2話 伴侶の傷と、不安な視線。
大きな門扉の前に門番が一人静かに立っていた。
俺達の馬車が門前で止まると、中を確認する事も無く門が開き馬車は屋敷の中に入って行った。
バラが咲き誇る庭園には、色鮮やかな蝶々が美しい花の蜜を求め集まり舞い踊っていた。
姉上好みの美しく整えられた庭園。
手入れの行き届いた庭と、無造作に摘まれていない花々。
——ここでは、誰も何も奪われていない。
俺はクリスを抱えて馬車を下りると、途端に玄関の扉が勢いよく開き駆け足で懐かしい顔が飛び出してきた。
目の前に駆け寄ってきた、久しぶりに会う姉は、美しい貴族の夫人になっていた。
「リド…あなたずっと手紙も寄こさないから本当に、本当に心配していたのよ…」
姉上にそっと頬に手を添えられて、その仕草に懐かしく思う。
小さい頃から、兄や俺たちを叱る時は、決まって目を見て優しく言う人だった。
儚い容姿に似合わない押しの強さに兄弟皆姉上には頭が上がらなかった。
「心配かけた。ごめん姉上」
俺の返事に困った子ねと言いそうな顔でそっと手を外して、
「あなたそんなに髭を蓄えていては、父上そっくりよ。
料理人なんだから、きちんと整えましょう。
―――――それで…連れてくると言っていたあなたのお嫁さんは何処かしら?」
目の前で誰かを探すようにキョロりと視線を動かす姉上を見て
俺は視線を抱きしめている洋服の方に向けた。
「疲れて寝ています。よろしければベッドを貸してもらえませんか?」
俺の視線に、先ほどまで動いていた視線を止めて、困った表情をして俺に問いかけてくる。
「あら?え?…ベッドは構わないけれどこの子共は?」
「俺の伴侶、クリスだ」
姉上は目を閉じて眠るクリスを見て、俺を見てクリスを見てそして、バスコを見た。
「バスコ、見損なったわ。犯罪に手を貸すなんて!どうしてリドの愚行を止めてくれなかったの!」
「エリー様、人聞きが悪すぎますよ。彼は成人済みの男性です」
バスコの返事に、口を閉じ、もう一度クリスをみて困った顔になる。
「え…でも…うちの子よりも小さいわ…」
そんな困惑している姉上に俺はニコリと微笑み、家へ促した。
「姉上詳しくは中で話すよ」
「そうね。ごめんなさい。中に入って。
我が家にようこそリド。後で家族を紹介するわ」
「お邪魔します。姉上」
中に入ると、先ほどまでいたケッチーニッダ伯爵家の冷たさとは全く違う、同じ伯爵家でもこうも変わるのかと安堵した。
焦げ茶色の家具や手すり。それを深い緑のカーテンやカーペットが受け止め、アンティークの家具が上品にまとめている。暖かな色合いの落ち着いた室内に身体のこわばりが少し解けるのを感じた。
「客室はこちらを使って」
そう言って家族が住む奥の部屋を案内してくれる姉上に俺は笑みを浮かべた。
「エリー様お医者様の手配をお願いしたいのですが?」
バスコの言葉に、姉上は一度クリスに視線を向けて「分かりました」とすぐに手配してくれた。
俺は通された部屋のベッドにそっとクリスを寝かせると優しく頭を撫でた。
この子が以前風呂に入ったの、どのくらい前なのだろうか……そう思うくらい髪はガサついて一部が固まっていた。
俺はベッドから立ち上がると、部屋の外に居るメイドにお湯とタオルをお願いした。
用意してもらったタオルをお湯に浸し、暖かなタオルでゆっくりクリスを拭ってやる。
顔、腕、首、少し拭くだけでタオルはすぐに黒く汚れた。
そのたびに桶で濯いではまた拭う。
もっと早く…あそこから救い出せたのではないか…そう後悔をしながら拭っていると、クリスの目がこちらを見ていた。
「起こしたか?すまない」
クリスは首をふるふると横に振り俺のタオルを持った袖口を掴むと、
「リ…ド…」
小さな声で俺の名を呼んだ。涙が出そうだった。
「クリス…」
名前を呼んでその身体をゆっくり抱きしめる。
優しく力を込めないように
――――怖がらせないように。
「リド…」
もう一度俺の名を呼んでくれたクリスは俺の腕に身体を預けてくれた。
「もう怖い事は起こらない。夜もちゃんと眠れる。」
俺の腕の中でクリスが首をかしげているのが分かって微笑んだ。
コンコン
扉の方から音がした。
俺は視線を向けて、姉上とその後ろに大きなバッグをもって佇む女性を見て、今の状態を見て顔を赤くする。
「あのね…その、そういう事は扉を閉めてするべきよ。」
そう声を掛けられ、余計に顔の熱が上がるのが分かる。
「先生をお連れしたのだけれど、クリスさんは大丈夫かしら?」
名前を呼ばれた事で身体を跳ねさせたクリスは、俺の腕の隙間から姉上をみて、俺を見直しコクリと頷いた。
名残惜しげにクリスを拘束していた俺の腕を解いて、初めて姉上に向き合うクリスの細く、傷だらけの姿に姉上も先生も息をのんだ。
「クリス、俺は外に出ているよ」
そう言って離れようとした瞬間、服の裾を握られて立てなくなった。
俺は医者の先生を見ると、
「本人が希望するのであれば、ご家族の同席は構いません」
そう言ってくれて、クリスが安堵するのが分かった。
俺とクリス、先生だけになった室内で服を脱いだクリスの姿を見て、医者が顔をしかめた。
「これは…」
言葉を止めた先生に俺は間を置かずに要望を伝える。
「今の身体や怪我の状態を、詳しく診断書に書いてください」
医者は俺をじっと見た。その瞳を見返しながら、
「二度とこういう事が起こらないようにするために、お願いします。」
そう言った俺の言葉に頷き診断書を書いてくれた。
「最初は固形物ではなく、栄養のたっぷり入ったスープから、ゆっくり食べさせてください。」
「分かりました」
「食事の後には必ず出された薬を飲んでください。」
先生の言葉にクリスはコクリと頷く。
「旦那様は彼の右から話しかけてあげてください。
左耳の反応がありませんので聞こえていません…」
診断の結果を紙に書きながら今の状態を話してくれる。
背中の鞭で打たれた裂傷がひどく傷跡は残る事。
体中に残る痣、打撲、片耳が聞こえていない事、栄養失調に発育不良。
並び立てられる状態に俺は思いっきり拳を握り込んだ。
「塗り薬と貼り薬も用意しますので後で病院の方に取りに来てください」
「分かりました。ありがとうございます」
俺の返事と共に、クリスは小さく頭を下げた。
その様子を見て先生はこの部屋に来て初めて微笑んだ。
「明日また来ます。今日は薬湯に入って体の汚れも落として、しっかりスープを飲んで寝るんだよ」
そう言って先生は部屋を後にした。
薬湯…かぁ…
「クリスお風呂入れる?」
俺が聞くと、クリスは小さく首を振った。俺は思考を巡らせてから、
「介助をメイドさんに頼もうか?」
俺の言葉にクリスはびくりと身体を跳ねさせ頭を振る…
やっぱりダメか…
「俺が手伝っても良い?怖くはないか?」
俺の服を握ったままの手に力を込めて頭を振った
不安げに俺を見上げる
この可愛らしい伴侶に——この時点で、俺はもう勝てないと悟った。
読んで頂きありがとうございます(❁´ω`❁)
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