もう、潮時
「代表の座を、降りる‥‥‥って」
ミストは無意識に言葉を反芻していた。アイトからそんな言葉が飛び出すとは、微塵も予想していなかったのだ。
「‥‥‥ああ。遅かれ早かれ、そうなると思う」
だがアイトの返事によって、それは聞き間違いじゃないことが証明される。ミストは何かを聞かずにはいられなかった。
「な、なんでですかっ!?」
「今回の一件で、ルーク王子に疑われたからだ。今は向こうの過失ということで俺とレスタの関係性はうやむやになった。でも、それは長いこと続かない」
「それはそうですけど‥‥‥だったら何かまた新しい手を考えましょう! そうすればーーー」
「無理だ」
アイトは堂々と断言する。
「俺だって考えたさ。でも既にルーク王子には充分怪しまれてる。どんな手を打ったとしても、俺が白になることは無い」
その理由を話す事で、ミストが提示した事に、可能性が微塵も無いことを示していた。
「もう、何も思いつかないんだ」
そして、アイトの表情には諦めが見えている。その顔を見たミストは咄嗟に視線を逸らしてしまう。見ていれば反論できないと思い込んでしまうからだ。
「そ、そんなの分からないじゃないですか!! これまでだって、今回だって危機を乗り越えたじゃないですか!!」
ミストはやたらと感情的にアイトの意見に反論を告げる。普段は冷静で理論的な彼女が、やけに取り乱していた。まるでアイトが代表から降りるのは嫌と言っているかのように。
「これまでと今では状況が違う。疑われてる状態の今、この国で何かをすれば、間違いなく俺がレスタだと気付かれる。そうなったら、この組織に迷惑がかかる」
「そんなっ‥‥‥認められません!! 私は、ようやくあなたの事をーーー」
「もう、潮時なんだと思う」
ミストの声は、アイトの呟きによって掻き消される。いや彼女自身、声が出なくなった。寂しそうに佇むアイトの表情を見て。
「本来、俺はこの組織と関わる事が無かった普通の人間だ。裏社会を全く知らない表の人間。そんな俺がエリスとの勘違いという歪みで代表になってしまった。だから、今の状況はその歪みを見過ごしてきた代償なんだよ」
「っ‥‥‥なんで自分を責めるんですか!? あなたはエリスに巻き込まれただけで何も悪くーーー」
「巻き込まれた側にも、原因が全く無いとは限らないだろ?」
アイトがそう呟くと、ミストはまたも声が途切れてしまう。アイトの発言は一理あるように感じたのだ。
「これだけは勘違いしないで欲しい。今の俺は、この組織を‥‥‥『エルジュ』を大切に思ってる。だから、これ以上は俺のことで迷惑をかけたくないんだ」
「勘違いするわけないじゃないですかっ‥‥‥!! そんなことっ‥‥‥皆とっくに分かってますよッ!!」
ミストは怒気を孕んだ声で呟いた。アイトの言葉が心外であるかのように。
「‥‥‥そっか。ありがとう」
そしてアイトはなぜか感謝を告げていた。ミストはその意味を分かっていたが、分かりたくなかった。
『代表の座を降りないでほしい。このままあなたに代表を続けて欲しい』。
そんな言葉が、ミストの喉元まで出かかっている。だが彼女は言えない。言えるわけがない。これまでアイトを憎み、毛嫌いしていた自分の浅ましさに、自己嫌悪に陥っている。
『そんなことはどうでもいい』と、ミストが立場を弁えずに見苦しく懇願していれば‥‥‥後の展開が少しは変わっていたかもしれない。
「‥‥‥わかり、ました。私に止める資格は微塵もありません。あなたの考えを、尊重します‥‥‥」
だが、ミストは受け入れた。受け入れてしまった。彼女自身、これが正解だとは思っていない。だが間違っているとも思っていない。そもそも何が正解なんて、分からない。
「ありがとう。このことは俺が直接みんなに言うから、ミストはそれまで誰にも話さないでほしい」
「‥‥‥わかりました」
ミストは了承の言葉を返すしかなくなった。ただ、一刻も早く現実逃避したい気分だった。
(これでもう、後戻りはできない。あとは残った時間を‥‥‥次へ託すために有効に使うんだ)
アイトは少し寂しさを感じていたが、現実から目を背けてはいけないと気を取り直す。
『いつ、この地位から離れよう』。
代表になって以降、アイトは事あるごとにそう考えていた‥‥‥だが、ついに離れる決心がついたのだった。
◆◇◆◇
同時刻、生徒会室。
「中止になった1年生の代表選抜試験、次はいつやる気なの?」
今回の騒動に試験官として参加していた王国最強部隊『ルーライト』隊員、エルリカ・アルリフォンが前のめりに尋ねる。
彼女が尋ねた相手は言うまでも無く、生徒会長の椅子に座るルーク・グロッサである。
「呼んでもないのに尋ねてくるなんて、エルは相変わらず真面目だね」
「アイトくんとの一件が解決するまでは見守ろうと思ってたけど、もう解決したから放置できないわ。次の試験官も私がやるから」
エルリカが両手で机を叩いて前のめりに宣言すると、ルークは苦笑いを浮かべる。
「‥‥‥別に頼んでないのに、責任感が強いね」
「君ほどじゃないけどね?」
エルリカが揶揄うように首を傾けて微笑むと、ルークは苦笑いを崩さずに立ち上がった。
「その意気込みに水を差すようで申し訳ないけど、もう1年生の代表者は決まったよ」
「なんですって!?」
エルリカが目を見開いて無意識に詰め寄る。するとルークが彼女の両肩を掴んで引き離した。
「明日の朝、学園内の至る所で結果が張り出される。その時に全て分かるさ」
「私は試験官まで務めたのよ? 今教えてくれても良いじゃない!」
エルリカが納得いかない様子で反論すると、扉に手を掛けたルークが首を横に振る。
「それは言えない約束なんだ」
「ルーク‥‥‥」
エルリカの声を聞き流し、ルークは扉を開けて生徒会室を出て行くのだった。
(正直‥‥‥納得はしてないけどね)
そして翌朝‥‥‥『同盟国交流戦』の各学年代表生徒が正式に発表される。




