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プロクラトル  作者: たくち
氷の世界
99/205

アイナの日常

 アイナ・ルーベンスの起床時間はいつも不定期だ。

 冒険者として活動している以上、まだ辺りの薄暗い頃に起床する場合もあるし、目を覚ましたのが翌日の夕暮れ時と言うのも珍しくもない。


 それはシンの仲間となってからも変わる事はない。

 アイナは非常にマイペースなのだ。

 それゆえ”双蒼の烈刃”はアイナを中心に考えて計画を立てていた。


 彼女はやりたい依頼のみしか受ける事をしなかった。

 興味のある依頼ならば早朝から冒険に出る事にも嫌がる事はないし、自分から進んで計画も立てる。

 Sランクになっている都合上、緊急の依頼も彼女達には頻繁に名指しで依頼される事もあるが、アイナが気の乗らない依頼であると受諾しない事もあるし、依頼を受けたとしてもアイナ以外のメンバーでの活動となる事が多い。


 アイナは依頼が気に入らない場合が来ると、都合良く呪いを発動させ何とかして逃れようとする。

 アイナの呪いが架空の物と知らない氷の世界の者達は、アイナの暴走を危惧し深く追求しなかった為、アイナが参加しなくても不満を漏らす者はいなかった。


 シンと”双蒼の烈刃”との決闘が終わり、彼女達と別れを告げた後もアイナの行動に変わりはない。

 念願叶ってシンへの弟子入りの決まったアイナは日の上がる前にシン達の住む宿屋に向かう。

 早くシンから学びたいと言う欲求がアイナを眠りから覚まさせ、じっとしていられなかったのだ。


 向かったは良いものの、まだシン達は目覚めておらず、アイナは宿屋の食堂にて待機する事となった。

 しばらくの待機のあと、シン達が食堂にやってくるとアイナは長い眠りから覚めたような表情を浮かべシン達を出迎える。


 気合を入れた仰々しい挨拶にシンの顔が引きつっていた事を感じたアイナだが、これが彼女なりの挨拶なのだ、こればかりは慣れてもらうしかない。


 シン達からこれからの予定を伺ったアイナはすぐに竜車の購入を勧める。

 勧めると言うよりは今後の活動に竜車は必須だとアイナは考えている。

 いつまでも徒歩の移動では旅のペースが遅くなり、最大の目標である証の入手も捗らない。


 冒険者として最高峰の存在であるアイナからしたらシン達の準備不足が気になって仕方がないが、そこを指摘する事は躊躇われた。

 1度に指摘するよりも少しずつ改善するべきだと判断したのだ。


 竜車の値段は安くはないが、Sランク冒険者のアイナにとっては簡単に購入出来る額だ。

 アイナは稼いだ収入を浪費していた訳ではない。

 それなりの貯蓄はしていたので、竜車程度の出費は痛手とはならない。


 竜車を購入したアイナは翌日の納品までスーリアに留まる事となった。

 納品までの期間を考えていなかったアイナは屋敷に戻ろうかと考えたが、前日にした別れが頭から離れず、シン達と同じ宿屋に泊まることにした。

 セレス達は涙を流して別れを告げていた為、こんなに早く戻る事に躊躇いを持ったのだ。


「師よ、我は街に出て来ます」


「あっ!私も行きたい!」


 宿屋に戻るシン達にまだスーリアに残るとアイナは言うとユナもアイナと共に街を散策すると言う。

 ユナと共にシン達と別行動をするアイナはユナの想像していた商店街と違い、スーリアの裏路地を進んで行く。


「ねえ、どこ行くの?」


 さすがに心配になってきたユナはアイナに行き場を問うが、アイナは心配ないと気にせず先を進む。


 アイナに着いて行くユナは徐々に薄暗くなる道からこちらを伺うような者が多数いると気がつき、警戒をする。

 この雰囲気には覚えがある。

 砂の世界でも同じような場所に足を踏み入れた事があるのだ。


 路地は次第に汚れを増し、整備された街中からは程遠い、治安の悪い場所に変わっていく。

 アイナの目的地、それは闇市であった。

 通常では流通のしない品物を数多く取り揃え、呪われた魔導具や武器の類が出回る事も珍しくはない。


 その分値段も高い物が多いが、思わぬ逸品が商品として並べられている事もある。

 デメリットも多いがメリットも多い、闇市は名の知れた冒険者達が影で利用する事は暗黙の了解としてギルドもその話題には触れる事をしない。


「おや?アイナじゃないか、久し振りだね」


 アイナに話しかけてきたのはいかにも盗賊と言った服装の女性だ。

 腕に刻まれた刺青は一般の人には恐怖を覚えさせ、腰に下げられた短剣は毒を塗ってある事が僅かな香りから感じ取れた。


 そんな女性に気軽に話しかけられるアイナは闇市の常連である。

 通常では流通しない魔導具などはアイナにとって価値の高い物が多い。

 普通の冒険者達には必要ない呪われた魔導具や曰く付きの武器など、アイナにとっては重要な存在だ。


 アイナの持つ深淵の黒衣などはこの闇市で購入しており、暗黒大帝などと言った物が使用していた物など特に買い占める事をしている。


「そういや、アイナは双蒼の烈刃から抜けるんだったな」


「良く知ってる、さすがはネオンだ」


 ネオンと呼ばれた女性はアイナの脱退の情報を既に入手していた。

 情報は裏の世界に生きる彼女達にとって何よりも大切な物であり、常に世界の情勢について確認している。


「でも、良い時に来たね。今日はとっておきの奴が出てるって話だよ」


 闇市での売買は信用のある者にしか行われない。

 当然初めて訪れたユナにはその権利はない。

 闇市の商品は表には並ばない、欲しい物があるならば闇市に精通した者に紹介を受けなければその商品を見る事すら出来ないのだ。


 ネオンと呼ばれた女性はアイナにとって、その仲介人としての立場の者だ。

 盗賊として活動する彼女は盗品を売り捌く他に仲介人として仲介料を受け取り、稼ぎを増やしていた。


「何があるんだ?」


 情報を聞く為にアイナは金貨を1枚ネオンに渡す。

 こういったやり取りで偽の情報を掴まされる事も珍しくはない。

 情報料を安く済ませようとする者に闇市での売買など出来るはずがないのだ。


「まいど、今回は遂に堕天使の口づけが出回るのさ、アイナも欲しいだろ?」


「嘘でしょ⁉︎」


 堕天使の口づけ、それはかつて1度だけ空の世界に現れた空の神エウリスの遣いが神への反逆の罪を犯し、許しをする為に近づいた神へ嫌味を込めた口づけをした際に生まれたとされる伝説の宝珠だ。


 漆黒に輝く宝珠には神への怨みが込められているとされ、手にした者に神への反逆を決意した堕ちた天使の力が流れ込むとされている。


 過去に手にした者はその力に溺れ、自らの力で自滅しており、いつしか堕天使の口づけを手にする者はいなくなり、架空の存在として語り継がれていた。


 堕天使の口づけが闇市に出回ったと言う事が信じられないユナは思わず声を上げてしまうが、ネオンに睨まれ口を塞ぐ。


「案内してくれるか?」


 アイナ達はネオンの案内のもと堕天使の口づけを出品する人物のもとに向かう。

 闇市の取引は早い者勝ちである為、悩んでいる時間などないのだ。


「これが堕天使の口づけか、確かに本物みたいだな」


 厳重に包まれた堕天使の口づけは黒い輝きを放っている。

 伝説に聞く禍々しさは感じられないが、神への嫌味を込めたとされる宝珠は愛しさや悲しみ、憎らしさのような感情を読み取れる。


「これでどうだ?」


 闇市の取引は買い手の値段の提示から始まる。

 伝説の逸品にアイナが提示した金額は金貨200枚だ。

 それだけあればスーリアの街に最高級の家を建てる事が出来る。


「300だな、それ以下は受付ねぇ」


 アイナがSランクだと知る闇市の者はさらに高額を要求する。

 アイナがこの闇市で大金を使う事は周知の事実であり、最高の買い手として有名だ。

 アイナが悪いのだが、これまで欲しい物を片っ端から買い続ける為に金額を上乗せしすぎたので闇市の者からふっかけられる事は珍しいない。


「わかった」


 だがアイナはどうしても堕天使の口づけが欲しいので売り手の言う通りに金貨を300枚渡す。

 枚数を数え終えた男は厳重に包まれた堕天使の口づけをアイナに渡し、その場から離れる。


 既に買い取られた事を隠す為に場所を移し、他の買い手が仲介人に金を渡す事を促すのだ。

 仲介人は情報料として何割かをこの売り手の男に渡す為、堕天使の口づけが売れた後でもその事実を知られるまで稼ぐ事が出来るのだ。


 堕天使の口づけを魔導具の袋にしまいアイナとユナは闇市から立ち去る。

 闇市での売買は1人1つと決まっており、購入を済ませたアイナ達はもう闇市にいる必要がないのだ。


「付けられてるわね」


 アイナとユナは尾行されている事に気がつく、厳重に覗かれないように売買していたが、やはり誰かが感づいていたのだろう。


「ユナ姉、我にお任せを」


 ユナの言葉にアイナが歩きながら任せろと言う。

 左手を僅かに動かし、アイナは魔力を練る。

 使うのは陽炎と呼ばれる火系統の魔力だ。

 陽炎は他者の視覚を歪ませ、発動者の姿を目で捉えられなくする魔術であり、このような場面でも使用出来る応用性の高い魔術だ。


「さあ、宿屋に戻りましょう」


 尾行を巻いた事を確認し、アイナ達は宿屋へと向かう。

 闇市から尾行される事は何度も経験があり、アイナにとってはさして問題にならない。


 陽炎の魔術はその使用条件が難しく、使いこなす事の難しい魔術だが、アイナは簡単に発動出来る。

 その事からアイナの実力の高さをユナは確信した。


「ねえ、堕天使の口づけってどんな効果なの?」


 宿屋の部屋にて取り出した堕天使の口づけは未だに黒く輝いている。

 伝説の通りならば手にしたアイナには堕天使の力を使えるはず、その事にユナは興味を持った。


「むっ何も起こらん」


 宝珠を掴むアイナだが、その体に何も起きない。

 力を感じる事もなければ何かの影響を受けた訳でもない。


「偽物?」


 残る可能性としてはこの堕天使の口づけが偽物という事だ。

 だが偽物にしてはこの宝珠から受ける印象は大きすぎる。


「恐らく、本物であるかも偽物であるかもわからないと言うのが正解なのでしょう」


 こういった事態は闇市の品物では珍しくない。

 有名な物であればあるほど区別がつかない事になりやすい。

 過去にアイナの買ったものが偽物だったり、全く別物であった事が何度もある。


「いつか役に立つ時が来るかもしれません」


 金貨を300枚も別物に支払いながらも気にもせずに黒い宝珠を魔導具の袋にしまいこむ。

 ユナであれば暴れ出してもおかしくはない事なのだが、アイナは細かい事を気にしない性格のようですぐに食事に向かう。


 アイナと1日一緒にいたユナはマイペースなアイナに呆れながらも共に食事をする。

 赤姫の副長であったナナとはまた違ったアイナにこれから振り回されると思うとユナはため息を吐くが、彼女も大概わがままでありマイペースだ。

 自由すぎる彼女達全員の面倒を見なくてはならないシンはこれからさらに苦労をさせられる事になる。

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