幕間 帰省 前編
アイトにとって怒涛のクリスマス会2連続を越え、年末。
「はぁ〜、寒い」
アイトとマリアは今、王都から最も最寄りの駅から蒸気機関車に乗って移動をしている。行き先は‥‥‥遥か北。グロッサ王国領内最北端に位置する小さな村‥‥‥ルーリス村。
そしてその村や周辺の僅かな領地を統治する領主が、下級貴族‥‥‥ディスローグ家。アイトやマリアの家系である。
(父さんと母さん、か)
アイトは妙に懐かしく感じていた。学園に来て以来の、多くの出来事や困難。そしてそれを経た今の自分。学園入学前の自分とは、大きく変わってしまったような感覚。
「姉さんは夏に家に帰ったんだよね?」
「‥‥‥そうよ」
その後、会話が弾まない。家族の話題であるにも関わらず、マリアはすぐに黙り込む。アイトは強い違和感を覚えた。
(姉さん、機嫌が悪いのか?)
だがそんな事は関係なく、蒸気機関車はどんどん進んでいく。
数時間後、ディスローグ家。
「おかえりなさ〜いっ!!!」
扉を開けた妹のアリサが、2人に勢いよく抱き着く。頭と肩に雪を乗せた2人に対して躊躇せずに。
「ただいま‥‥‥でも今は後にして‥‥‥」
「さ、さむい‥‥‥凍え死ぬっ」
アイトとマリアは全身を震わせ、顔を真っ青にしていた。あまりの必死さに、アリサは「あはは〜」と笑顔のまま、抱擁を解いて一歩下がる。
「お父さ〜ん!! お母さ〜ん!! 2人が帰って来たよ〜!!」
そしてアリサが大声を出した直後、新たな人物がぱたぱたと走り寄ってくる。
「おかえりなさい。本当に無事に帰って来れてよかった。マリアは夏以来、アイトは入学以来ね〜」
それは母親‥‥‥カアラ・ディスローグだった。
絹のように滑らかで長い黒髪を真っ直ぐに下ろしていて、マリアの黒髪は彼女の遺伝子だとよく分かる。
目鼻立ちがしっかりしていて文句無しの美人であり、少し垂れ下がった目が特徴的な、おっとりした女性。
「あらまぁ〜。そんな雪まみれになってぇ、寒かったでしょ? 暖かいものを用意するから、その間に着替えてきてね」
(相変わらず若い‥‥‥今だに母親って言われても納得できない。そして外見は姉さんやアリサと似てるけど、中身は全く違う‥‥‥変わらずおっとりしてる)
久しぶりに会った母に対して少し思う所があったが、言われた通り着替えに向かうアイトだった。
「それじゃあ改めて。姉さんと兄さん、年末におかえりぃ〜!!!」
「おかえりなさ〜い!」
アリサとカアラの声が響き渡り、ディスローグ家の夕食が始まる。大きめの机に人数分の椅子。アイト、マリア、アリサと正面に向かいあうのはカアラ。
「‥‥‥マリア、アイト。元気そうだな」
そして、父親‥‥‥アレク・ディスローグ。
柔らかい黒髪に反して、仏頂面で無口な男。顔は男らしく整っているが、笑う事はほとんどない。背も平均より高く、知らない人が見れば怖がることも多い。
「う、うん」
実際、アイトは父のアレクが少し苦手だった。対してマリアは笑顔でアレクに話しかけている。
「‥‥‥そうか。今年は交流戦の代表に選ばれたのか」
「うんっ、まあ今回は運だけどね‥‥‥でもアイトは1年代表として選ばれたわよ」
マリアが意気揚々と学園の話題を振ると、アリサやカアラも嬉しそうに反応した。
「えっ、ほんと!? すごいね兄さん、おめでと! 私も入学したら負けていられないなぁ〜!」
「まぁ〜! すごいわねアイト。お母さんとっても鼻高々だわぁ〜!」
あまり嬉しそうじゃないのは当人のアイトだけという変な空気感になりつつある。だがそれは表情を変えないアレクも似たようなものだった。
「‥‥‥そうか。悔いは残すな」
「う、うんもちろん‥‥‥」
「ならいい‥‥‥」
「そっか‥‥‥」
2人が静かにぎごちなく会話を繰り広げる一方。
「ほんと前よりも綺麗になって〜!」
「姉さんって大概ガサツなのに身だしなみはしっかりしてるよね〜」
「アリサぁ〜?」
マリア、アリサ、カアラの女性陣は楽しそうに声を弾ませるのだった。
ディスローグ家の夕食後。
「そういえばマリア、あなた意中の殿方はいないの〜?」
「はっ!? 別にそんなのいないわよ!!」
「あら〜。19歳なんだし、もう結婚できる年齢なのよ〜? 私もその時は、もう‥‥‥♪」
「あ〜はいはい。娘に惚気話するの止めてくれないかしら?」
マリアとカアラが楽しそうに会話を続ける。近くに座るアリサも笑顔で姉と母の話を聞いている。
「ごちそうさまでした、と‥‥‥」
「‥‥‥」
そしてアイトとアレクはしばらく無言を貫いていた。アイトが勝手に気まずくなっている中、カアラの声が飛ぶ。
「ねぇあなたぁ〜。マリアが婚約に疎くて、全然話を聞いてくれないの〜」
カアラに話しかけられたアレクは、食べ終えた食器を片付けながら渋々と口を開いた。
「‥‥‥別に焦る必要はない。無理に考える事もない。マリア自身が決める事だ」
「もうあなたったら〜。そんな口下手だと、マリアに彼氏が出来たとしても紹介してもらえないわよ〜?」
カアラが困った様子で呟くと、アレクは食器から手を離してマリアを見つめた。
「‥‥‥全てをかけてマリアを幸せにできるのか。マリアを守ることができるのか。それだけ分かれば他に気にすることは無い。マリアが決めた相手ならな」
「あなた‥‥‥」
「おとうさん‥‥‥」
少しだけ饒舌に話した父の姿に、カアラとマリアは声を漏らす。そして、アイトも少し驚いていた。アリサは笑顔でマリアの隣に座り込んでいる。
すると話を終えたアレクは食器を運び始める。キッチンシンクに自分の食器を置くと、洗い始めた。
(相変わらず不器用な人だな‥‥‥)
アイトは少し嬉しそうに笑うと、自分も食器を運
び、アレクの隣に立つ。
「ねっ、ね!? お父さんのああいう所が大好きなの〜♡」
少し離れた所から聞こえてくる母の惚気話は意図的に無視し、アイトはアレクの隣に立つ。
「‥‥‥アイト。学園は楽しいか」
するとアレクから話しかけられたため、アイトは至って素直な気持ちで返事をする。
「うん、楽しいよ。とっても」
「‥‥‥そうか。入学前とは明らかに変わったな」
アレクの言葉に、アイトは思わず息を呑む。何か核心を突かれたように感じていた。『天帝』レスタとしての裏の顔が出そうになる。
「ーーー俺、どこか変わった?」
「‥‥‥雰囲気がなんとなく。それに、時折目が昏い」
「ーーーそっか。学園生活で『魔闘祭』とか体験したから少し凛々しくなったかも?」
「‥‥‥そうかもしれないな」
アイトの冗談にも素っ気ない返事を返すアレク。アイトは今も何か見抜かれているような感覚に陥っている。
「‥‥‥無理に話せとはいわない。ただ何か悩みがあったら、いつでも言え」
アレクは淡々と呟くと、洗い終わった食器を片付けて踵を返して歩き出す。
「あなた〜、せっかくマリアとアイトが帰って来たんだからもう少しいてもいいんじゃないかしら〜」
「‥‥‥まだ農業報告書の確認が残ってる」
カアラに呼び止められても、アレクは簡潔に返事をして足を止めない。
(やっぱり、父さんは少し苦手だ)
父親として尊敬している分、警戒もしているアイトだった。こうして夕食後、アイトは妹のアリサや母のカアラと半年以上会ってなかった分を埋めるように楽しく談笑を続けた。
じきに夜が迫り、全員が寝支度をして自室に向かう。当然、アイトも帰省の道中の疲れがあったため即座に眠りについた。
「‥‥‥ね、隠してたんだわ。こんなに固いなんて」
だが、そのまま朝を迎える事は無かった。外からの刺激により、無理矢理に微睡の意識が覚醒し始める。
「‥‥‥んん? ったく、いったいなーーーにぃぃ!?」
中途半端な時刻に起こされてアイトは不機嫌だったが、自分を取り巻く状況を理解した瞬間に眠気が吹き飛んで絶句する。
「ーーーしっ!! 静かにしなさいっ」
姉のマリア・ディスローグが、仰向けに眠っていたアイトの上に乗るように跨っていたのだ。明らかに只事ではない気配が溢れ出ている。
「ちょっ、何してんのっホントにやばいってそれはーーーむぐぅ!?」
「静かにしなさいって、お母さんたちが起きるかもしれないでしょっ」
アイトは咄嗟に口を押さえられ、声が出せない。内心では『むしろ起きてくれっ!!』と叫んでいた。
「じゃあ‥‥‥やるわよ」
「ゔうう!? (何を!?)」
アイトが必死に声にならない声を叫ぶとーーーマリアはアイトの身体から離れて、床に足を着けた。
「へ?」
「ついてきなさい。はっきりさせてもらうわ」
アイトの困惑を無視し、マリアは扉を開けて外に出るように促す。状況把握が全く追いつかないまま、アイトは後を追う。
「これって‥‥‥」
廊下に置かれていたのは、木刀と木剣だった。




