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戦の乙女と戦車の王  作者: るーぶる
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六月の昼下がり、久しぶりに非番となった俺は街に繰り出していた。特に理由はない。

強いて言うなら一年の半分が雪に覆われるロマノフカ共和国でこのような穏やかな気候は貴重だったからだろう。

石畳の通りを歩く。道に沿って建てられていた建築物からはちょうど昼時の時間の為か煙突から煙が出ていた。すれ違う人は皆、洒落た服装に身を包み、道路には車や路面電車がひっきりなしに往来していた。

実に活気のある街である。

戦争中なのに元気なこった。俺はそう呟いた。


ロマノフカ共和国、通称雪の国。

大陸の北にある巨大な国家である。元々は帝政――つまり皇帝が治めていたが数年前に革命が起こってからは共和国体制に移行した。皇帝は退位させられ今は家族共々行方不明となった。表向きは。

それからというものこの国の技術産業の進化は素晴らしかった。

自由な気風が帝政時代に押さえつけられていた芽を開花させたのだ。

ロマノフカ共和国全体で様々な産業が急速に芽生え、街は今までの遅れを取り戻すかの様に日進月歩の勢いで発展していった。

俺が今配属いる街、共和国首都テルノヴラートは特にその変化が顕著だった。

人口は百万人を突破し住みきれない人の為住居の建造ラッシュが進み、それでも尚首都から溢れる人は郊外に自分たちで家を建てながら出稼ぎに来ている。

人口の増加に伴い治安悪化等問題が発生するため俺の様な一兵卒は仕事三昧で中々休みが取れなかったのだ。


俺はテルノヴラートの中心街にある市場に向かった。なにか最新の機械とか面白い物があればいいのだが。

しばらく市場を満喫していると突然男の下品な声が聞こえてきた。


「だから、ちょっとくらいいいだろ? どこかに遊びにいこうぜぇ」

「荷物持ってやるからさ。ついてきなよ」


視線を向けると男二人組が荷物を抱えていた少女に絡んでいた。

男達の身なりから考えて最近田舎から出稼ぎに来た労働者であろう。この街のルールを知らない無知からか古来からありふれた――今時誰もやらない、一歩でも間違えるととてつもない恥ずかしい行動を取らせているのだろう。

少女は男達の強引な誘いに困っている様子だった。


「アンタ達、その子が怖がっているじゃないか。そういうことはもう少し別の所で穏便にやりなさい」


職業柄と言うべきなのか思わず俺は少女と男達の間に割って入った。

あん?と男の一人、どちらかと言うと下品な方が俺の顔を見た後嘲笑する。


「和ノ辻人は呼んでねえ。うせろ」


もう一人の身なりがまだマシな方も続いて


「ロマノフカ国民に話掛けてくるなんて度胸あるじゃないか、劣等人種が」


身なりの通り汚く俺を罵り始めた。

確かに俺は顔の造形がロマノフカの人間の様な色が白く、栗色、もしくは褐色、あるいは金髪といったものではなく隣国の和ノ辻国の薄黒く黒い髪をしていた。

更に現在、両国は戦争中であるため国策からか政府は和ノ辻人をロマノフカ人より劣る人種として喧伝していた。

僅かにロマノフカに住んでいる和ノ辻人は国民のヘイトを一身に集め各地で差別やリンチの対象となっている。

恐らくこの出稼ぎ労働者達も自分より下の存在を見つけれて嬉しいのだろう。下卑た笑いを浮かべている。


「まあまあ、……あんまり調子にのってんじゃねえぞクズが」


おれが吐き捨てるように言い返すと下品な方の顔が一瞬で怒りに染まった。鈍重そうな見た目からは想像出来ないほど素早く俺の胸ぐらを掴んできた。

しかし胸元の印章を見て顔から血の気が一瞬で引いた。この男の表情の変化は中々面白い。


「おまえ、まさか……武装警備隊……?」


武装警備隊とは首都防衛を任とする治安維持部隊だ。他の部隊が外向き、つまり外敵に向けて武力を行使するのに対し武装警備隊は内敵に向けてその軍事力を使用する。

暴徒鎮圧等を主な任務とし、今の政府に対して反抗的な勢力を潰していくため非常に悪名高い。更に警察よりも上の権限を持っているため犯罪者取り締まりの任を帯びてある。武装警備隊独自の取り調べには拷問があるなんて噂もあるらしい。らしいってのは表向きは拷問などないからである。裏は――。


「俺が誰かわかったのならこの汚い手を今すぐどけろ」


下品な方が胸ぐらをから手を離し、二、三歩程後ずさる。マシな方は固まってしまって動けないようだ。

早く終わらせるため俺は追い討ちをかける。


「俺は草薙恭一だ。名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?」


その言葉を聞き今まで遠巻きに俺たちを見ていた群衆も一斉にざわめきだす。


「あの草薙恭一か!?」「同胞殺しの……?」「確かこの前の抗議集会で民衆に向けて発砲したって奴か!」「黒い死神って呼ばれてるらしいな」「なんでも政府のお気に入りってやつで戦車隊を任されているとか」「ありえねえ……」「和ノ辻人のくせに……」


口々に噂や事実を混ぜたくだらないものを口走る人々。俺が声の聞こえる方へ顔を向けると次々と視線を逸らす。

まあ、もう慣れた。

男達は俺の注意が他に向いている間に逃げ帰るように去っていった。

少女も俺の名前を聞いてから言葉にならない様子で固まっている。

心の中で溜め息をついた。


「すまなかったな。最近無法者が多くて難儀してたんだ。まあ、これから気を――」


さっき吐いた息を飲み込みそうになった。

先程の少女は絶世の美少女だった。いや、その言葉さえ生ぬるい程美しかった。

顔は意識から外していたため見ていなかった。至近距離から直接見ると妖精もかくやという少女がいたのだ。俺は思わず目を逸らした。


「あの、助かりました。……ありがとうございます」


鈴のなるような声で少女は礼を言ってきた。


「あ、……ああ」


俺はそれだけ返事すると少女から背を向けその場から立ち去ろうとした。

自分のような薄汚れているものがあんなに美しい、人を超えたものと長時間話していていいものではない。


「……あの」


お礼がしたいのですが、そういって少女は俺を引き止めた。


このオープンカフェ『ガリレオ』はテルノヴラートでもかなり立地の良い部類に入る。

柵を越えたすぐ向こうがメインストリートで見晴らしは良好、すぐ近くに国立図書館や国立公園があるためお洒落である。ロマノフカの女子に流行りらしい。俺も気にはなっていたが店に行ったことはなかった。

……それにしても。

俺は周りを見渡す。遠巻きに人々が俺達をチラチラ見ている。

片や見た目は和ノ辻人、片や絶世の美少女。この奇妙な組み合わせで注目するなってのは無理な話だと言うことはわかるが。あからさま過ぎやしないだろうか。

俺はもう一人の注目を集める向かい側の少女を見る。

少女は視線なんてなんのその、ガリレオ名物のチーズケーキを美味しそうに食べていた。

少女は俺が自分の方を向いていることに気づき口を開く。


「本当に、ご馳走になっても……? 私は草薙さんにお礼がしたかったのに」

「別に構わないよ。俺も口実つけてここに来たかったし。一緒に来てくれただけで充分お礼だと思ってるぜ俺は」


そうなんですか、と少女は頷くとケーキに再び舌鼓を打つ。

そういや名前を聞いてなかったな。


「なあ、アンタ名前はなんて言うんだ?」


少女は僅かに首をかしげた。


「名前? そうでした、自己紹介が遅れて申し訳ありません。私の名前は刹那、です」


俺は少女の名前に疑問を抱く。

今、少女が名乗ったのは和ノ辻風の名乗りだ。少女の陶磁などくすんでしまうほどの肌色や金色ではあるが眩しくはなく眼に優しい白が混じる髪色などどうみてもロマノフカ人の特徴である。ロマノフカ式の女の子の名前だとアンナとかマリアが代表的であり間違っても刹那なんて名前はつけられない。

少女――刹那は俺の不思議そうな顔を見て気づいたのか先程の言葉を捕捉する。


「私は混血なんです。ロマノフカと……和ノ辻の」


なるほど、それならば説明がつく。

とは言っても刹那なんて名前の人間は俺が和ノ辻にいた頃もいなかったから相当珍しいのでは?

刹那はケーキを食べ終わりミルクたっぷりの白コーヒーに口をつける。


「あの、さっきは本当にありがとうございました。それに、ご馳走になってしまいすいません」

「ああ、あんまり気にしないでくれ。大したことじゃない、うん」


そういうわけにも、と刹那は口をモゴモゴとしていたが諦めたのかふふっと苦笑する。


「そう、いえば草薙さんは武装警備隊……なんですよね?」


と、刹那は遠慮がちに訊いてきた。


「ああ、一応な。今日は非番だから一個人だがな。……ここだけの話、俺は武装警備隊って組織が嫌いでね。たぶん武装警備隊に入ってなかったら真っ先に俺が規制対象だよ」


肩をすくめてみせる。まあ、実際その通りだと思うから笑えないブラックユーモアに入るだろう。目の前の刹那も困ったように笑っている。反省。


「お聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」

「なんで和ノ辻人の俺があんな組織に入れたかって話か?」


刹那はしばらく考えたあと確かに首肯した。

俺は手を顎に添えて思案する。

この質問を一言で片付けることは非常に難しい。俺にだっていろいろあったのだ。

武装警備隊は言ってしまえば大統領直属の組織でエリート集団だ。上流階級のご子息ご息女が入るような組織であり普通ならば俺のような和ノ辻人に入れるわけがない。

普通ならば、の話である。さっき耳に聞こえてきた事は大体やった。悪名は本当である。出世の為には他者を蹴落とし激しい競争を勝ち抜いてきた。そして、俺は――。

刹那が俺を心配そうな顔で見てきた。どうやらいつのまにか難しそうな顔をしていたみたいである。


「まあ、実力だよ、実力。和ノ辻人が出世するにはそれ相応の努力が必要だからな」


俺は無理矢理頷く。

刹那は「そう、なんですか」と言うとコーヒーを口に近づける。


「草薙さんは私達ロマノフカに住んでる和ノ辻人は皆尊敬していますよ」

「それは……ないと、思うけどな」


一年前にテルノヴラートに和ノ辻人が多く住んでいる区画に対して俺が指揮して掃除したことがあったからな。あれ以来俺個人と和ノ辻人には埋めがたい溝ができた。俺を恨んでる人こそいれ、尊敬している和ノ辻人なんて皆無だろう。


「てか、アンタ――いや刹那、は何をしてたんだ? こんなに大きな荷物を持って」


刹那が座っている座席の横には地面からテーブルにまで届きそうな大荷物があった。

市場からカフェに来るまでの途中何度か運ぼうとしたが刹那に断られたのだ。


「一言で説明することは、できません。私にもいろいろ事情がありまして」

 「そうですか」


 人には色々あるもんだな。


「私、そろそろ帰らないと……」


コーヒーを飲み終えた刹那が立ち上がる。

俺は元々コーヒーしか頼んでいないのでとっくの昔にカップ中は空だ。


「ありがとう。私達、また、会うと思います」


刹那はそう言って微笑んだ。そしてペコリと頭を下げると大きな荷物を背負い雑踏の中に消えていった。やたらといい香りを残して。

俺はコーヒーのお代わりを頼み、空を見上げた。


「また、か……」


俺は刹那の行動を思い出す。

可憐で儚げ、その雰囲気に隠れて彼女は俺の表情や心の機微を探っていたように思う。

武装警備隊としてのキャリアを積んだ俺にはそう見えた。

あの少女はなにかを隠して、知っている?

そもそも俺に話掛ける時点で不可解だ。


「また、は会いたくねえなぁ……」


『ザザ……ピー』という音ともに小型無線機から連絡が入る。


「俺草薙だ」

『知ってる。草薙軍曹、緊急事態だ。首都でテロが起きた。今すぐ本部まで来てほしい』


了解、と言って無線を切る。休暇はどうやら返上らしい。

今日は色々面倒臭そうだ。

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