一難去って?
「何でこんなところに、というのは愚問だな」
あの不愉快生物は、俺が本棚に戻した幼馴染を絶縁してざまぁする小説を抱えていた。割と考えなしなところがあるから、単に小説をなぞるように動いていることも考えられるが、おそらくは一人になったことで自身のステータスがどう変化したかの確認のため実技実習室を借りに来たとかそんなところだろう。
「『日頃の行いが祟って俺を絶縁したはいいが誰も組んでくれなくて、拒絶した連中を見返すために猛勉強』みたいなまるで『ざまぁ』される側みたいな目に遭ったけっかとかは流石にな」
腐っても学年四位だ。クラスメイト全員に声をかければ、応じる奴だっていると思う。
「うん? いや、それは無理か」
今日は休日だ。遊びに出かけて居所のつかめない級友とて多いだろう。
「まさか小説そのままのような展開を……いや、止そう」
アレが悲惨な目に遭っているというのは溜飲が下がりはするが、何の根拠もない。それに、何よりアレに構っている余裕なんてない。俺は急いで触媒を取ってこなくてはならないのだ。
「とはいうものの、見つかったらまず間違いなく絡んでくるよな」
今俺の歩いている廊下は先に実習室しかない為、発見されるといくらあの幼馴染でも俺が実習室を利用していたことには気づくだろう。故に絶縁したことも都合よく忘れて実習室を使わせろとかずうずうしく言ってきそうだ。
「事務員ともめてる内に通り過ぎるか」
迂回しては時間をロスする。先ほどの声の興奮した様子からすると、行きに関しては気を付けていれば事務員の方を向いている間に後ろを通過することも可能だろう。
「問題は戻ってきた時だな」
諦めて立ち去ったならいい。ただごねて残っていただけなら行き同様に後ろを通り過ぎることも可能かもしれないが、ちょうど立ち去るところで鉢合わせることだって考えられる。
「後輩待たせておいてアレが立ち去るまで待つというのはないか」
あの不愉快な生き物によって時間をロスするというのがちょっとイラつくというのもあるが、とにかく、行きは問題ないはずだ。
「そろそろ鐘が鳴るわよ! まだ実習室は空かないの?」
事務員に怒鳴る声が聞こえた。これは今の内だろう。俺は速足で事務室の前を横切る。
「ふぅ」
ちらりと開け放たれたままの入り口から中を一瞥すると幼馴染の背中が見え。気づかれていない様子を確認出来た俺は秘かに胸をなでおろす。
「あそこなら、ここからは死角になるか」
戻ってくるときは一度あそこに隠れるべきだなと廊下に張り出した壁と一体化した柱の陰に一度視線を止めてから、その場を後にする。ここまではうまくいった。同時に今事務室に居るということは寮までの道でアレに遭遇することもない。
「寮に戻って――触媒と一緒に教科書も持ってくるか」
そしてもし不愉快生物が事務室に居ないようなら、ついでに教科書が破れていたことも報告しておくべきだろう。
◆◇◆
「そんなことを思いもした訳だが」
予想外の事態とはいつ起きてもおかしくないものだ。
「ぷ、ぷ、プレスちゃんが他の学年の男とだと?!」
「そう、ダミネの彼女が実技実習室に一緒に入ってくのを遠めに見たって」
例えばついさっきまで一緒だった後輩の名を口にして騒いでる後輩数名とエンカウントする、だとか。聞く限り、他の学年の男とやらはきっと俺のことだろう。女皇座という誰とも相性のいい星座、そして一個下でB級の魔術に手が届きかけていた実力、そしてあのおっぱい。ファンだとかあわよくば彼氏になんて望んでいる奴がいてもおかしくはない。
「というか――」
普通そういう人物はとっくに恋人持ちだったりするモノだと思っていたのだが、出くわした後輩たちの騒ぎようからすると男の影は今までなかったとかなのだろうか。
「ふむ」
当人に何か問題があるタイプには見えなかった。となると、当人が恋愛には興味のないタイプだったりするのかもしれないが、いずれにしても話題の男と俺をイコールで結ばれるとめんどくさいことになるのは理解した。
「これは寮に戻ってくるときも気を付けないとな」
剣で身を立てることを考えていた俺だ、後輩に殴りかかってこられたところで後れを取るつもりはないが、世の中にはどこかの幼馴染よろしく校則を守らずよく考えもせずに魔術をぶっ放す馬鹿が少数ながら存在する。四年生になるころにはその手の輩は実際ぶっ放したりして退学処分になって淘汰されてるが、色恋は人を良くも悪くも変えると聞く。一時の激情で暴走ってこともありうるだろう。そうなってくると、ちょっと分が悪い。何故なら俺はついこの間まで実技面での劣等生。魔術を使われた場合の対抗手段が乏しいのだから。




