全て奪われる
「ターナっ‥‥‥?」
そう呟く銀髪ツインテ少女の声は、空耳と疑うほどに小さい。
「ニーナっ!! 私の許可なく勝手に引き込むんじゃないわよ!!」
「‥‥‥申し訳ございません。ですがこれが最善かと」
言い合っている吸血鬼2人の声は、絶望に支配された銀髪少女の耳には入らない。彼女の目には、無機質に自分を見下ろす小柄の暗殺者しか映っていない。
「‥‥‥」
大切な仲間である少女と見つめ合っている。だが、何も感じない‥‥‥これまでの絆が、感じられない。
「うそ‥‥‥だよね? ねえ、返事してよターナ‥‥‥」
カンナは藁にも縋り付く思いで立ち上がり、ターナと呼ぶ少女の肩を揺する。
「‥‥‥」
縋り付くカンナへ現実を突きつけるように、少女は何も反応しない。真っ赤に塗りつぶされたような目は虚空を見つめ続け、まるで作り物のよう。
彼女の腹から溢れていた血は止まり、少女の透き通ったお腹が見えている。まるで何も無かったかのように、元に戻っていた。
「ーーーッ」
そう‥‥‥外見だけは。
「‥‥‥ヴぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
カンナは狂ったように叫ぶ。心から何かが弾け、無意識に叫んでしまう。そしてカンナが至近距離で絶叫しているのに、少女は全く反応しない。
まるで、精密に作られた人形のよう。その様子を見た女吸血鬼アローラは、舌打ちをしながら口を開く。
「ま、苦しそうな顔が見えたから今回は許してあげる。ただし次は無いわよ。いいわね、ニーナ」
「寛大な御心遣い、感謝します」
そんな2人の会話は、虚ろな目から涙をこぼすカンナの耳を通り抜ける。そんな彼女を見て嬉しそうに笑うのは、アローラ。
「‥‥‥あははははっ!! ホンットに傑作だわ!? たかが人間の信頼関係なんて、こんなものよ!! 吸血鬼の血の因果には逆らえない!」
「そんな、ターナ‥‥‥」
「ま、あんたがあの時逃げたから巡り巡って今こうなってるのよ、カンナぁ?」
アローラは赤い髪を靡かせながら、絶望しているカンナに顔を近づけた。カンナ自身、思い出したくもない過去を思い出さずにはいられない。怪しい宗教集団の次期教祖として育てられていた、幼い時からの過去を。
「次逃げたら、こいつがどうなるか分かるわよね?」
アローラはそう言うと、呆然と立ち尽くす少女の頭を撫でる。
「ーーーターナに触らないでッッ!!!」
するとカンナが叫んで、無意識にアローラを止めるべく手を伸ばす。
「私に向かってその態度は何っ!?」
だがその手が届く前に、眉を顰めたアローラがカンナの鳩尾を蹴り飛ばした。
「がッ‥‥‥!?」
地面に背中から倒れ、腹を押さえて悶えるカンナ。彼女を見下ろしていたアローラは、小さな声で従者の女吸血鬼ニーナに指示を飛ばす。
「失礼しますね」
そう呟いたニーナは、蹲って動けないカンナの身体を弄っていく。そしてポケットに入っていた‥‥‥小さな青い結晶を抜き取る。
アローラはニーナから結晶を受け取ると、見下ろしながら口を開いた。
「これは都市を出る際にも必要なもの。だからあんたはもうこの都市から出られない。力づくで逃げようとしたって無駄」
「アローラっ‥‥‥!!」
「ま、あんたならこの子を放って逃げ出したりしないわよねっ? あんたのせいでこうなってるんだから」
そう呟き、挑発するように笑うアローラ。カンナは腹を押さえながら懸命に立ち上がる。
「‥‥‥私が、ついて行けばいいんでしょっ!! だからターナは解放してよッ!!!」
「ふっ、相変わらず立場がわかってないわねぇ? その要求に対する答えは、明日の夜に聞くわ」
「なんで、明日なの‥‥‥?」
相手の言っている意味が分からず、睨みながら戸惑うカンナ。それを見てアローラは嘲笑いながらゆっくり歩き出す。そして、すれ違いざまにカンナの耳元で呟いた。
「ーーーこの都市の人間、全て配下にしてからねぇ?」
カンナは寒気を超越したものを感じ取り、一歩も動けない。アローラが高笑いしながら去っていくにも関わらず。
「もうわかると思いますが、逃げないでくださいね。あなたが逃げた時点で、全て奪われるのは確実です」
その後、意識があるかもわからないカンナの耳元で囁いたニーナは、アローラの後を追う。
「‥‥‥」
そして、ターナだった者は何も言わずに2人の後を追って歩いていく。
「‥‥‥ッ、ゔぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
忘れたい過去から逃げられない事を突き付けられ、四つん這い状態で叫ぶカンナだけを残して。
◆◇◆◇
同時刻、東地区。
「‥‥‥ん?」
「どうした、ディスローグ」
突然歩くのをやめて振り返ったアイトに対し、ジェイクは疑問を感じて話しかける。口には出していないが、それは他の同行者である3人も同じだった。
「‥‥‥いや、聞き覚えのある声が聞こえた気がして」
アイトはどこか胸騒ぎを覚えていた。明らかに確証は無く、空耳の可能性の方が高いはずなのに。
「はあ? 私には聞こえなかったけど?」
「剣バカ女の肩を持つようで嫌だけど私も聞こえなかったわ、アイトくん」
同級生である少女2人にそう言われるが、黒髪少年は納得できない。
「は? お前の魔法が誤爆したんじゃないの? あ〜こんな遅いのに近所迷惑。さすが爆弾女」
「はぁ!? だったら今すぐ答え合わせする!? この前の試験みたいに、情けなく吹っ飛べ!!」
「上等っ、今すぐそのうるさい口に剣を突っ込んでやる!!!」
そんな空気を読まずに、気の強い少女2人は口喧嘩を繰り広げていたが。仲裁に入った同級生の男も巻き添えになり、全く話を聞いていない。
「‥‥‥別に今からの行動は自由だ。じゃあ後輩くん、また明日な」
だがその中でただ1人‥‥‥ホワイトブロンドの長い髪を靡かせたスカーレットが、気を利かせたように呟く。
「ーーーはい」
次の瞬間、アイトはそれ以上何も言わずに駆け出していた。




