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シフ 孤独の天使  作者: 天倉永久
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小さな祈り

極寒が支配する夜。私は静かに震えている。先ほどまで、妹を守ろうとした少女の声だけが聞こえていた。嫌悪と快楽の境目の声が。

「・・・・・・終わった・・・・・・?」

ようやく悲鳴がなくなり、私は窓からそっと外の様子を窺う。そこには焚火の火が見えた。あの少女を凌辱した男たちのものだろう。私は慌てて身を隠し、再び震えた。

「もう嫌・・・・・・あんなことは、二度とされたくない・・・・・・」

寒さとは違う感情で、私の心が凍りついたときだ。

「・・・・・・あの子は・・・・・・?」

今はすでに凌辱されたであろう姉の妹が気になった。

まさか極寒が支配する外に、まだいるのだろうか?


考える間もなく、私は雪の中を探した。あの男たちに見つかれば、きっと私も凌辱される。前もそうだった・・・・・・


『・・・・・・まだ好きな人がいない・・・・・・』


嫌悪感と悔しさしか湧かない中、私は探す。今ならまだ救える妹の方を・・・・・・

放射能で汚染された雪の中、私は一つの黒い影を見つける。

「・・・・・・」

私が無言で影に近づいたとき、凍えた一人の少女の姿がそこにあった。

「・・・・・・お姉ちゃんが乱暴された・・・・・・知らない男に・・・・・・」

少女は、極寒の夜に震え、今にも凍え死にそうに私を見る。

「最初は痛いって・・・・・・」

見ず知らずの少女と、初めて目が合う。

「やめて」

私は少女の歪んだ言葉を止めようとした。それでも・・・・・・

「体を触られて、お姉ちゃんは泣いていたけど・・・・・・」

少女は赤裸々に言葉にした。自らの目で見た悪夢のような光景を。

「それでも、心地よさそうに瞳を閉じていたわ・・・・・・私が見ているのに・・・・・・」

私は開いた瞳孔で、この子を見つめた気がする。

「ねぇ、お姉ちゃんには、子供ができたと思う?」

少女が今にも泣き出しそうになった瞬間だ。

「あなただけでも、無事でよかった・・・・・・」

私は見ず知らずの少女を、抱き締めていた。傷つき、救えない心でも慰めようとしていた。少女は、私の胸の中で静かに泣く。幸いだった。もしこの子が大声で泣いていれば、まだこの廃墟の街にいるあの無法者たちに乱暴されているであろう。私は過去に味わった悪夢を再び体験しなければならない。

「あなたはとてもいい子だね・・・・・・」

私は少女の頭を撫でるのだった。弱い微笑みを浮かべて・・・・・・


廃墟の安レストランへと、私は少女を連れ帰る。冷たい夜の外よりかはましだろう。冷風や、放射能の雪が降り続ける外より。

「あなたはミル。ミルでいい?」

私は俯きながら少女。ミルの名を確認した。

「どうして知っているの? 私のとても好きな名前?」

小首を傾げる少女。この子の名はミルで正解だった。緑の長い髪と、色白の肌。そして悲しげな赤い瞳をしている。

「・・・・・・どうして知っているの・・・・・・?」

ミルは聞く。それはこの子の姉が犯されていたとき、何度も叫んだ名前だったから。


『・・・・・・ミル! 見ないでミル! ひ、瞳を閉じて、心に傷がつくから・・・・・・ミル、ごめんなさい・・・・・・』


悲鳴と、悲痛な叫び声だけが、まだ私の耳に残っている。

「ねぇ、どうして・・・・・・?」

ミルは弱々しく小首を傾げ、私を見つめた。

「私の名前はファラ。よろしく」

私はミルに自分の名を教え、彼女の疑問を微笑みながら誤魔化す。

「ミル。お腹は空いてる?」

私が聞くと、ミルはこくりと頷いて見せた。先ほど手に入れた野菜の缶詰。私はそれをミルに差し出す。

「うー・・・・・・」

缶詰を差し出されたミルは、不思議そうな上目づかいで私を見る。まさか遠慮しているのであろうか?

「大丈夫。私はもう食べたから」

私がそう答えると、ミルは小さな両手で缶詰を受け取ってくれた。本当は、この数日間。私は飲まず食わずで過ごしていた。

「ありがとう・・・・・・」

お礼を告げるミルは、その場に座り込み。缶詰を開けると、中身を食べ始める。私と同じく空腹であったらしく。勢いよく缶詰の中身を食べていた。

「いい子だね・・・・・・本当に・・・・・・」

そんなミルを見て、私は笑ってしまう。自身の空腹など気にも留めずに。


「これからどうしよう・・・・・・?」

食事を終えたミルは私に聞く。

「いい。明るくなったら二人でこの街を出るの」

ミルは私の提案を、すぐに受け入れると思っていた。しかし・・・・・・

「お姉ちゃんは? お姉ちゃんはどうなるの・・・・・・?」

あの男たちの気が済むまで、奴隷にされる。それは口が裂けても言えない現実だ。

「ミル。あなたのお姉さんは、助けようがない。これからは私と生きればいい」

それは私なりに優しい言葉をかけたつもりだった。

「嫌。お姉ちゃんと一緒がいい! 一緒じゃないと嫌!」

大声を出すミルの口元を、私は慌てて押さえる。

「落ち着いて。あいつらに見つかれば、私とあなたはもっと酷い目に会うから」

ミルの姉をさらった男たちが私たちに気づけば、きっと犯される。何度も乱暴な行為を繰り返され、使い物にならないと判断されれば、極寒の中に捨てられ、ただ死を待つだけとなる。

「嫌だ・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・」

涙するミルを抱き締めると、私はその場に座り込んだ。

「今夜は冷える。外もとても危ない・・・・・・だからもう眠りましょう・・・・・・」

私は、ミルの耳元で囁き、彼女を寝かしつけようとするのだが。

「そんなの嫌・・・・・・お姉ちゃんの様子だけでも・・・・・・」

それはただの自殺行為。

「お願い・・・・・・! 眠って・・・・・・!」

 次の瞬間には、私は後悔していた。出会ったばかりのミルを怒ってしまったことに。

「・・・・・・わかった・・・・・・」

「そう・・・・・・それならいい・・・・・・」

私は瞳を閉じる。ミルの小さな体、とても温かい。久しぶりによく眠れそうな感覚。後は、無法者たちに見つからないのを祈るだけ・・・・・・


私は悪夢を見ていた・・・・・・

『どうだ。ファラ。とてもいいながめだろ?』

私にとって忌まわしい男は、牢屋に閉じ込められた数人の女性たちの姿を見せた。私は怯えて声も出せずに体を硬直させている。牢屋に閉じ込められている女性たちは、寒さと恐怖で震えていたから。

『可愛い顔だ。髪も金色で綺麗だ』

私はその場に押し倒され、無理矢理口づけをされた・・・・・・ファーストキスだった・・・・・・それも気味の悪い・・・・・・忌まわしい男は、自らの欲望だけを満たす・・・・・・私にキスをしながら・・・・・・


「・・・・・・許してください・・・・・・」

極寒の夜の中、悪夢から目を覚まし、あの日の痛みだけを思い出す私。

「ミル・・・・・・ミル・・・・・・」

過去の傷を、ミルの温かさに癒してもらうはずだった。しかし・・・・・・

「え・・・・・・?」

廃レストランを見回す私。誰もいない。ミルの姿が消えていた。先ほどまで、私の腕のいた気がする・・・・・・

「そんな・・・・・・」

私は慌てて立ち上がると、廃レストランの外に出た。雪の降る外へと。

すでに夜は明け、灰色の厚い雲が邪魔しながらも、弱い太陽は、ほんの微かな光だけを地上に向けて照らしていた。温かくもなく。誰も救えない光だけを・・・・・・

「ミル!」

私は叫ぶ。あの獣たちに見つかる覚悟で。廃墟の街を走り回った。そして・・・・・・

「ファラ・・・・・・ここにいるよ・・・・・・」

雪の積もる廃墟の街で、私の名を初めて口にした、一人立っている緑色の髪をした少女。後ろ姿だけだが、ミルに違いない。

「ミル。心配したんだから。もし連中に見つかったら・・・・・・?!」

私には、ただ後ろ姿だけを見せるミルの背中が見えていた。

「酷い人たちは、もういない。焚火の火はもう消えていた。だから、この街にはファラと私の二人だけ・・・・・・」

どこか様子がおかしいミル。私が彼女の隣へと歩いたときだ。見てはいけないものが、雪原に捨てられていた。

「駄目!」

私は慌てて自らの両腕で、ミルの顔を覆い隠す。こうすれば見えないはずだ。

「大丈夫。これは悪い夢。ただの悪い夢だから!」

ミルにそう言い聞かせようとする私。しかし、ミルの体は小刻みに震えていた。

「お姉ちゃん・・・・・・こんなところで死んで・・・・・・」

私は、ミルを強く抱き締める。今できることは、それだけだった。無力に、それだけしかできない。

私のすぐ後ろで、ミルの姉は少しだけ雪を被りながら、目を見開き死んでいた。それも裸同然の姿で。犯され続け、最後にはショック死したに違いない。

私は、ミルを廃レストランに戻すと。テーブルの上にかけてある色あせたテーブルクロスを持って、再び外に出ようとする。

「死んだら幸せになれるのかな・・・・・・? 少しだけ痛いのを我慢すればいいのかな・・・・・・?」

廃レストランに残ったミルは、呆然と独り言を口にしている。

「ねぇ、ファラ」

ミルは、テーブルクロスを持って外に出ようとする私に声を掛けた。

「孤独な人は、天国にいけるかな?」

ミルは穏やかに、ただ微笑みながら聞いてくる。弱々しく、小首を傾げていた。

「・・・・・・」

私は何も答えず外に出る。

天国など信じられない。死んだ後にあるもの、それは無。何も考えられず、苦しみや痛みも、感情もない。もし死ねば、廃人以下の世界が待っている。私にはそう思えて仕方ない。

目を見開き死んだ、先にあるものは、何も思うことができない暗闇。


「・・・・・・苦しかったね・・・・・・」

私は、名前も知らないミルの姉に、色あせたテーブルクロスを掛ける。目を見開き、息をしなくなったミルの姉に。

「わ、私、私は・・・・・・」

 気が付けば、私は泣いていた。ミルの姉の美慈悲な死が、悲しかったのかもしれない・・・・・・

「私は生きれるの・・・・・・? こんな毒の世界で・・・・・・?」

放射能で汚染された雪が、私の周りで静かに降り続けている。

「残されたミルは・・・・・・? あなたの妹のことだよ・・・・・・」

涙しながら私は問いかけていた。色あせたテーブルクロスを掛けられたミルの姉。死体相手に・・・・・・

「・・・・・・私には守れない・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

私は、廃墟の街を後にした。凍え、悲しみに暮れるミルのことなど構いもせずに。

「ミル・・・・・・どうか汚れないで・・・・・・」

ミル。最初は一緒に旅しようと思っていた。本当の妹のように可愛がろうと。それでも、現実は、この放射能で汚染された雪。飢えた男に見つかれば、気が済むまで乱暴される。そんな世界で、自分より少しだけ年下の少女を守っていく自信がなかった。臆病な私には・・・・・・


私は、一人雪原を歩いている。寒い雪原を。心の中に、何か重いものを抱えながら。

「・・・・・・何・・・・・・?」

私は足を止め、雪原を立ち止まる。心の中の重いものが、邪魔に思えて仕方がない。一歩踏み出そうと思えば、無垢なミルの顔が浮かぶのだ。これはやり場のない罪悪感なのだろうか?

「無理だよ。誰も守れない・・・・・・私には、誰も守れない・・・・・・」

口にした言葉は、言い訳のように感じた。自らを誤魔化す言い訳のように。私はその場に立ち尽くす。呆然と目の前に広がる雪原を見つめ、冷たい雪風が、私の金色の髪を揺らした。その刹那。

「見捨てるの・・・・・・?」

すぐ後ろから聞こえた声に、私は目を見開き振り返った。

そこには、息を切らせたミルの姿が。廃墟の街から私を追いかけてきたらしく。白い息を何度もはき、その綺麗な瞳には、大粒の涙が、今にも零れ落ちそうなくらい溜まっていた。

「生き残った人・・・・・・みんながそう・・・・・・最初は優しく慰めても・・・・・・最後には見捨てられる・・・・・・」

恨みや怒りなど微塵も感じられない瞳を、ミルは私に向ける。感じるのは、やり場のない悲しさ。その大粒の涙が零れ落ちそうな瞳は、悲しく私を見つめている。

「ごめんね・・・・・・だから、私とおいで・・・・・・」

私は前に右手を伸ばしながら、ミルに近づく。自分でもぎこちないと思える微笑みを浮かべながら。

ミルは、自らの瞳を強く閉じて、まるで何かに祈るかのように、その幼さが残る両手を強く握っていた。


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