憎たらしい人
意識のないカンナを連れて、無事に脱出できたユニカたち。
「きらい」
「あの、だからあれはあの人の作戦だったんですよ」
「ミスト、きらい」
眉を顰めてそっぽを向いて「嫌い」と零すリゼッタ、そして必死に謝るミスト。
「私は別にあなたのこと怒ってないけどね。彼みたいな馬鹿なら言いそうな作戦だし」
そう呟くユニカは静かに怒っている。その怒りの対象はミストではなくアイトだったが。
(ほんと心底、憎たらしい人ですよ‥‥‥)
ミストは困った様子でため息を吐くと、不意に会話のやり取りを思い出す。
◆◇◆◇
『ーーー分かってると思うけど、まず俺がカンナを助け出すのは無理だ。俺が仲間だと認めるのと同じだし、助け出せても素性を知られてる俺は絶対に捕まる』
ミストが坂滑りに少し慣れて来た頃。連絡を取っているアイトの言葉にぶっきらぼうに返事をする。
「そんなことは分かってます。カンナを助け出すのは少なくともあなたじゃなく私やリゼッタ、そしてユニカさんです」
『ああ、だからそれを踏まえて思いついた策を話す』
アイトはミストの態度を特に気にすることなく、淡々と先を話した。
『俺とルーク王子を直線上に結ぶ位置から、狙撃してくれ。その後、ミストたちの誰かがカンナを抱えて逃げるんだ』
これが、アイトが考えた策の全容だった。当然、ミストは反対した。
「狙撃って‥‥‥ルーク王子を殺すのは無茶です。あの人がいなくなれば王国の行末が‥‥‥それにそもそも避けられる可能性すら」
『分かってる。だから直線上って言ってるんだ。避けられたらそれで良いし、当たったらすかさずもう1発、俺に撃て』
「え‥‥‥あなたには絶対、銃を当てろってことですか?」
『そうだ』
ミストは絶句した。わざと自分に銃を当てろというアイトの発言は、当然耳を疑うものである。困惑する彼女に、アイトは詳しく話し出す。
『大事なのは2つ。1つはカンナを助けだすこと。そしてもう1つは、俺がレスタではないという証明』
「もちろんそうですけど‥‥‥ぁっ、まさかーーー」
『俺とルーク王子を直線上に結ぶ位置から放たれた銃弾を、先輩が避ければ俺に当たる。もしその事実をルーク王子が目の当たりにしたらどう思う』
アイトの質問に、ミストは慎重に答える。
「‥‥‥狙撃した人間は、銃弾が当たりそうな人間のことをどうでもいいと思っている?」
『そうだ。仲間に当たる危険があって狙撃するなんてあり得ない。だからルーク王子と直線上にいる俺に弾が当たったら、狙撃したやつと俺は仲間じゃないと思うのが普通じゃないか?』
ミストは何も返事を出来ず、沈黙する。アイトの意見は間違っていない。むしろミスト自身、賛同すらしている。だが、しかし。
「銃弾、ですよ? 少なからず致命傷になりそうな部分を撃ち抜かないとその話は説得力が出ません。あなたは学生を演じるために魔力解放は使えないから自分で治癒も行えない」
『ああ、何もする気はない』
「死ぬかもしれない。それを分かってて私に頼んでるんですか?」
ミストは核心を突いた。この策はあまりにもアイト自身に危険が及ぶ。命を落とす可能性も充分にある。
『‥‥‥わかってる。だからラペンシアとリゼッタには話さないでいて欲しいんだ。2人は絶対に反対する』
「私は、反対しないと?」
アイトの言葉に、ミストは引っかかりを覚える。まるで、内心を見透かされてるような感覚に陥る。そして、次のアイトの言葉で心臓を鷲掴みにされた。
『俺のことを疎ましく思ってるなら、2人よりも抵抗は少ないはずだ。だから今、ミストに頼んでる』
ミストは困惑していた。そこまで分かっていて、なぜ自分に頼んでくるのか。本当に殺される可能性すらあるというのに。
『別に怒ってるわけじゃない。むしろその気持ちは理解できる。自分が所属していた暗殺組織をよく分からない男に変えられれば、俺を嫌うのも仕方ない』
「‥‥‥だったら私は、どうすればいいんですか」
『俺たちはお互い、真剣に会話したことが無かった。ミストは俺を嫌ってたからだろうし、俺も無意識に避けていたのかもしれない』
アイトの言葉はわミストにも深く突き刺さる。嫌いという感情だけで相手と碌に話をせず、裏で愚痴をこぼしていただけの彼女自身に。だが、アイトは違った。今からでも、向き合おうとしている。
『でも、もう無責任に逃げない。お互いに時間の都合が合えば、その時に腹割って話そう』
「へぇ‥‥‥じゃあその最初が、わざと私に撃たれることだと?」
ミストは重々しく呟くと、アイトは魔結晶越しで笑った。
『そんな大層なことじゃない。これは俺が考えた策で、ミストは指示通り動くだけ。そのついでに俺に対する鬱憤も少しは晴らせるんじゃないかって』
「‥‥‥普通、本人に直接そんなこと言いますか?」
『言わないな。でも、俺とお前の関係は普通じゃない。だから話した』
アイトの言葉を聞き、ミストは少し不機嫌そうに口を尖らせる。
『もちろん俺は危険な目に遭うけど、お前も少なからず影響を受ける。たとえ俺からの指示でも2人は‥‥‥特にリゼッタは素直に納得してくれないだろう』
「‥‥‥そうですね。信頼関係にヒビを入れるようなことを代表のあなたが提案してるんですよ??」
ミストは嫌味たらしくそう告げる。
『返す言葉もないな』
「でも‥‥‥あなたの事が嫌いな私なら、やれます」
そして彼女は、アイトに了承の意思を示した。
『ミスト‥‥‥ありがとう。俺は自分の疑いを全力で晴らす。だからカンナを助けるのは任せていいか?』
「いいですよ。その代わり、あなた自身の疑いを晴らしてくださいね。私たちに迷惑かけないでください」
『嫌われてるとは分かってたけど、正面から言われると傷付くよね‥‥‥』
その後の結果は言うまでもない。
ミストは銃声が怖いという理由で普段は碌に扱う事が無いが、暗殺に関する技術であるため既に習得していたのだ。
ミストがリゼッタに口を押さえてもらいながら撃った銃弾がルークに躱され、アイトに命中する。その後もユニカがカンナを助けて離脱するために援護射撃を行い、ルークたちに後を追わせなかった。
そして状況が読めず動揺するリゼッタを連れて、離脱に成功。
「レーくんがっ、レーくんがッ!!」
泣きそうなリゼッタの視線の先にいた‥‥‥アイトをわざと放置して。
◆◇◆◇
「あれは、あの人の策だったんです‥‥‥だから2人には絶対に話すなと口止めされてました」
気づけば長いこと出来事を振り返っていたミストは両手で頬を叩き、必死に説明する。
「わかってるわよ。彼には納得してないけどね」
「きらい」
ユニカは渋々と理解を示すが、リゼッタは全く取り付く島も無い。ミストは少し顔を伏せ、話す。
「‥‥‥確かに、ただ指示されたからやったわけじゃありません。私は了承してあの人を撃ちました。少なからず、憎んでる気持ちがあったからです」
するとミストの声は次第に震え始める。いや、両手さえも震えていた。その両手の平を見つめ、呟く。
「でも、全然嬉しくないんですよね。いや、むしろ後悔してる‥‥‥? なんで、私がしたことなのに‥‥‥」
ミストの両目が霞んでいく。感情の制御が出来ず、涙となって溢れ出していた。
「ごめんなさい‥‥‥私は、卑怯な女ですっ‥‥‥」
普段から泣きじゃくるミストだが、まるで久しぶりに泣いたかのように自分の涙に戸惑っていた。嗚咽を漏らし、両手で顔を押さえる。
「ミスト‥‥‥すまぬ」
「リゼッタが謝ることなんて何もないですっ‥‥‥」
「ううん、すまぬ」
するとリゼッタは背伸びしながら、涙を零すミストの頭を撫で始めた。
「よしよし」
「っ、だからぁ‥‥‥子どもみたいな扱いをっ」
「だって、こども」
「それはリゼッタもですよねぇっ‥‥‥ぐすっ、うわぁぁぁぁんっ!!!」
ミストは小言を吐きつつも盛大に泣いた。リゼッタはまるで子供をあやす母のように優しく撫で続ける。
(やっぱり、ミストさんはローグくんのことを完全に嫌ってたわけじゃないのね。むしろ真っ先に嫌われるべきは、私)
ユニカは2人を暖かく見守りながら、背中に背負っているカンナの両足を「よいしょ」と持ち直す。
(ローグくんは、明らかに達観し過ぎてる。いくら事を納めるためとはいえ、自分が痛い思いすることを簡単に受け入れ過ぎだわ‥‥‥正常な思考じゃない)
ユニカは、まだ15、6歳であるアイトの価値観を少し懸念し始めていた。
(彼の歪んだ考えは誰かが抑えないと悪化するかもしれない‥‥‥彼に次ぐ地位を持つ勇者の末裔が不在なら、まだ上下関係が定まってない私が気にかけるべきね‥‥‥)
ユニカは新たな決意を抱き、ミストたちと共に離脱していく。今回の一件は、良くも悪くも多くの影響を残すことになる。
こうして彼女たちの暗躍もあり、学園の代表選抜試験は中止という形で幕を下ろしたのである。




