④入学式(ぼくたちの失敗)
――入学式の当日を迎えた。
いよいよ中学生活の幕が開く。
俺のテンションは非常に高い。
やり直しのきかない学生生活で、なぜか俺はやり直しをしているわけだが、今度こそ多分本当にやり直しのきかない学生生活が始まるのだ。
ここで俺は初恋の相手と出会う。
その名は『新田 彩』という。
――少し前世の思い出を語ろう。
彩とは同じクラスで、同じ部活だった。
彼女の背は小さく、胸も控えめだったが、学年でも五本の指に入る可憐な顔立ちだった。
美人でもあり、可愛くもある。
スポーツをやっていたため、髪型はショートカット。
それがまた良く似合う、大きな目と明るい笑顔。
男なら誰でも見惚れてしまうような、そんな魅力を持った女の子だった。
とは言え、彩本人も自分自身の魅力には気付いていたようで、中学時代に二度ほど彼氏を作っている。
一人目の彼氏は所謂イケメンスポーツマンタイプ。
卒業間際に付き合い始めた、二人目の彼氏は肉食系ヤンキータイプ。
二人目の彼氏と付き合う頃には、俺と彩はほとんど会話をしなくなっており、中学卒業後には噂を聞くことさえほとんどなくなった。
高校は別の学校に通い、時々思い出してはいたものの、少しずつ思い出に変わっていった。
大学時代、同級会で久しぶりに顔を見た時にはもう、恋愛を意識をせずに話が出来たほどだ。
そんな前世での経験もあり、俺は彩と再会したところで『恋には落ちないだろう』と思っていた。
ましてや今の俺の精神年齢は三十五歳。下手したら同級生の子供のような存在だ。
「どんなもんだろうな」
当時の俺は同じ部活で席も近く、ちょっとした雑談から仲良くなっていき、気付けばお互いに惹かれあっていた、ように思う。
無論俺の勘違いかもしれないが、バレンタインの時は他の連中に内緒で手作りのチョコをくれた。
そこで俺は完璧に恋に落ちた。
『俺のこと好きかも?』と思い出したら止まらなくなり、家まで後をつけたりをしたこともあった。
そう、完全にストーカーだ。
そんな俺を薄気味悪く思ったのか、はたまた俺のスクールカーストが低かったせいなのか、二人の仲は進展することなく離れていき、結局彩は別の男と付き合ってしまった。
それが卒業間際の出来事だ。
「当時の姿を見れば、多少は心も動くもんかね」
今俺は教室の自分の席に座っている。
既に入学式は終わっており、この後は自己紹介の時間だ。
俺の記憶が正しければ、左隣には彩が座るはずだが、まだ顔は合わせてない。
ちなみに、慎二は別のクラスだ。
彩との出会い。
それは前世から何度も妄想したシーンでもある。
――俺は坊主頭ではなく、何かイケてる髪型で席に座っている。
隣の席に座る彩。
爽やかに挨拶をする俺。
『はじめまして。俺、片桐博和。これからヨロシクね』
『あ、はじめまして(ヤダ……。この人、カッコイイ……)』
『名前はなんていうの?』
『私は新田彩』
『へぇ……。綺麗な名前だね』
『え、そんな(ヤダ……。ドキドキしてる……)』
『でも、名前も綺麗だけど、それに負けないくらい君も綺麗だね』
『……(ヤダ←言葉にはしないが照れている)(顔を真っ赤にする)』
『俺、一目惚れしちゃったかも』
『え……(ヤダ、私も)』
『好きだ』
『私も好き(ヤダ)』
……へへっ、たまんねーなぁ。
この妄想をする度に、顔が緩む。危険だ。
登場人物(二名)が全員馬鹿だった気もするが、それでいいのだ。
ちなみに前世の現実では、周りの初対面のクラスメートと話をすることはなかった。
当然彩とも話をしなかった。
この日の出来事と言えば、自己紹介で若干滑ったことと、髪型のせいであだ名が付いた程度だ。
思い出す度に反吐が出るので、記憶の奥底に封印する。
――『メラビアンの法則』というものがある。
簡単に言うと、人が他人を受け入れる際に、最初に重要になってくるのが『視覚的要素』にあるということだ。
俺は第一印象というものを軽く考えていたが、この入学式当日に俺の中学生活は決まってしまったとも言える。
坊主には、二度としない。そう、二度とだ。
俺は今生で、俺らしく生きる。
先程の妄想も、きっと今の俺であれば実現出来る。
常識に捕われて、やりたいことを我慢する必要はない。
逆行している俺自身が、既に非常識な存在なのだから。
しかし、それを実現させたいかどうかは別の話だ。
そもそも恋に落ちなければそんなことをやる必要もない。
……いや、爽やかな挨拶くらいはするべきか?
何度もイメトレしてきた正念場だが、ここに来て俺は落ち着きをなくしてきた。
そんな自分との闘いの最中、隣に人が来る気配がした。
「ん……来たか? ……ッ!!」
一目見た瞬間、心臓が跳ね上がった。
頭ではなく身体が。
そして心が、強く反応していた。
「彩……」
久しぶりに会ったまだ幼い彼女は、記憶の中の彼女の何倍も輝いており、俺にはその姿が天使に見えた。
――
「……何かあった? ねぇ、大丈夫?」
どうやら俺はフリーズしていたらしい。
『爽やか』とは程遠い表情でずっと彩を見ていた。
見られていたことに気付いたのか、不審に思ったであろう彩に声を掛けられる。
「あ……。いや……」
――しまった。
――見惚れてしまった。
なんだよ、この感覚。
顔が熱くなる。
鼓動は高鳴る。
緊張の汗が吹き出そうになる。
この感覚は……。
久しく、久しく忘れていたが……。
……『恋』だ!
『恋』しちまったよ!
いかん、今の俺は不審者だ。
何か気の利いたことを言わなければ……。
駄目だ、頭の中が真っ白だ!!
でも沈黙が怖い!
会話はリズムだ!
何でも良い、何か言うんだ、俺!!
「は、はじめました!」
「え?」
くっ……! 噛んだっ! 俺は冷やし中華ではないっ!
「いや、はじめまして! 俺片桐博和っ! よ、よろしくなっ!」
「あ、う、うん……」
あ、あれ?思ってたのと違うぞ?
彩が戸惑っている、そんな風に見える。
「名前はっ!?」
「え、わ、私? 私は新田彩だけど……」
いや! 前世から考えたストーリーに戻ってきている。想定範囲内だ!
「へぇ! 綺麗な名前だねっ!」
「あ、はい……」
あれ? おかしいな? 距離を感じるぞ?
敬語になったぞ?
「名前よりも、君の方が綺麗だけどっ!」
「……」
いや、大丈夫、戻った! ストーリーに戻った!
ここで決め台詞だ!!
「俺、一目惚れしちゃったかも」
「はぁ?」
――俺の入学式は、まさかのマイナスからスタートになった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回更新まで少々お待ちください!!