第二十七話
鮭延城前を流れる真室川の河川敷は広く、遠くまで見渡せる眺めの良い場所だ。オレ達はそこで総勢二〇〇人超の鮭延軍と相対している。
約三七〇〇の大軍勢を前に戦意喪失せず、その少数でよく戦う気になったもんだと思う。その心意気と士気に敬意は表するが、利口な選択ではないだろう。
しかしあれは何だ?
鮭延軍の後ろに簡易的に組まれたトライポッドが見える。
まあ仮に百歩譲ってそれはいいとしても、その中央に吊るされている簀巻きは……「人」だよな?
オレ達にとっては人生初の戦だ。
もしかしたらこれがこの時代のノーマルなやり方なのかもしれない。
簀巻きの人もオレ達にとっては重要な人物で、人質なのかもしれない。
守棟さんが馬に跨ったまま前に進み名乗りを上げる。
「儂は最上義光が家臣、氏家守棟。此度の総大将である! 貴殿が鮭延の秀綱殿とお見受けするが、相違ないか!」
鮭延軍の最前列中央で上等な鎧を纏った男が腕組みしたまま返事を返す。
「違うっ!」
返ってきた言葉を理解するのに、みんなの動きが一瞬止まる。
一体どういう事だと皆が首を傾げる中、義さんが顎で先を促した。
「では、そなたは何者か! 名を名乗られたし!」
「俺は井上綱知! 秀綱の弟だ!」
「ならば井上殿! 貴殿が此度の総大将と言う事でいいのだな!」
「んっ? ……多分そうだ!」
「『多分』とはなんじゃー! そんなあやふやな名乗りがあるかー! そもそも秀綱殿はどうしたのだ! まさか逃げた訳ではあるまいな!」
「なにっ!? 逃げるなどと、兄貴がそんな弱腰の男な訳ねーだろっ!」
さっきから一体何の話をしてるんだ?
どうにも会話が噛み合っていない気がする。
これもオレ達が知らないだけで、戦の名乗りとしてはノーマルなのか?
なんで、井上さんは額にでっかいタンコブを作って流血しているんだ?
「兄貴なら――」
そう井上さんが続けようとすると、鮭延軍の後方から必死な叫び声が聞こえて来た。
「たーすけーてくれぇーっ! たーすけーてくれぇーっ!」
吊るされた簀巻きをよく見ると、先端から人の頭が出ており、大声で助けを求めているじゃないか! 額には大きなタンコブと流血も見える。やはりあの簀巻きの中身は人質!
「兄貴なら、あそこで簀巻きになっているぞ!」
「はぁっ!?」
「こうなってしまったのは自分のせいだ。だから自分の首を差し出し、他には手を出さぬよう交渉するなどと、俺らの気持ちを無視するような行動に出たから簀巻きにした!」
何がどうなるとその結論に至るんだ?
知勇兼備の兄と違い、弟の方はアホの子なのか?
そもそも身内に捕まって、必死で敵軍に助けを求める将もどうなんだって話だが。
「鮭延は俺らのモンだ! よそ者に好き勝手されてたまるかって話だ! だから兄貴は渡さねぇし、殺らせもしねぇぞ! 俺ら全員で兄貴を守る!」
「はっはー! 何だか面白くなってきたじゃねーか、なあ守棟ー!」
「殿は楽しんでるだけでしょーが! 儂、こんな戦の総大将なのー!?」
「ユキ兄。なんで敵将が簀巻きで吊るされてこっちに助けを求めてんだ?」
「これ、どう収拾つけたらいいんすかねー。守棟さーん、指示頼むっすー」
「何をどう動けばいいのでしょうか! 満茂、指示待ち!」
鮭延軍の理解し難い行動に毒気を抜かれたのか、全体的に緊張感が抜けてきてしまっている。状態はどうあれ、これが戦であることに変わりはない。
義さんはどう動くんだ?
「守棟。やるべき事は前にも言った通り! 鮭延の秀綱を従え、周辺国人衆を一気に掌握する。それだけだ!」
「当初の目的通りでいいんですな!? 後で文句言いっこなしで頼みますよ殿! こうなったらもうヤケクソだよチクショウー! 皆の者よく聞けーっ! これより最上軍は全力で敵将、鮭延秀綱の救出を行う! 氏家守棟の名において反論は一切認めん!」
攻めに来たはずなのに、なぜ、敵将を救う事になっているのか。
守棟さんの号令に、状況理解が追い付いていない兵たちが動揺をみせる。
「はっはー! よく言った守棟ーっ! そうでなくちゃー面白くねぇよなぁー!」
そして、大きく息を吸い込んだ義さんは、続けて戦の概念をひっくり返す発言をした。
「ワシが最上義光じゃー! 最上、鮭延、両軍共! たった今からこの戦において他人を傷付けることを禁ずる! 敵味方関係なく、少しでも傷などつけてみい! 即座にそ奴の首をこのワシが直々に落としてやるぞ! それが嫌なら武器を置けーい!」
最上軍の兵たちは義さんの命令に逆らえるはずもなく、全員武器を地面に手放した。
輝宗さんと義姫さんは、このおかしな、ありえない戦の状況に笑いを堪えるので必死だ。
「なにっ! 最上義光が来てるってのか!? 何だよクソ面白れぇな! 良いぜ分かった! そのアホみてぇな条件に乗ってやろうじゃねーかっ! それでいいな皆の衆っ!」
「おっ!? おーっ!?」
鮭延軍もかなり困惑している様に見えるが、井上さんの号令で一斉に武器を手放した。
「日暮れの戦終わり時点で、秀綱殿を擁していた方が勝ちということで良いか井上殿!」
「分かりやすくていいじゃねぇか! 俺の方はそれで構わん!」
なんだこれは。オレにすら普通じゃない事ぐらい理解出来る。
今まで誰一人として経験したことがないだろう戦展開に、場は妙な空気を帯びていく。義さんもそれを感じ取ったのだろう。
「よーし、ならばこうしよう! 敵味方関係なく良い働きを見せた者、良い活躍を見せた者、上位数十人にはワシから報奨金として小判一両を出す! 最上義光に二言はないぞー!」
これまたとんでもない発言に、顔を見合わせる各々の兵たち。
だが、声を上げた一人がその場の雰囲気を一変する。
「オ、オラやるぞっ! 誰も参加すねんだば、オラが小判一人ズめだっ!」
鼻息荒く、手を挙げ参加を表明した茂兵衛。
この冴えないオッサンがやるならオラもワシもと、一斉に手が挙がる。
やれ続けとばかりに、戦場は急激に異常な盛り上がりを見せた。
「皆の者ー! 小判が欲しいかーっ!」
「うおおーっ!!」
「黄金色に輝く一両が欲しいかーっ!」
「うおおおおーっ!!」
義さんの煽りに、全ての兵達は世界横断にでも出る勢いで応える。
なんだこれ!?
オレ達は何に巻き込まれ、何を見せられてんだ!?
ここ、戦国時代だよな!?
……面白れぇ!
「いい加減助けてくれぇーっ! 割と本気でぇーっ!」
もはや戦の体を成していない戦開幕直前の大盛り上がりを見せる中、鮭延秀綱は戦場の中心で助けを叫ぶ。
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