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シフ 孤独の天使  作者: 天倉永久
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放射能の雪

静かな雪が降り続ける世界。私の名前はファラ。この世界の寒さを防ぐには不十分な黒いローブを身にまとい旅を続けている。自らの願いを果たすために・・・・・・

「・・・・・・今日はとても冷えるね・・・・・・」

私は、一人雪原に微笑みを見せる。汚染された雪原に向かって・・・・・・

「この世界は好き・・・・・・? 嫌い・・・・・・?」

私は無限を錯覚させる雪原に向かって口を開く。思わず過去を思い出しながら。微笑みを崩さずに・・・・・・


『あの無気力同然な男は核の炎で我が国を燃やそうとしている。これは宣戦布告だ。神の意志を無視した行いだ!』

演説の中。黒人の大統領の男は拍手の嵐を浴びて、自らの利き腕を上げる。それを見物していた群衆は喝采の声を大統領に向けた。この後の悪夢も予想せずに。


『無能な大国の指導者は我々の国を猛毒の炎で焼いた。最終戦争が始まる。きっと全人類の半数以下が死滅するに違いない。しかし、灰の世界で生き残るのは我々だ! 我々なのだ!』

私にとって、寒い国の大統領はテレビでそう演説した。私は、ただテレビ画面を見ていただけだ。お気に入りのクッションを強く抱き締め、核戦争の恐怖に震えた。

その日の夜。母は豪華な夕食を用意してくれていた。大きなローストビーフに、白いパン。サラダにポテト。いつもなら、考えられないほど夕食は豪華だった。

『さぁ、食べて』

私の母は一言そう口にし、ナイフとフォークを手に取り、豪華な夕食を食べ始めようとしていた。食事をする気にはなれない私。ただ俯く。

『これは最後の晩餐・・・・・・私とファラの・・・・・・』

私は怖くて涙しそうになる。今にも飛んでくるかもしれない核ので、死ぬかもしれないというのに。

『ファラ。あなたが大切だと今・・・・・・』

母が言葉を発した刹那。閃光が走る。眩しすぎる閃光・・・・・・あれから二年・・・・・・恐らくは十五歳になった今でも忘れない・・・・・・


『・・・・・・核戦争が終わったんだ・・・・・・核の冬・・・・・・これは放射能で汚染された雪だ・・・・・・・どうせ白血病かなにかで死ぬ運命だ・・・・・・』


忌まわしい男の言葉を私は思い出す。放射能で汚染された雪が降り続ける中。恐らく十五歳の私は、歩き続ける。毒の雪原を。一目見れば、ただの雪だ。それでも、この雪は恐ろしい放射線を放っている。もうとっくに被曝していた。この世界に残された人々は・・・・・・死への道を、ただ歩くしかない・・・・・・私も同じように・・・・・・


「あ・・・・・・」

しばらく歩いた私。寒さの中、少しだけ目を見開き驚いてしまう。私の瞳に映ったもの。それはかつての大都市。今は亡きに等しいこの国が誇った街。

かつては個性豊かな店が立ち並んでいたこの街も、今ではすっかり汚染された雪で覆われ、面影すらなかった。私は子供の頃、一度だけ両親とともにこの街を訪れたことがある。その頃は、色々な人々が住む街の姿に心が躍った。とくに映画館で観た映画は忘れられない。

あの映画は一人の少女の物語。ホームレスの少女が、実は天使だったというストーリー。自分が天使だったことを知り、持てる僅かすぎる力で、人々に救いの手を差し伸べていく。私はその少女の姿に感動した。たとえ少女子役の演技でも。誰かに理不尽な暴言を吐かれようが。また誰かに暴行を受けようが、少女は人々に救いの手を差し伸べる。シフ。それが主人公の名で。実際。教科書にも出てくる救いの天使の名だ。

「だけどこの世界には救いはない・・・・・・シフは嘘つき・・・・・・」

私は、雪に覆われたかつての大都市を歩く。シフを嫌悪しながら・・・・・・

今日は酷く寒い・・・・・・夜はきっと冷えるだろう・・・・・・

私は建物を探す、どこか真夜中の寒さを凌げそうな。冷たすぎる雪風が吹く中、一つの建物を見つける。

そこはかつて名の知れた安レストランだった建物。壁も壊れておらず、ガラスには少量のヒビが入っているだけだ。私は無我夢中で、廃墟の安レストランに入る。

人は誰もいなかった。あったのは一つのミイラ化した死体。厚着をした服装からして、私と同じように核戦争を生き残った人物。死んだ理由は、放射能か餓死。それか無法者達に殺されたか・・・・・・

どうでもいい・・・・・・私には関係ない。ただミイラ化した死体の持ち物をあさるだけ。絶滅したであろうハイエナのように。

死体の持ち物にあったのは、たった一つの野菜の缶詰と、一枚の写真。その写真に写る人物。それは白いドレスを着た一人の女性だった。嬉しそうに花束を持つ女性。私は思わず見惚れてしまう。写真に写る女性じゃない。今の世界では珍しい花束に・・・・・・

「綺麗・・・・・・」

花。それは今では高価な代物だ。核戦争後の闇市場で、持っている食糧二ヶ月分で売買されているのを覚えている。酢漬けした魚の缶詰よりずっと人気だった。

花束を持った写真の人物を見つめる私。久しぶりに嬉しい気持ちに浸りかけたその刹那。

「・・・・・・女だ・・・・・・誰か捕まえろ・・・・・・!」

「・・・・・・たり・・・・・・二人もいるのか・・・・・・!」

聞こえた男たちの声は、欲望に満ちていた。私だけが知るあの男と同じように。

私は、ヒビが入ったガラス窓から外を見ると・・・・・・

「お願い・・・・・・! 妹には触らないで・・・・・・!」

涙ながらに、青い髪をした少女が、数人の男たちに訴えていた。彼女は両手を広げ、すぐ後ろにいる妹を守ろうとしている。姉と同じく、青く長い髪をした妹を。

「ミルには触らないで・・・・・・犯すなら私だけにして・・・・・・」

欲望に満ちた男たちは、一斉に犠牲を名乗り出た、ただ悲しい少女を雪原に押し倒す。

痛いという悲鳴だけが私の耳元に響く。私は震えながら安レストランの隅で身を隠し、自分の両手で口元を覆った。悲鳴を出さないように。


『・・・・・・愛してないのに・・・・・・』


忌まわしい男に裸にされ、処女を奪われたことだけを思い出す・・・・・・両手で口を覆い、涙しながら・・・・・・

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