無理なんてない
「終わった・・・」
早朝のすがすがしい空気の中、俺の周りだけがどんよりとしている。
そのわけは、昨日の夜にあった。
勇者となってこの町に戻った俺は、今までにないほど祝われた。そして、宴の最中に借金取りであるスキンヘッド現れたが、見事返済して見せた俺は憂いなどなく家に帰った。
家に帰って出迎えたのは、実際は出迎えてもらえなかったが、家には親父がいてソーセージの研究をしていた。カビたソーセージを見せられた時は、無駄にされたソーセージに哀悼の意をしめして、親父のボディにこぶしをめり込ませた。ここまではいい。いや、ソーセージ的には良くないが。
問題は、そのあと新たな借金取りモヒカンが現れたことだ。まさか新たな借金があるとは知らず、何の対策もない俺はとりあえず親父のボディにこぶしをめり込ませて、親父を沈めた。
だが、そんなことは何の解決にもならない。
俺は、借金取りに伝説の剣を借金のかたとして奪われてしまった。
「終わった・・・」
「ちょっと、朝から辛気臭い顔、やめなさいよね。」
「・・・勝手に人の家に入るなよ。」
「失礼ね!あんたのお父様に入れてもらったのよ。」
台所の机に伏せていた俺に声を掛けたのは、もちろん幼馴染のお嬢様ポメラだ。お嬢様らしく音もたてずに俺の隣に腰を掛ける彼女は、机に頬杖をついてこちらを見た。
「で、何よ?今を時めく勇者様が、なんでそんな顔をしてんのよ。借金も返したあんたは、魔王さえ倒せば栄誉と自由を手に入れられるのよ?」
「魔王・・・はぁ。」
ゴンっと音をたてて机に頭をぶつける。
「やめなさいよ!馬鹿になるわよ!」
「・・・いっそ馬鹿になりたい。ポメラ、お前のように。」
「はぁ!?私が馬鹿っていう意味かしら?失礼にもほどがあるわよ!」
「伝説の剣が、借金のかたにされたんだ。」
「・・・はぁ?」
「お前、ほんとに馬鹿っぽいから、その返事はやめた方がいいぞ。」
「いや、あんたが意味の分からないことを言うからでしょ。何よ借金って、昨日返してたじゃない。」
「それがさ、俺がいないうちに親父が別のところから借りてたんだよ。」
「はぁああああ!?聞いてないんだけど!?」
「俺も昨日初めて知ったんだよ。」
頭を抱えてうなる俺の背に、ポメラが手を添えた。でも、何も言ってくれない。何と言葉を掛ければいいのかわからないのだろう。俺はそれほどの窮地にいるのだ。
いつまでそうしていたのだろうか。突然背中を思いっきりたたかれた俺は、けふっと軽く空気を吐き出して、ポメラをにらみつけた。
「何すんだよ。」
「伝説の剣なんてなくても大丈夫よ!元気出して!」
「馬鹿だ。」
「むっ。そんなこと言っていいの?お父様から業物の剣を借りてきてあげないわよ。」
「・・・はぁ。」
俺は机に頭をぶつけて、もう一度ため息をついた。
「伝説の剣じゃないとだめだ。あれは、所有者の能力を大幅に底上げする効果があって、魔王の弱点でもあるんだ。」
「それはすごいけど・・・でも、そんなものなくたって、あんたは自分の腕を信じていけばいいじゃない!多くの勇者候補をその腕で黙らせてきたんでしょ!」
「黙らせたって、殺してないからな。あのな、どうやって勇者が選ばれたのか、お前知らないだろ。」
「・・・どうって、剣術で決めたんじゃないの?」
「そんなの必要ないんだよ。伝説の剣さえ持っていれば、子供だって魔王に勝てる力が手に入るんだから。」
「嘘でしょ?」
「本当だよ。だから伝説の剣が必要なんだよ。」
固まるポメラを見て、俺は椅子の背によりかかった。顔を上げて天井を見れば蜘蛛の巣が張っていた。掃除しないとな。
「わかっただろ。無理なんだよ、もう。俺が魔王を倒すなんてこと、もうできないんだ。でも、やらなきゃなんねー。」
バンッとポメラが机をたたき、立ち上がって俺を見下ろした。
「無理なんて言わないで!無理なんてこと、ないわ。・・・馬鹿!」
「ちょ、ポメラ!?」
俺は呼び止めたが、それでポメラが止まるわけもなく、彼女は出ていってしまった。そんなに怒るようなことを言っただろうか?
「あいつは、何年付き合ってもわからないやつだな。」
そういえば、彼女とは最悪の出会いだったことを思い出す。
この町には、義務教育というやつがあって、前校・後校・専校とあわせて7年から11年通う義務があるのだが、彼女と出会ったのは前校の2年目だった。
この町に引っ越してきた彼女が、新しい学友として紹介された。俺はその時誰とでも友達になれるようなやつで、ポメラとも友達になることが当たり前だと思っていた。
「庶民が話しかけないでちょうだい。貧乏がうつるわ。」
「な、なんでそんなひどいこと言うんだよ。俺はただ友達になろうと・・・」
「友達?ふんっ。そんなもの無理よ。あなたと私、どれだけ身分が離れていると思ってるの?」
「無理じゃない!俺とお前は、友達になるんだ!」
「・・・なれるもんなら、なってみなさいよ。」
鼻で笑う彼女に好意は持てなかったが、それでも意地で友達になってやろうと思った。
そして、その機会は案外早く訪れたのだ。




