バイト初日
俺はもらった商店街のガイドマップを片手に神神飯店を目指した。外観は白い外壁に真っ赤な本格中華菜館神神飯店と書かれた電灯看板と、至ってごく普通の店構え。俺はふーっと深呼吸をしてから、勢いよく引き戸を開け、その勢いそのままに、
「すいませーん、トムトムさんからの紹介できました」
と大声で言った。すると、テーブルを拭いていた女の人が、
「お、オソオセヨ。でも、まだ夜早いよ。少し待ついいか」
と聞く。へぇ、本場中国の人の店だと聞いていたけど、挨拶まで中国語なんだと俺は感心したが、実はこの挨拶韓国語だったと知るのはこの後のこと。
「あの、バイトの件なんですが」
それより、俺は客なんかじゃない。俺がそう言うと、
「あ、紬っ氏言ってたな。オッパ、言ってたバイトの……」
と、女の人が奥のオーナーを呼び、オーナーはニコニコしながら大きく手を挙げて出てきた。それにしてもデカい。思いっ切り手を伸ばしたら、天井に届きそうだ。
「岸本大介です。よろしくお願いします」
「こちらこよろしくアル。
ポクの名前は王開アルね。コレは、ポクの愛するオクシさんと、娘の天衣小天アルね」
女の人はオーナーの奥さんの梁玉爾さんで、韓国人。そして、俺が来たと聞いて置くから出て来た娘の天衣ちゃん。色白のくせっ毛の彼女のくるくる動く瞳に俺は釘付けになったが、慌てて気を取り直して、
「岸本大介です」
と挨拶する。
「よろし頼むね」
「よろしくぅ」
そして笑顔で開店準備を手伝い始めた天衣ちゃん。
「手伝ってくれるは嬉しよ。しかし困ったね。商店街中あっちもダイスケこっちもダイスケ。店の名前を付けるも良いけど、終いに私分からなくなるよ」
しかし、挨拶もそこそこにいきなりそんなことを言い出す玉爾さん。別に店が違うんやから、ええやんなと思う。
「じゃぁ、俺のことはダイサクって呼んでください」
ここもそんな理由で断られたら、マジ凹んでしばらく浮上できそうもない。俺はサークルでの通称を持ち出した。この呼ばれ方をしてもう一年あまり、既にハンドルネームぐらいなじんでいる。
「アイヤ~、ダイスケホントはダイスケないアルか?」
そしたら開さんにびっくりした顔でそう聞かれた。
「いえ、俺の本名は大介なんですけど、俺の生まれた歳ってダイスケの当たり年らしくて、商店街だけじゃなくて、大学のサークルにもダイスケがいるんですよ。漢字は大輔で違うんですけど、音にしちゃったら全く分かりませんよね。
で、最悪なことにサークルにもう一人の大輔と同じ名字の人も居て、もう一人の大輔は名前で呼ぶことにしたんですけど、それに俺がつい返事しちまうもんだから、またややこしくなって。だったら先輩が『おまえはダイサクにしろ』って言われて……」
と言うと、一様に首を傾げた彼らだったが、
「でも、何でダイサク? ああ、そっか鍋アナ! 『クイズしゃかりき大作戦』だ」
天衣ちゃんがその名の由来に気づいてぱっと顔を輝かせる。
(かっ、可愛い!)
「ほらほら、銀河テレビ(BCG)のアナウンサーだよ」
興奮気味に説明する天衣ちゃんに、
「ああ、一番難かし大学出てるのに、変なこと拘るオタクだな」
玉爾さんも鍋アナだと解ったようだ。しかし、そのコメントが何気に酷い。さらに、
「しかし、それならこの店来てタイジョブか?」
と聞くあたり、本人と間違ってるのだから余計に。
「テレビ仕事なくなったのか?」
「やだ、オンマ。この人は鍋アナに似てるだけで、大学生だって。でなかったら、紬さんもウチに紹介なんかしないよ」
と、天衣ちゃんが笑う。
「ねえ、岸本さん。仕事の内容説明するから、ここに座って」
と椅子をすすめられて、
「ごめん、これ仕事には関係ないんだけど、あたしのことはテンテンって呼んでね。パーパやオンマは小天って呼ぶけど、それってガキんちょに言うやつだから」
とちょっと口をとがらせて言う様子に、俺のテンションは開店前からMAXとなった。
(もしかしたら俺、運向いてきたかも)
素直にそう思えるほど、天衣ちゃん改めテンテンちゃんの笑顔は破壊力満点だった。
ただ、横に並んだときに完全に俺の方が背が低いと分かったときは正直凹んだが……