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あの時、ああしておけたなら  作者: 狂い豚カレー
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③現状把握と改善

 ――中学校の入学式。


 当時の俺は、あまり外見にこだわっていなかった。


 例えば髪型。

 小学校卒業までは母親が散髪し、それを伸ばしっぱなしにして、伸び過ぎた頃にまた母親に散髪してもらう、という繰り返しだった。


 とは言え、せっかく新しい生活が始まるのだからと、当時の俺は何を思ったのか床屋に行って丸坊主にしてしまうのである。

 

 それが中学校入学前日の話だ。


 部活も始まっていないこの段階で坊主にしている人間はおらず、俺は入学式当日に女子から『カ○オ君』という不名誉なあだ名を付けられることとなる。


 また、顔面についても同様だ。


 眉毛は濃く、凛々しさ以上に男臭さを主張していた。

 特に髭も剃ってはいなかった。

 更に言えば、ニキビもしっかりとケアしていなかったため、肌も薄汚くなっていた。


 ファッションについては、学生服だったので周りと変わらないはずだったが、通学用の靴は安っぽい登山靴のようなものを履いて登校していた。

 「お洒落は足元から」なんていう言葉を良く聞くが、つまり俺のファッションは足元から崩れていたという訳だ。登山する前に滑落だ。


 ……こうして思い返すと絶望的だが、そもそものスペックは悪くなかった、はずだ。


 顔立ち自体は人気芸能人に似ていると言われることがあった。

 アイドルではなく渋い役者の系統だが、それでも女性ウケは良い役者だった。

 

 また、身体は筋肉質で運動神経は良い方だったし、スタイルも悪くなかった。


 ――つまり、素材は良かったが、外見に対する努力を怠っていたのだ。

 

 その努力の怠りに気付き、改善を始めたのは大学生からだったが、試行錯誤しているうちに社会人となり、身だしなみのイロハが分かるようになったのは結構いい年になってからだった。


 その頃には時既に遅し、公務員という職業に斬新なファッションセンスを求められることはなかった。

 それを自覚した俺は清潔感を心がけるだけに留まったが。


 前置きが長くなったが、入学式での第一印象が、俺をスクールカーストの底辺へと導いたのだ。


 具体的に言うと、中学生活の三年間を通して『なんかダサい人』くらいのポジションに収まってしまい、試験で活躍しようが、スポーツで活躍しようが、『中の下』くらいの立ち位置から上がることはなかった。


 結果、『中の上』以上のポジションでしか許されない『不純異性交遊』とは縁がないまま終わってしまったのだ。


 中学では複数の小学校から生徒が入学するため、やはり第一印象がその後の生活に大きな影響を与える。

 今の俺には現状把握も出来ているし、改善策も何度も考えてきた。

 明日以降にもこの生活が続く保障はないが、やれるだけのことはやってみようと思う。


 入学式までにやるべきことは次の通りだ。


---------------------------------------------


①美容院に行き、流行の髪形にする


②眉毛を整える


③肌ケアをする


④口内環境を整える


⑤爪を切る


⑥靴を買う


---------------------------------------------


 現時点で外見に対して出来る努力はこんなものだろう。


 まず、俺は散髪用のバリカンを用意した。

 とは言え、これで髪を切る訳ではない。

 長さを3ミリにセットし、眉毛を刈り上げ始める。


 大学生当時、眉毛の形を試行錯誤して整えていた俺だったが、ベストの長さは4ミリだったと記憶している。


 眉毛が短いとヤンチャな感じが出てしまうが、19××時点での流行と、入学式までの時間を考えると今のタイミングでやっておくのが丁度良いだろう。


 長さを整えた後、俺が『似ている』と言われたことのある芸能人の顔写真が載った雑誌を準備する。

 その芸能人の眉毛の形を自分の眉毛に上書きし、それに合わせて剃刀で形を整えていく。

 失敗は許されない。

 丁寧に時間をかけて、慎重に削っていく。


――


「……結構変わるもんだな」


 まだ眉毛を整えただけだが、だいぶ印象は変わって見える。

 だが、これだけでは足りない。

 万全を期すためには、やれることを全部やっておきたい。


 最初に間違えてしまうと、どんなに頑張っても取り戻せない。

 それが痛いほどよく分かっているからだ。


 そう、やり直せるなら、やりきってみせる。

 前の人生で手に入らなかったものを、必ず手に入れる。

 失敗した恋愛も、必ず成功させる。

 今度こそ必ず、母さんに孫を抱かせる。

 そのために、足掻けるだけ足掻いてやる。


 俺はそう決意していた。


――


 眉毛を整えた俺は、美容室に予約を入れる。

 ここは俺が高校を卒業する頃に見つけた美容室で、現時点では店主が独立したばかりだった。

 俺は高校を卒業してからは遠方の大学に通うことになるが、それでも長期休暇の度に帰省してはこの美容室にお世話になるくらい、店主の腕を信頼していた。


 また、俺だけではなく、近所の流行に敏感な若者が集まってくるような、そんな人気店だった。

 今の時点では店の知名度も低いため、簡単に予約を入れることが出来る。

 なんと、当日午前に電話をして、当日午後から予約が出来た。

 当時では考えられないスムーズさだ。


 ついでとばかりに、卒業祝いとして頂戴した軍資金を財布に入れて買い物に出掛ける。

 行き先はドラッグストアだ。

 ここでは肌ケア用の化粧水、歯間ブラシ、洗口液、デオドラントスプレーを購入する。


 今はまだ肌のトラブルはないが、今後ニキビが増えてくるのは分かっている。

 そこで、化粧水を用いて事前に対策をしておくことで、極力ダメージを減らそうという考えだ。

 とは言え、出来ることは洗顔と保湿程度。しっかりと習慣にして、清潔な肌を保つ。

 肌が汚いことは、マイナスにしかならない。


 そして、歯間ブラシと洗口液。

 口内のケアをないがしろにしている人間の、ほとんどが口臭持ちだった。

 しかも『自分は大丈夫』という根拠のない自信を持っている。甘すぎる。

 口の匂いは本人が思う何倍も悪臭だし、それを嗅いでしまった相手はテンションが下がる。

 電動ハブラシと清涼カプセルも一緒に用意したいところだが、今は用意できそうにないので諦める。 

 ……ちなみに、俺は可愛い女の子の口がちょっと臭かったらギャップで興奮する。

 

 ――そう、俺は変態なのだ。


 デオドラントスプレーは無臭のものと石鹸の匂いのものを二種類用意する。

 無臭のもので汗の匂いを完全に消し、石鹸で軽く爽やかな香りをプラスする。

 匂いを消すだけでは駄目だし、強い匂いを付けてしまうのもマイナスだ。

 あくまで自然なイメージを演出する。

 ……ちなみに、俺は可愛い女の子から汗の匂いがしたら興奮する。


 ――そう、俺はノーマルなのだ。


 更に、靴屋で通学用のローファーと真っ白なスニーカーを購入する。

 決して高級なものではないが、中学生が選ぶものとしては上等な方だろう。


 買い物をして準備を進めていると、気持ちが高揚してくる。

 自分の未来を想像して、胸が高鳴ってくる。

 

 ――うん、きっと俺はやれる。

 

 そんな気持ちになってくる。


 最後に美容室に行く。

 今回は俺が『似ている』と言われた芸能人に寄せていくことにする。

 当時は恥ずかしくて、絶対にそんなことはしなかった。


「どんな髪型にしますか?」

「あ、写真があるんですが、この人の髪型の感じでお願いします」

「分かりました。お客さん、何となく似てますもんね。任せてください」


――


「お疲れ様でした! 自分で言うのも何ですが、かなり良い感じですよ」


 確かに、『超イケてる!』とまでは言わないが、中の上、贔屓目に見れば上の下と言われるようなレベルの外見になった気がする。

 最近まで三十五歳の自分を鏡で見ていたせいか、かなり客観的に自分を見ることが出来る。

 若いって素晴らしい。

 そして髪型と眉毛は重要だ。

 これなら周りに舐められずにいける。


「ありがとうございます! お兄さんの腕が凄いからですね!!」

「またまた~! 是非次回もお越しください。二~三か月くらいで伸びてくると思うんで」

「分かりました! またよろしくお願いします」


 上機嫌で店を出る。

 買い物の時からずっと気分が良い。

 今朝目覚めた時とは違う意味で、生まれ変わった気分だった。


 その夜、自宅に戻った俺は、家族と夕飯を食べた。

 変身した俺の姿を見て母さんは驚いた顔をしていたが、笑いながら『そんな博ちゃんも良いね』と言ってくれた。

 その後に食べるご飯は、やはり美味しいとは言えないものだったが、家族との会話は今までに無いほどに弾んだ。


――


「え、博和? お前、何か雰囲気変わってねーか?」

「髪切ったんだよ。良い美容室を見つけた」


 翌日、やはり十二歳のままだった俺は、このまま人生が続くことを確信した。

 それであれば、女だけにかまけるのではなく、男との友情も大事にしていかなければならない。

 そこで、親友となる男との親交を深めるべく、幼馴染の慎二を呼び出した。

 この男は家が近所で、以前の人生(以後前世と呼ぶ)ではずっと交流があり、前世の最後に一緒に初詣に行ったのもこの男だ。


 わずか一日で二十歳以上若返った親友の姿を見て、『お前は雰囲気変わったどころじゃねーけどな』と心の中で思う。

 そんな俺の考えには気付かず、慎二は驚いた顔をしながら会話を続ける。


「マジか! 美容室ってスゲぇな」

「紹介してやるからお前も行ってこいよ」

「いや、俺に美容室はハードルが高いな……」


 前世の慎二は、中学時代は俺と同じようなポジションにいた。つまりモテなかった。


 しかし、高校時代からチャラくなり始め、高校を卒業した以降はずっと誰かしら彼女がおり、最終的には結婚して子供もおり、幸せな家庭を築いていた。

 そんなチャラチャラし始めた慎二を見て、頑なに同系統に進むことを拒んだ自分だったが、今は進んでチャラくなろうとしている。


 本当は羨ましかったのだ。


 勉強でも、スポーツでも負けることはなかった。

 大学を卒業してからも、慎二はプラプラしていたが、俺はストレートに就職をした。

 一見順風満帆に見えていた俺の人生だったが、気付けば慎二は結婚し、大手企業に中途で入社していた。

 幸せそうに子供の話をする慎二の姿を見て、もう自分と同じ土俵で勝負しているわけではない、と思い知らされた。


 でもな、慎二。

 馬鹿馬鹿しいかもしれないが、俺はお前を親友だと思っていたし、ライバルだとも思っていた。

 そして、断じて敵ではない。

 お前が親友で本当に良かった。

 もう一回、今度は違う人生を歩むにしても、またお前と親友になりたいと思うし、願わくばお互いを高めあっていきたいんだ。

 だからこそ、お前には俺と同じ土俵にもう一度立ってもらいたい。

 ……くだらないエゴだ。それは分かっている。

 だからこそ、懺悔ではないが、俺に出来る範囲で、お前の力になりたい。


 ――まずは。


「じゃあ眉毛やってやるよ。ツラ貸せ」

「え、怖ぇよ……。眉毛とかいじったことねぇし」

「大丈夫だ、任せろ」


 お前が前世で俺に教えてくれたことがいっぱいある。今度は俺が返してやる。


「えっ、T字剃刀で剃るの?稼動域狭くない?」

「大丈夫だ、問題ない」

「せめて泡かなんか塗ってから剃り始めてくれよ」

「あっ」

「『あっ』てなんだよ、やめろよ、怖ぇよ」

「何か、平安時代ならモテる感じになった」

「もう眉毛半分ないじゃないかよ、勘弁してくれよ」

「冗談だ」

「笑えねーよ」


――


 今度こそ、今度の人生こそきっと上手くやる。

 そして、『やらない馬鹿』ではなく、『やる馬鹿』になる。

 『やらない後悔』は、もうしたくない。


 ――もうすぐ入学式だ。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

次話投稿は本日17:00を予定しております!

よろしければお付き合いください!

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