次期獣王となる者
「これより獣王選定最終戦を開始します!」
闘技場の中央で選定責任者が声を出すとこれまでで最高の歓声が闘技場に響き渡る。
森の世界の王を決める戦いに住民のボルテージは最高潮になっている。
世界樹の都市ユグンには出店などがそこらに展開され、都市の人々で賑わいを続けている。
本戦開始前から賭け事が開かれ、最後に残った2人の候補者に掛けていた者は最終戦を心待ちにしていた。
シーナとメリィの候補者を描いた紙は都市中に貼られ、住人達は次代の獣王となる者に対し正反対の感情を見せていた。
メリィが描かれた紙にはその姿を讃えるように人々は話をし、シーナの描かれた紙には石やゴミが投げられ心ない言葉が書き込まれている。
闘技場でも観客達はそれぞれの候補者に別の声を上げており、シーナに掛けられた言葉にユナは怒りを隠さず観客達を睨み付けていた。
「最終戦は候補者様含む5名による団体戦を行います。各候補者様は4名の仲間を選びステージまでお上り下さい」
責任者の言葉の後にシン、ユナ、ナナ、エルリック、シーナがステージへと上がる。
リリアナとティナには戦いは出来ないので必然的にこのメンバーになる。
「メリィの炎は俺が防ぐ。ユナはターラスを、エルリックはガイゴを、シーナとナナは2人でリーミアとスズーを頼む」
決勝の内容を聞きシンは全員の役割を決める。
スズーの神経毒が回る前に決着を付けたいが敵は恐らく彼女を守りに入るだろう。
スピードが武器のターラスはそれ以上にスピードのあるユナがすぐに決着を付け、パワーのあるガイゴをエルリックが抑える。
「シーナちゃんはやっぱり諦めないんだね」
ステージに登りメリィはシーナに言う。
シーナに言ったというにはその声は小さく、独り言のように感じる。
その証拠にシン達にはメリィの言葉は聞こえなかった。
「私には使命がありますから」
氷狼の聴覚を持つシーナはそのメリィの呟きも捉えていた。
シンの目的の為になる事がシーナの考える己の使命だ。
世界樹の攻略が不可能に近い以上シーナが獣王となり、山の神サリスから山の証を手に入れシンに手渡す事がシーナの目標であり、獣王となって森の世界のルールも変えなくてはならない。
シーナの言葉の後、審判の合図で獣王選定決勝が開始された。
「スズーを守って!」
開始と同時にスズーは後ろに下がり背中に生やした羽から鱗粉を撒き散らす。
メリィは獄炎鳥の翼で上空に飛び上がる。
スズーは蝶の薄い羽では飛ぶ事が出来ないのか、ステージの上で羽をはばたかせているだけだった。
そのスズーの前にガイゴとリーミアはスズーの前で守るような位置どりをし、ターラスが単身にてシン達に向かってくる。
「任せて」
向かってくるターラスにユナが立ちはだかる。
だがターラスはシン達から飛び出したユナを飛び越えるように跳躍した。
「私が、やる」
跳躍したターラスにナナの作り出した剣が発射される。
その発射された剣はターラスの驚異的な身体能力により無効化される。
高速で射出された剣を見切り、柄を蹴りさらに跳躍する。
蹴りの勢いでさらにターラスの速度は上がりシン達へと突撃した。
そのターラスの動きにナナはすぐさま対応する。
射出を利用された事から学び今度はターラスを待ち受けるように剣山の壁を作り出す。
ターラスは目の前に迫る剣山を自信の武器である小型の槌で破壊する。
全てを破壊する事は出来ず致命傷になる剣のみを破壊するが、破壊しきれなかった剣がターラスの四肢を貫き刺さっている。
剣山を突破したターラスにユナが襲いかかる。
単身での突撃が仇となりナナの剣に貫かれたターラスは激痛により体が動かせずユナにあっさりと蹴り飛ばされた。
「まず1人」
ターラスを仕留めたユナは先にスズーを倒すべくターラスと入れ違いになるように敵に攻撃を開始していたエルリックの下へと向かう。
ガイゴとリーミア相手に1人で対抗しているエルリックに強力な味方が参戦する。
エルリックの魔槍飛燕流による魔気を纏った槍に苦戦していたガイゴにユナの強烈な蹴りが放たれる。
「ナナ、槍を作ってくれ。投げやすいやつ頼む」
ユナとエルリックの優位を確認し、シンはナナに槍の想像を頼む。
シンの言葉を受けたナナは三又の槍を創造しシンに手渡す。
シンに手渡された三又の槍は虚無の大鎌と同じく漆黒に染まっておりシンの注文通りに投げさすさを重視した形をしている。
「いつまでも飛んでられると思うなよ」
漆黒の槍を力強く上空へと投げつける。
唸りを上げ突き進む三又の槍は上空へと飛翔したメリィの炎の翼を貫く。
「っ痛いじゃない」
翼を貫かれメリィはゆっくりと地面に降りたった。
風穴の空いた翼をしまい、シンを睨みつける。
大きく息を吸い、獄炎を吹き出す。
燃え上がる息吹は空気を焼きシンとナナ、シーナのいる場へと突き進む。
「炎は任せろ」
ナナとシーナを隠すようにシンは漆黒の大鎌を炎の息吹に振りかざす。
全てを燃やし尽くす炎は漆黒の大鎌により消滅される。
「あれ?」
だが継続して吹き出される獄炎は消滅した瞬間にすぐさま後続の獄炎が迫り来る。
「おにぃさん退いて!」
シンを横に退けシーナが氷の壁を作り出す。
獄炎の前に現れた氷の壁は蒸発する音を立てながらも炎の息吹を食い止める。
「シーナ、もう少し耐えてくれ」
氷狼の力をまだ引き出せないシーナは額に汗を浮かばせながら氷の壁を作り続ける。
炎の息吹を回り込みシンはティナへと走り出す。
回り込むシンを目視したメリィは首を少しずつ動かし、シンへと炎の息吹を向ける。
「シン君は、狙わせない」
メリィに向けナナが剣を射出する。
シンの動きに気を取られていたメリィはナナの攻撃に反応が遅れとっさに突き出した左腕を貫かれる。
「終わりだ!」
メリィに駆け寄ったシンはその頭部に蹴りを放とうとする。
「惜しかったね、もう時間よ」
シンは蹴りを放とうと踏み込んだ瞬間に崩れ落ちた。
体は痙攣し電気を長られたかのように動く事が出来なくなる。
「なんとか守り切れたみたいね、残念だけど終わりよ」
動けないシンに向けメリィはまた炎の息吹を吹き出そうとする。
ナナやシーナにも毒は回っており氷の壁も作り出される事はない。
「っブァ!」
炎のが吹き出される瞬間、メリィの体が吹き飛ばされた。
開きかけた顎は蹴りにより強引に閉じられメリィの口内で炎が暴れまわる。
「ほら、これ飲みなさい」
動けないシンの口にユナは強引に何かを流し込む。
鼻にツンとくる強烈な香りにシンは顔をしかめるが徐々に体に力が戻ってきた。
「薬か?」
「そうよ、あいつらが持ってるのを貰ったわ」
貰ったと指差した先にはユナによって四肢を砕かれ、横たわるガイゴとリーミア、スズーの姿がある。
明らかに貰った物ではないが助かったのでシンはつっこまないでおく。
「なら、あとはあいつ1人か」
シン達の見る先には口から黒い煙を出しながらシン達を睨み付けるメリィの姿だ。
エルリックはナナとシーナの所へ向かい解毒薬を飲ませている。
「うっがあぅ」
メリィは己の獄炎に口を焼かれ声を上手く出す事が出来ない。
ユナの蹴りは相当に効いているらしくメリィは立つ事もままならず、フラフラと倒れ込む。
「私達の勝ちよ」
メリィの首筋に真紅の刀を突き付け審判に勝敗が決したとユナは言う。
混じり者のシーナに勝利を宣言する事を躊躇った審判であったが、ユナの姿を見た闘技場の観客達が興奮し一斉に歓声を上げた。
シーナが混じり者である事を忘れてしまうほど、メリィの大規模な炎やナナの大量の武器による攻防に観客は我を忘れ見入っていたのだ。
歓声に後押しされる形で審判はシーナの勝利を宣言する。
長い戦いを勝ち抜き、森の世界で次期獣王が誕生した。
新たな獣王は頭に付いた氷狼の耳をパタパタと動かし、近くにいたナナに飛び付いた。
滅多に笑顔を見せないシーナは涙を浮かべながら無表情なナナに抱き付く。
無表情を貫くナナの眉が少し動いているのがシンはわかった。
「やっと、終わったな」
1ヶ月以上続いた獣王選定に勝利しシンも笑顔を見せる。
未だ歓声の鳴り止まない闘技場のステージでシーナに獣王の証である王冠と世界樹を削って作られた短剣が授与される。
正式な任命式は後日行われるがこれでシーナが次期獣王に決定した。
シン達はシーナと共に世界樹の都市ユグンを神輿に乗りながら回る事になった。
新たな獣王が混じり者である事に反発する者は少なくなかったが、正式に選定を勝ち抜いたシーナに表立って反論する事は出来ないのでその祝いを楽しむ反面、不満を募らせていた。
「おにぃさん達、本当にありがとう」
ユグンを回り終え宿屋へと戻ったシン1人1人にシーナはお礼の言葉を述べる。
みんな仲間なんだからお礼はいらないと返す。
シン達の目的の山の証を手に入れるのにシーナの獣王への就任は必須と思っていたので強力するのは当たり前の事だ。
獣王となれば他の世界にシーナは連れて行けないが、彼女はいつでもシン達の仲間である。
「正式な任命式を終えたら私はユーギリアにずっと居る事になるでしょう。おにぃさん達にはお手数をおかけしますが、任命式の後にユーギリアに来て下さい」
任命式の後、獣王となったシーナはすぐに山の神サリスに接触し山の証を貰う予定だ。
任命式の翌日にシン達に山の証を渡す事になった。
「じゃあ、今日はみんなで酒でものむか!」
シンの一声でこの面々で初めて酒場に向かう。
砂の世界から続いた旅と戦いで全員が揃っている事はあったが酒場に行く時間まではなかった。
今日ぐらいは良いだろうとエルリックも財布の紐を緩め、シーナに豪華な食事を堪能させた。
ナナとシーナは酒を飲めないが、他の面々は我を忘れて酒場で飲み続けた。
ナナも遠慮なく酒場の食事を食べ尽くす。
後日、目を覚ましたエルリックが財布の中身を見て叫びを上げた事に誰も触れる事はなかった。




