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あの時、ああしておけたなら  作者: 狂い豚カレー
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⑫バンドやりたくなっただろ?

「お邪魔しま~……臭っ!!」

「なんだここ……。磯の香りがするぞ……」


 人の部屋に入るなり、失礼な連中だ。

 大体何の匂いもしないだろう。


 ……しない、よな?


 多分しないと思う。

 

 しないんじゃないかな。


 俺は気にしないことにした。 


「人は誰しも心に海を持っている」

「いや、心とかじゃなくて部屋の話だから」


 と言うか、こいつらと海について語る気はない。

 

「今俺が話したいのは、海とか部屋じゃなくて、バンドの話だ」

「『心に海を』とか言ったのは博和じゃ……」


 釈然としない様子の二人を無視して、俺は話を進めることにする。


「とりあえず今から丘と慎二にロックを聴かせてやる」

「お、おぅ」


 ここは前世でコピーしていたバンドの曲を聴かせるのが早い。

 泣く子も黙る、1980年代のパンクロックだ。

 

「この曲だ」


 コンポのボリュームを上げる。

 家の中でこんな音量の音楽を聴いたことはまだ二人にはないだろう。

 俺は黙って目を閉じた。



――



 曲の再生が終わり、俺はコンポの停止ボタンを押した。


「……どうだ?」

「いや……。メッチャいい曲だった」

「うん。良かった」


 それはそうだろう、前世ではこのメンバーでコピーした曲だ。


「バンドはいいもんだろ?」

「ああ」

「そうだな」


 うむ、バンドは良い。

 それはこいつらにも伝わった。

 話はいい流れで進んでいる。


「バンドやりたくなっただろ?」

「いや……」

「それは、な……」


「は?」


 なんだこいつら。

 俺の顔を見て、慎二が話し始める。


「曲は凄く良かったし、バンドもかっこいいのは分かったけど……」

「けど?」

「自分達で出来る気がしないって言うか……」

「そうそう、ちょっと何からやっていいのか分からないし」


 慎二の話に丘も乗っかる。


「なるほど」


 出来るイメージがなければ、やろうとは思わないか。


 それであれば、出来る姿をイメージさせてやろう。


「ちょっと待ってろ」


 そう言って、俺は親父のアコースティックギターを持ってくる。


「あ、家にもそんな感じのギターある」

「俺の家も。触ったことはあるけど、全然弾けなかったわ」


 まぁそうだろう。

 家に放置されているようなギターは、弾く弾かない以前にチューニングが狂っていて、どうしようもない代物が多い。


「ちょっと、見ててくれ」


 そして俺はそのままギターを弾き始める。

 エレキではないのでリフやソロはほとんど弾かずに、コード中心で先程の曲を弾き倒した。

 目を見開いて二人を睨みつけ、おまけで歌も歌ってやった。

 

 二人は最初驚いたような顔をして、そして途中から真剣な顔をして俺を見ていた。


――


 あっという間に一曲弾き終える。

 なんだかんだで真剣にやっていたので、俺の額から一筋の汗が流れ落ちた。 


「す、凄ぇ……」

「博和、お前、天才だったのか……?」


 そんな風に言われると悪い気はしない。

 と言うか、前世ではあまりなかった光景で結構嬉しい。

 正直に言えば、二十年弾いているレベルのテクニックではないが。


「いや、大したことじゃない。お前等でも出来る」

「大したことじゃないって……」

「いや、マジ凄ぇよ。驚いた」


 聴く人が聴けばメッキが剥がれてしまう様な俺の演奏でも、多感な二人には何かが伝わったようだ。


「やりゃあ出来るんだよ。ほら、慎二」

「え?わっ、ちょっと」


 そう言うと、俺は手に持っていたギターを渡す。


「さっき俺が持ってたみたいに抱えて……。そうだ、それで左手で弦を押さえるんだ」

「弦を押さえるって言われても……」

「一番下の弦の二番目、ここを中指で押さえて、その上の弦、三番目を薬指、で更にその上に弦の二番目を人差し指で……。そう、そんな感じだ」

「け、結構痛いぞ……」

「大丈夫、もうちょっと指を立てることを意識して。そう、それで右手で弾いてみろ」


 ジャーン。

 ぎこちなく右手を振り落とす慎二。

 意外と綺麗な音が鳴る。


「そう、それがさっき俺が弾いてた一番最初の音だ。Dコード」

「ひ、弾けた?」

「大丈夫、弾けてるぜ」

「やるじゃん」


『マジか~』と言いながらずっとDコードを弾く慎二。

 ギターを弾けたのが嬉しいようだ。


「じゃあ丘」

「俺?」

「お前はドラムだ」

「ドラムなんてねーじゃん」

「大丈夫」


 そう言うと俺は素手で机を叩き始める。


「……正気か?」

「正気だ。お前もやるんだ」


 表情は微妙だが、丘は手を差し出し来る。

 こういうところは本当にいいやつだ。


「俺に合わせて、右手はずっと同じリズムで……。そう、ゆっくりでいいぞ」

「これでいいのか……?」

「大丈夫。そしたら、右手で叩きながら『1.2.3.4』と数えろ」


 素直に従う丘。


「いいぞ。それで、『3』のところだけ左手も叩くんだ」

「……結構難しいな」

「出来てる出来てる。右手が早すぎて叩けないようなら、半分の速さでいいぞ。そしたら『1.2』で数えて、『2』で左手を叩くんだ」


 俺が見本を見せると、丘も素直に従う。

 さすがに飲み込みが早い。

 せっかくなので、左手のところには雑誌を置く。


「じゃあさっきの曲もう一回かけるから。慎二はずっとその押さえ方でいいから、リズム合わせて右手弾いてみろ。丘も今教えたとおりに」

「え?」

「いきなりだな!」


――


 がむしゃらな演奏を終える。

 二人は『出来てんのか?』といった顔をしている。


「どうだった?」

「どうって言われても……」

「練習しても出来そうにないか?」

「いや……」

「そんなことも、ないかな?」

「そうだろう。初めてやってこれだけ出来てるんだから、何回かやれば絶対出来る。もう一回いくぞ」



 そんなことを繰り返すうちに、二人のテンションはどんどん上がっていった。

 楽しむことが出来れば成長は早いし、二人のレベルに合わせた次のステップを俺は示すことが出来る。

 実際、二人は二時間経たない内に演奏が形になってきている。

 丘は手ドラムだが。



「博和……」

「どうした?」

「ヤバイ、超楽しい」


 慎二が感激したように言う。


「面白いんだが、本物のドラムでやってみたいな」


 慎二よりは冷静だが、それでも興奮しながら丘が言う。


 そんな二人を見て、俺は同じ質問をする。



「バンドやりたくなっただろ?」

『ああ!!』



 俺達は新しい未来に向けて、一歩目を踏み出した。

更新が思ったより遅くなってしまい申し訳ございません!年度末を舐めていました!

まだまだ続くので、引き続きよろしくお願いいたします!!

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