。
この嬉しい気持ちを伝えたい…
そんな事が日増しに心に募っていった。
美味しいご飯が出る様になってからしばらく経ったある日の事だった
その日、春の柔らかい風を室内に入れるために伯爵の家族が食事をとる部屋の窓が開いていた。
だからその声が僕にまで届いた。
「野菜はいらないって言ってるだろ!下げろ」
兄上達の声が響いていた。
「葉っぱなど馬の喰うものだ。肉を持ってこい!」
「ほんと、元宮廷料理人とお爺様が言っていたけれど、葉っぱや芋など並べるとは、呆れますね」
あの人の料理を馬鹿にしていた。
あの人の美味しい料理を…信じられなかった。
その日の食事でホウレンソウが挟まったパンが出てきた。
絡まったソースをパンが吸って、とても美味しかった。
僕は…お肉はほとんど食べたことが無いけど…
お野菜とっても美味しいのに
なんであんなに酷い事が言えるんだろう…
そんな風に思っていたのがいけなかったのか…
その日僕の食事中に久々に兄が来た。
ほうれん草が挟まったパンをとっさに後ろに隠したが、見つかり取り上げられた。
「ハハハ。なんだお前馬と一緒で葉っぱを食ってんのか?そうだなお前なんて葉っぱめしで十分だよな」
そう言って、まだ食べていなかったスープ皿をひっくり返し、パンを踏みつけ、笑いながら部屋を出て行った。
お髭のおじちゃんの作ってくれた美味しいご飯を…食べられないゴミにかえて…
以前よりもその事にショックを受けた。
少しして今度は伯爵さまのお部屋から大きな声が聞こえてきた――
「だから、息子が食べられない野菜を食べさせるために父上がお前を雇ったのだろう。なぜ息子たちは野菜をいまだ食べないんだ!」
「ご主人様食べさせたいのであれば、なぜあんなに肉を出さすのですか?」
「肉で腹が満たされることが分かっているのです。
嫌いなものを食べようなどと思うはずがない」
「それを何とかしろと言っているのだ」
「ではしばらくは肉を減らします」
「ならん!」
伯爵さまの怖い怒鳴り声に臆することなく言い返す髭のおじちゃん。
その毅然とした態度に僕はその場で立ち尽くしてしまった。
「では食べさせることはできません」
「なんだと!」
「私は大旦那様に乞われてこちらにやってきました。その時に聞いた話と、今のご主人様の言っている事では条件が違います」
「使用人の分際でたてつく気か!」
「私は此処に勤める際に王宮の法務官の前で契約書を書いております。
契約内容が違う事には反論は出来ます」
「な…!!」
「メニューはこちらで決めさせていただきます。
肉の過剰摂取は好き嫌いを助長させるため看過できません。
今夜からそう対処致します。構いませんよねご主人様」
お髭のおじちゃんは凄かった…
でもその日僕は伯爵様に鞭でいっぱい打たれた
イライラしていたのだろう
お髭のおじちゃんの悪口をいっぱい言いながら僕に鞭をふるう伯爵様
怖かった。
身体が痛くて
もうだめかと思った。
その日から僕は熱を出し、そのまま動けなくなった――――。
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