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家族 2

 俺が賄いを食べられないと知って、ショックを隠しきれない王夫妻。マズったなぁと思いつつも、こればかりはどうしようもない。

「すんません」

と再度頭を下げると、開さんは、

「良いよ、誰でもキライあるね。

代わりに何か作るアル」

と言って、厨房に戻ると何かを作り始めた。そして、

「ダイサク、ならコレ食うアルね」

と言いながら開さんが持ってきたのは、

「天津飯……」

具入りの卵焼きをご飯に乗せてあんをかけたどこにでもある天津飯だったが、開さんは、

「ダイサク、コレがホンマモンの天津飯アルね」

と妙に胸を張って俺にすすめた。しかし……ホンマモンってなんだ? そもそも天津飯に偽物なんて存在するのか 俺は内心そうツッコミを入れつつ、出された天津飯を口に入れてびっくりした。

「こ、こればーちゃんの天津飯だ!」

それは俺が、祖父母の許で暮らしていた頃、実家近くの中華料理屋で食べた味だった。

 母の再婚先で頼んだことはなかったので、そこでもこの味なのかは分からないが、大学の学食で出された天津飯が俺の思っていたものと違って、酢豚のように甘い味付けでびっくりした記憶はある。でも、ばーちゃんという言葉を知らなかったらしい、

「バーチャン?」

とようやく俺の方を向いて聞き返す玉爾さんに、

「オンマ、ハルモニのことだよ」

テンテンちゃんが韓国語で説明する。すると玉爾さんは、

「ハルモニ! ダイサクのハルモニも中華作られるか」

と些か興奮気味に冷麺の鉢を置いて立ち上がった。

「いや、正確に言うとばーちゃん家の近所の中華料理屋のですけど」

慌てて俺が訂正すると、

「なんだ、違うんだ」

残念とテンテンちゃん。その残念という言葉に、ちょっとドキッとした。それって、俺が中華料理屋の孫だったら良かったという意味? そして、唐突に

「ダイサク婆婆は大阪か?」

と開さんに聞かれた。

「いえ、松阪ですけど」

ということは、開さん大阪で修行してたのかな。そしたら、

「ポク日本来たのは横浜アルね。

コレ教えた『ホンマ』が大阪アル。

ホンマ、ウチで天津飯一口食って『コレ天津飯違う』

言ったアルね」

間髪入れず開さんからそう返ってきた。どうやら神神飯店では冷麺だけでなく、天津飯も二種類存在するらしい。メニューに銘記していないのは、そもそもここ東京では天津飯自体頼む客が少ないからで、オーダーが入ったときに、塩味と甘酢味のどちらにするか聞くのだという。

 そして開さんは神神飯店で、この天津飯が出されるようになった経緯を話し始めた。


 開さんがこの店を始めた頃の事である。ある日、いかにもガラの悪そうな20代らしき男が店を訪れた。男は行儀悪く椅子に座り、

「おっさん天津飯頼むわ」

と言った。メニューも見ないまま頼んだのだから、相当好きなのだろう。開さんは大柄なので年嵩に見えがちではあるが、さして歳の変わらないだろう男におっさん呼ばわりされたのには少しむっときたが、相手は客だ。開さんは黙って鍋を振るった。だが、男はそれを一口食べたとたん、

「おっさん、何考えとんや、こんなもん天津飯とちゃう!」

とすごい剣幕の関西弁で怒鳴ったそうだ。さすがにこれには開さんもキレて、

「そんな訳ないあるね。ポク、横浜の老師ラオツーにそうやって作り方習ったアル!

大体、中国に天津飯なんてないアル。ポク天津から来アルよ」

同じくらいの剣幕で反論する。

 これは日本で学んだ。これのどこが偽物なのだという開さんに、男は、

「大体、中に入ってんのがカニかまやて、それアカンやろ。あれはカッコだけはカニやけど、味は思いっきり魚やんけ。本ちゃんのカニが高いっちゅうねんやったら、100歩譲ってもそこはエビやろ。

んで、一番許せんのが『あん』や。酸っぱいのは反則技やで。卵焼きの繊細な味がみな死んでしまうやんけ」

と、あーでもないこーでもないとダメ出しをし始めた。その講釈を一通り聞いた開さんは、すっくと男の前に立つと

「なんや、やるんか!」

と身構える男に

「教えろ」

と言った。

「作り方言え。ポクがその通り作るアル」

「教えろて……作ってくれるんか?」

驚いた様子で聞き返す男は、開さんが自分の言う天津飯を作ってくれるのだと分かると、嬉しそうに、具材のこと餡の味などを滔々と語り始めた。


 そして、この天津飯ができあがった頃、神神飯店の扉が再び開いた。

「祐司、お前こんなとこにおったんかい。探したで」

それは、男-お笑い芸人本間祐司の相方中川幸二だった。

「すまん。おう、それよりこれ、食うてみい。」

祐司は片手を上げて軽く謝罪しながら幸二にできたばかりの天津飯を勧める。幸二は

「また天津飯かいな」

お前天津飯に拘り過ぎと、ため息をつく。今日と同じようなことが今までにも何度か繰り返されたのだろう。

「あんなぁ、大体大阪と材料も作り方もちゃうんやから、東京で食たって旨まない……あれっ、このスープ黒いな。うわっ、これ大坂の味やん!」

だが、一口食べた幸二はその味に目を瞠り、祐司から椀をひったくって貪り食い始めた。

「せやろ、俺がこのおっさんに教えたってんで……って、これ俺の天津飯やぞ!」

それに対して、祐二は折角自分好みにしてもらった天津飯を全部食われてしまってはと取り返すのに躍起になる。それを見て、

「心配するな、作り方解った、覚えるの、もう一度作るアル」

と開さんはもう一人前この天津飯を作り、二人は争うようにそれも完食したそうだ。

 以来彼らは松平周辺に仕事があるときには必ず寄るようになったという。


 開さんの話が終わって、

「けど、ホンマ最近来てないね。

元気はわかってるけど、あんなに仕事して大丈夫か」

と心配そうに言う玉爾さん。

「えっ、来ないのに元気だってわかるんですか」

来ないのに仕事してるのがわかるって、どういうことなんだろう。

「うん、分かるよ」

それに対して、そう言ったのはテンテンちゃん。テンテンちゃんはこの話をすでに何度も聞かされているらしく、笑いながら店の壁を指さす。そこに掛かっていたのは、お笑いコンビ「カウントダウン」のサイン。カウントダウン自体は解散してしまったが、ツッコミ担当の本間祐司は、それから司会業に転向し、今や毎日顔を見ない日はない位の売れっ子だ。

それを見て、ホンマって、大阪弁のホンマじゃなくって名字の本間かと俺が妙に納得したのは言うまでもない。


 そして、話はそれだけで終わらなかった。あのネンミョン事件の数日後、玉爾さんはまた俺にネンミョンを食べろと勧めてきた。

「心配するな。ソバ入ってない」

と言うその麺は玉爾さんの手作り。あれからそば粉を使わない配合を検索して、この麺に辿り着いたとさらっと言う。それって、大変だったんじゃ……

「ありがとうございます」

「礼言うは私の方ね。タイサクみたい人、知らないでネンミョン食べたら、私人殺しなってたよ」

と照れながらいうその顔はどこか母親に似ていて、俺ここの家族だと思って良いかなぁ、そんな思いがちらりと頭を過ぎったのだった。


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