慚愧のエピローグ
《》
あの事件から数日後。
世間の皆さんは何でもない日を送っている。
俺はと云えば……
「何をしているのかしら、貴方は」
冷たげな声が俺の平穏に打ち切りを告げる。
残酷な沙汰に溜め息で応え、俺は抗議の目全開で顔を上げた。
「見てわかんねぇのかよ。漫画読んでんだよ」
「あら、私は『再三注意されたというのに教室で堂々と少年誌を読むなんて恥ずかしいと思わないのか』と、貴方の扁桃体に疑問を呈したつもりだったのだけど、羞恥心も記憶力皆無なのかしら。小中の暗記科目、負数だった?」
普通無ぇのよ、テストにマイナス点は。
「あれだけの事を仕出かしておいて、よく普通に学校に通えてるよな」
「そこは私の本分が幻想を形にする『魔法使い』とは違って、過去に信じられていた理論や法則を再現する『エーテル遣い』だからよ」
「……あの直後にも聞いたけどよくわかんねえんだよなエーテル遣い。魔法でよくね?」
「魔法と違って理想通りの再現を行えばリソース無しに大規模な現実改変が可能よ。ま、今回の場合は途中で失敗したから全ての再現が無かったことになった訳だけど」
「なんか、ズルくね? 証拠残らずやりたい放題みたいに聞こえるが」
「そうでもないわ。過去に提唱され、広く浸透した事のある理論でないと使用できないもの。制約は多いわ」
「ほーん、よくわからんが大変なんだな。ま、何はともあれ浄善寺が普通に学校に通えるなら良かった良かった」
そう言って背もたれに体重を乗せ、ギシリと音を鳴らす。
雑誌の上からチラ見えする浄善寺の瞳は、何処か不服そうだ。
「何だよ」
「私が言うのも何だけれど、よくそんなに呑気で居られるわね。私がまた暴れるとかは考えないの?」
「でも世界を滅ぼしたいって考えてる方の和服美人は、お前自身が二度とそんな気を起こさせないようにボコボコにしたって言ってたじゃん」
「したけどもね。そもそもその言葉を信用する時点でおかしいというか……本当に貴方、今まで世界を何度も救ってきたの?」
何だその呆れたような表情は。割と簡単に傷つくぞ俺のプレパラートのハートは。
「俺、難しい事は考えないタイプだからな。日常に戻れるんならそれでいいんじゃね? つか、教室内であんまりそんな話題出すな」
「何でそういう危機感はあるのかしら……そういう知ろうとしない態度、いつか酷い事態を呼び込むわよ」
「忠告どーも。ま、その時はその時に考えるって」
俺の態度に呆れたのか、浄善寺は自分の席に戻って行った。
俺の持っていた少年誌を忘れずに没収して。
「くそぅ、見逃されなかったか」
一応世界救ったんだから教室で漫画ぐらい読んでもいいんじゃねぇの? いや、浄善寺が言うからには只の隕石が落ちてきた再現ってことで……じゃあ世界も救ってないのか? そもそも敵っぽい敵も倒してないし。
え、じゃあ俺今回ただ疲れただけ? 骨折り損のくたびれ儲け? どうでもいいけど骨折り損はわかるけどくたびれ儲けってなんだよ。くたびれを儲けるって言いたいことは理解るけど言葉としておかしいよな。
《聖剣の解放を許諾しますか?》
ああもう、また出てきた。
浄善寺が近づくと毎回出てくるの止めてくんねぇかな。なろうの目次ページかよ。
聖剣は、あの事件の後も俺の中に存在し続ける力になったらしい。
この前、人のいない荒野で使ってみたら軽く振っただけで山が消し飛んだ。いつ使うんだよこの破壊力。市街地どころか地球で使っていい武器じゃねぇよ。
……宇宙でなら?
待て、考えるな。それ以上想像したら多分本当に宇宙行くことになるから。
いやもう手遅れな気がするな。
*
放課後、傾き始めた太陽を背に帰宅の準備を始める。
「一緒に帰らないかしら」
「……いいけど、いきなり呼び出し来ても文句言うなよ」
そう言いながら左腕を指差す俺。
「構わないわ。ちょっと今後について話したいだけだから」
「それ、一番重要な部分の所で会話が途切れるやつじゃん」
「少し気になってることがあるから、貴方に相談しておきたいのよね」
「何で俺の周りにはフラグを立てていく奴しかいないの? 流行ってんの?」
校門を出て、二人並んでアスファルトに影を伸ばす。
「今回の件、切っ掛けは貴方が私の腕を握ったあの瞬間。私の脳に前世の記憶が呼び覚まされたわけだけれど」
「そうらしいな、俺は何にも思い出してないが」
「前世の私は世界を脅かすほどの存在だったみたいなのよね」
「まあ、世界を滅ぼすだ何だ言ってたしな」
「でもおかしいわよね。世界征服ならまだ目的とかありそうだけれども。世界を滅ぼしたいとかって、本当に滅ぼせるほどの力を持った存在が考えるような事じゃなくないかしら」
「俺に聞かれても。本当の意味で自分の胸に聞いてくれ」
「それが、暴走していた時に芽生えていた感情だとか前世の記憶は何も覚えていないのよね。記憶だけは元の私に戻ったとも言えるけど、超常的な力やその使い方が失われていないのも色々と気になるし」
そう言いながら、浄善寺は指先に魔力で構築した黒い球を発生させ、クルクルと回した。
「普通に怖いんだがそれ」
「大丈夫よ。魔法を使わない者には通じないタイプの攻撃だから」
「嘘つけ壁とか普通に壊れてたろ! そんな都合の良い攻撃があってたまるか! ……というか嘘でなくとも俺は大丈夫じゃないよなそれ!?」
「田中君は当たっても死なないじゃない」
「うん、人の耐久度だけを見て凶器を振り回すのは止めような?」
「信頼してるわよ、田中君」
「うん、ちょっと難しかったかな浄善寺。生き物の耐久度テストの先にあるものを信用と名付けた時点でクソなんだ」
それはいつものノリで交わす、いつもとは違う話題で。
隠し事を作って人と話していた頃とは違うような、只のクラスメイトの頃よりかは、並んだ方の距離が近くなった気がした。
「……あの和装の方のは、今もお前の家にいるんだっけ?」
「ええ、押し入れの中にドラ◯もんスタイルよ」
「絵面が微笑まし過ぎるだろ。本当に世界を滅ぼそうとした存在か?」
「でも彼女、不貞寝して何も話さないのよね。今度、田中君も会いに来てくれないかしら」
「ああ。色々と不安要素ではあるし、責任の一端はあるしな」
十字路の手前で、隣の友人の歩が止まる。
「私、ここで曲がるわ」
「そっか、じゃあ気をつけて帰れよ」
「今の私が気をつけなければいけない程の存在が世界にどれだけ残っているんでしょうね」
「熱中症とか? ま、慢心するのは止めとけよ。俺もそう思って毎回死にかけてるから」
「御忠告痛み入るわ。それじゃあ……ああ、そういえば」
そうして数メートル歩んだ先で、浄善寺が振り返る。
「この前の服装、感想を聞いてなかったわ」
「あれ、言わなかったか? 『何か雰囲気違うな』って」
「それは感想とは言わないわ」
手提げのスクールバッグを両手に、じっとこちらを見つめる彼女。
朱い太陽に照らされたその表情は、俺の求めていた凡庸な日常と言うには些かドラマチックに過ぎたが。
思わず視線を逸らす程には眩しく、満足のいく幕引きだった。
「えっっっっっとぉ……追加戦士がコート羽織ってるのって、横並びになった時に初期メンが貧相に見えるからあんまりタイプじゃない、かな」
そう言った瞬間、あからさまな嘆息の音が聞こえる。
「……馬鹿」
「いやごめんって! 俺、こういう人褒める経験なかったっていうか! いやいやだからといってお世辞を言おうとしたわけじゃなくてな!? おーい浄善寺!? 浄善寺さーん!?」
言うべきことはあったはずなのに、今日の終わりに融けていく。
事件は終わり、また一つ後悔を重ねても、いつも通りの、然し少しいつもとは違う日々が始まろうとしていた。
……この後、俺と浄善寺や仲間が宇宙どころか異世界まで巻き込んだ大騒動に巻き込まれたり、俺が浄善寺に撃たれたりするワケだけど、それはまた別の機会にって事で。
どうも、残機1LIFE0です。
浄善寺情華の恋情、お楽しみ頂けたでしょうか。
この作品は元々、ある種の決意表明として書き出したものです。
ただ、作者のメッセージ性だけを押し出しても私の力量的に面白くなりそうになかったので、ギャグと設定である程度希釈しております。
それでも貴方が本作から何かを感じていただけたなら、ありがたい限りです。
本作を書き上げる際に思った事があります。それは……もう本っっっっ当にシリアスを書くセンスがない!
重い設定は幾らでも思いつくのに、筆が進まない!シリアスな作風の方って、凄い!
そう思いましたね。
でもでも、こうフワフワした作品からチラ見せされる重い世界観とかが好きなんじゃ〜。
書きたいものと書きやすいものが乖離しているのは、いつの時代も変わらない悩みな気がしますね。
もっと私も精進せねば。
ではでは、またいつか貴方のお時間を無駄にできる事を願って……
さて、まだブラウザバックせずに御残りしているそこの貴方! 物好きな方もいらっしゃいますね。
そんな貴方に、ちょっとした小噺を置いておきますので最後に宜しければ。ではでは今度こそまたいつか。
*
階段の電気をつけなくなったのは、何歳からだっただろう。
両親が共働きで無人の家に帰宅し、二階の自分の部屋へと床板を小さく鳴らして向かう。
「そう、確かにそういうことは覚えているのよね……」
軽く握った拳を胸に押しつけ、自らの疑念を押し込める。
「ただいま」
扉を開き、普段は誰も居ない筈の自室に向かってそう声を掛けた。
当然、何も応えるものは居ない。
溜め息を吐き、押し入れの戸を引く。
「ただいま」
此方に背を向けていた『その存在』も、流石の私の態度に顔を向けた。
「……聞こえている」
私と瓜二つの、喪服のような和装の女。
ジャマー・トークンによって頒かたれたもう一人の『私』がそこにいた。
「聞きたいことがあるのだけれど」
「そうか。此方には話すことなど無い」
私が家に連れ込んでから、彼女はずっとこの調子で不貞腐れていた。
「そう? なら、今日思いついた私の『推論』を勝手に話させてもらうわね」
……数秒待ったが返事はない。
私は左腕の『マジパナイザー』で十秒だけ数えると、話を続けた。
「色々考えたのだけれど、不可解な要素が残っているのよ。田中君はあの時、私が悪意で世界を滅ぼそうとしていたと考えているみたいだけれども、悪意を向けるにも世界ってのは主語が大き過ぎる気もするわ」
「それはお前の感想に過ぎない」
「それに、そのキャラっぽい話し方。幾ら何でも私から生まれた存在にしてはキャラクターが違いすぎるわ。前世の記憶ってやつが本当に影響してるのだとしたら、ジャマー・トークンを植え付けられる前に乱れていても良くないかしら。これまで一人称を喋っていないのは、咄嗟にいい感じのものを思いつかなかったからとか?」
「……何が言いたい?」
前世の記憶は無くとも、覚えている設定があった。
増え過ぎた平行世界によって起こり得る、汎ゆる世界にもたらされる滅び。
選択肢、物語、設定。それらは本来無間のように広がっていくものだが、それでもリソースの限界はある。
この日常も、ある日パッと打ち切りのように限界を迎えるかもしれない……そんな、ゾッとするような話。
「超次元融合収縮、貴方はソレを止めるために自らの生まれた世界を滅ぼす終末機構になろうとした」
「それもジャマー・トークンによって切り離されてしまった欲望だがな」
背を向けたまま言った彼女の言葉に、私は首を振った。
「あの後田中君に聞いた話では、ジャマー・トークンによって生み出されるのは『本人が背徳的だと思っている欲望』。つまり、私が使命感で世界を滅ぼす必要があると思っているならば、それはジャマー・トークンによって具現化できない」
「…………」
「私、必要だと思えば引き金は軽いタイプだと思うのよ。それが気になっているクラスメイトにナイフを突き立てることでも、躊躇なく実行できるくらいには」
世界を滅ぼすには抑止力となる英雄を殺す必要がある。
だからこそ、最初から私は『世界を滅ぼす為に田中太郎を殺すと言っていた』
ならば、
「ジャマー・トークンによって切り離されたのは、『世界を滅ぼす魔王』ではない。そうしなければ汎ゆる次元が吹き飛ぶかもしれないのに、この世界を続けたがった『浄善寺情華の恋情』だった」
黒髪がこちらを振り返り、久方振りに彼女と目が合った。
「違う?」
「……証拠は、あるのかしら?」
「ジャマー・トークンによって生み出された存在は、本体よりも強化される。私が貴方に勝ったことが、何よりの証拠じゃない?」
その言葉を受け、彼女は溜め息を吐きながら押し入れから降り立った。
「はぁ……気付くことなく本体を消滅させたほうが、泥男としては幸せだったでしょうに」
「そう? 折角二人になったのだから、新たな方法を模索してみるのも良いんじゃないかしら」
「……楽観的ね、誰かさんに似て」
「……それは少し不服ね」
和装の少女は、いつかの勝負服に着替えていく。
彼女の腕に付けたアナログ時計が、今の私より未来の危機を伝えるように秒針を刻んでいた。




