氷の世界
氷の世界アイシアは未だ謎の多い創世期の産物が眠っている。
かつて世界が7つに分けられた頃、この氷の世界アイシアは元の1つだった世界を基盤に造られた。
創世の産物は氷の神アイリスにより、大地を覆い隠すほどの氷と雪で包まれた。
500年前、伝説の冒険者と語り継がれるライノス・ガラグリアにより初めて創世の産物が発見されて以降、氷の世界は冒険者達の憧れの世界となり、この世界を探索する冒険者に溢れていた。
全ての世界の冒険者達は我こそはと名乗りを上げ、未知の大陸を闊歩する。
その中で人類の最終兵器と称されるSランク冒険者達はその名に相応しく次々と太古の産物を見つけ出していた。
だがその者達でもこの氷の世界アイシアは未だ未知に包まれていた。
7つの世界最大の面積を誇る氷の世界は現在人類が進出し、生活圏としているのは全体の3割ほどに満たない。
冒険者達の活動範囲は3割ほどの整備された都市を中心としており、その活動により少しずつだが人類の生活圏は広がっている。
その一方冒険者達の死亡者、もしくは行方不明者は後をたたない。
創世の産物は現在と比べ物にならない程卓越した存在である。
創世の建造物などの防衛は強力な魔獣や人工生物が立ち塞がり、未知の世界には原因不明の病が伝染する。
それでも創世の産物には強力な武器や防具、不治の病をも治すと言われる薬草、この世の贅を集めたかのような美味の数々を探し出すべく冒険者達が集い続けている。
そんな氷の世界アイシアの都市の1つにシン達は辿り着いていた。
ティナの転移により移動した彼らは獄炎鳥となったメリィの力により、本来なら進む事もままならない雪の降り積もる大地を溶かしながら進み、身を凍えさせる極寒の吹雪はメリィを中心とした一定の範囲で適度な温度に保たれていた。
「ねえ、上着を買いましょうよ」
街に辿り着くとユナは1つの服屋を指差し向かっていく。
砂の世界で衣服は買い込んでいるが、今のシンやユナの服装は明らかに薄い生地で出来ている。
気温の高い砂の世界では厚着などは就寝用の物しかない。
「金はラピス硬貨でもいいのか?」
氷の世界に旅立つ前にエルリックから資金は受け取っていた。
これまで買い物の類はエルリックに一任していた為、換金などのやり方を知らない。
「どの世界でも硬貨の含有率は変わらんからの、問題ないぞ」
シンの疑問にはティナが答える。
彼女は買い物などはした事がないが、知識だけは持っている。
「赤はないの?」
店舗に入りユナは衣服を選ぶ。
だが気に入った物がないのか、あちこち周りながら衣服を手に取り首を傾げている。
既にシンとロイズはそれぞれ黒と灰色の厚手のコートを選んでいる。
2人共暗めの色が好みのようであり、迷う事なく決定したようだ。
「ねえ、どっちがいい?」
既に会計を済ませたシンにユナが2つのコートを持って聞いてくる。
手に持たれたコートは2つとも赤色の物であり、彼女のこだわりが伺える。
「どっちでも良いんじゃないか?」
「何よ、それ!」
「じゃあこっち」
シンとしたらどちらのコートもユナには似合っていた為、本人に好きな方を決めてもらった方が良いと思ったのだが、ユナがシンの答えに不満があるような顔をしたので片方を指差した。
「もう良いわよ」
シンの態度で完全にユナは拗ねてしまい、シンの選んだ物と違うコートを購入する。
ユナは購入したコートを気に入っていたのだが、シンの好みが別の物かも知れなかったので2つに絞ったのだが、興味なさそうに言うシンに対し少し腹に据えかねていた。
「シンもおなごの心をわかっておらんの」
店舗の外に出てさっさと先を歩いて行くユナを追いかけながらティナはシンを宥めるように言う。
シンは自分が何か失敗をしてしまった事はわかっていた。
「冒険者ギルドってどこにあるんだ?」
先を行っていたユナに追い付き、ティナに目的地を聞く。
だが博識なティナも情報として知っているだけで実際の氷の世界とティナのイメージしていた氷の世界が違っているようだ。
「ふむ、妾はどの街にも冒険者ギルドがあると思っていたのだがの。どうやらこの街にはないようだ」
ティナは街の中にある案内図を見ながらシン達に説明をする。
シン達が訪れた場所は氷の世界の最北端にある都市であるらしく、他の世界から訪れた冒険者や商人が初めに訪れる街であるようだ。
ネルと呼ばれるこの街は宿屋や商店街が集まっているが、流通を主とした街のようでここから南下した場所に氷の世界最大の都市スーリアがあるようだ。
シン達が探しているのはSランク冒険者だ。
世界に名を轟かせるその者達ならば、スーリアで捜索すればすぐに情報は集まるだろう。
「スーリアまで途中で寄る街がないな」
ネルからスーリアまでの道のりで途中に立ち寄れる街はない。
この氷の世界の始まりの街から最大の都市スーリアまでの道のりを踏破出来ない様ではこの極寒の世界では生き残る事など出来ない。
この世界に訪れた冒険者達を最初に待ち受けるのは絶対零度の大自然の脅威だ。
極寒の吹雪に、白銀の世界に紛れながら襲いかかる魔獣達。
この脅威を乗り越えなければ氷の世界では一流の冒険者として認められない。
「宿泊道具はある。あとは食料だな」
森の世界に残ったエルリックからは資金と宿泊道具は受け取っている。
その他に必要なスーリアまでの食料をシン達は調達する。
スーリアまではシン達のペースなら10日ほどで辿り着けるだろう。
メリィのお陰で吹雪の影響を受けない為、シン達は他の冒険者達よりも早く移動する事が出来る。
「これで揃ったな、早くスーリアまで行こう」
あの桃色の髪の女性がこの世界にいると確定している訳ではない。
だが他にSランク冒険者が居ると思われるような場所に心当たりはない。
それでもシーナ救出のわずかな可能性を求めてシン達は氷の世界最大の都市スーリアを目指し出発した。
**
「気を付けろ、あの雪の中に魔獣がおるぞ」
ティナが指差すのは前方にある小さな山のようになった雪だ。
降り積もった雪はそれぞれ様々な場所が隆起し、小山を作っている。
「どれだ?全部同じ様に見えるけど」
シンの目にはどれも同じく降り積もった雪にしか見えない。
ティナが示している場所も他と何ら変わりはないように思えた。
「それがこの魔獣の賢い所だ。スノーグリズリーは雪の小山の中に潜り込む。反対側から覗いても見るがよいぞ」
ティナに指示された通りに雪の小山を回り込み先ほどと反対側から覗き込む。
するとそこには人間が容易く通れるほどの穴が開いており、その中に数匹の白い熊が潜んでいるのを確認出来た。
「奴らはどちらから人が来るかわかっておるからの。片側から向かってきた者を雪の中から襲うのだ」
スーリアからネルに戻る人は滅多に居ない。
スーリアに向かうのはこの氷の世界の未知を求めた冒険者達だ。
スーリアからネルまで引き返そうとする者などいるはずがない。
「スノーグリズリーが居るという事は近くにタイランがおるぞ。奴らはスノーグリズリーが好物だからの、ここは早めに立ち去ろう」
タイランは見上げるほど大きな白い体毛をした巨大な四足獣だ。
何十メートルにも及ぶタイランは動き自体は鈍重だが、その圧倒的な重量による歩行は地響きを起こし、雪崩を引き起こす。
分厚い肉体により打撃は効果が薄く、金属のように硬い体毛は斬撃を受け付けない。
出会ってしまえば厄介な事この上ない。
「タイランの内臓は美味なのだがの」
ティナは昔にタイランの捕食をした事があるようだ。
肉は筋張って食べられた物ではなかったが、臓器に関しては上質な旨味を持っていたようだ。
「あそこ、何かあるわ!」
ユナが見つけたのは透明な氷だ。
透明な氷は中身を包み込むようにドーム状に広がっている。
近いて見るとその透明な氷のドームの中にはまるで他の白銀の世界が嘘かのように、草原が広がっていた。
「ふむ、ここはゾーラ草原か。懐かしいのう」
「知ってるのか?」
目の前に広がる別世界の草原をティナは懐かしそうに見つめている。
「ゾーラ草原は妾が誕生した時からあった場所だ。世界が7つにわかれる前、おさない妾はこの場を遊び場にしておった」
魔王であるティナの幼少期を想像する事は難しかったが、透明な氷越しに指を差しながらどこに何があるかなど説明している姿にシンは感慨深くなる。
氷の世界は創世期の産物ばかり眠っている。
ティナはその懐かしい風景や物を見に来ようと思ってシン達に着いて来たのかもしれない。
「まあ、こうしている暇もないであろう?さっさと先に進むぞ」
ティナはシン達に先を進むように指示をする。
まだスーリアまでの道のりは始まったばかり、いつまでもこの場に留まる訳にはいかないのだ。
新編スタートとなります!
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