41話 親友
「マ、マズいぞタケルッ!」
「うわぁぁっ!な、何とかしろよジンタンッ!」
ジンタンとタケルは口々に叫ぶ。
窓の向こう側から襲い来る空飛ぶ焼却炉に、お互いが次の一手を譲り合う。
その時……。
ブブブ……ブブブ……
「ん?何の音だ!?」
窓の外から微かに聞こえる音に、先ず反応したのはジンタン。
「虫の……羽音?」
虫好きのタケルは直ぐに音の正体に気付く。
すると、こちらに真っ直ぐ突っ込んで来ていた空飛ぶ焼却炉が、何かを目で追うように方向を変える。
そして、そのまま何かを追ってタケル達に背を向けた……。
「あーーーっ!!」
タケルは、空飛ぶ焼却炉の向かう先に何かを見つけて声を上げる。
それは黒い虫の姿をしていた。
「……アイツ、箱から逃げ出してやがったんだ。」
タケルは言った。
「しぶといヤツだなぁ……。全く、関心するわ。」
ジンタンも呟く。空飛ぶ焼却炉は、コーカサスに擬態したホルマリン漬けの殺人鬼の脳を追って、運動場のほうへと飛んで行ってしまった……。
「な、なんだったんだろうアレ……?」
タケルは、恐怖というよりは驚きで開いた口が塞がらないといった感じだった。
カラカラカラン……
突然、床にビンが転がる音。タケルが慌てて床を見ると、ホルマリン漬けのビンが散乱している。ビンの中身は体の一部……ではなく、カエルや魚などの小動物だった。
ホルマリン漬けの殺人鬼の肉片は見当たらない。消えたのか?はたまたどこかに隠れているのか?
「……大丈夫だタケル。肉片達の気配はある。……が、司令塔を失った肉片達はもう襲っては来んようだ。終わったんだよ。」
ジンタンは言った。
「ふぅ〜〜〜〜〜〜っ!」
張り詰めていた空気を一気に吐き出すかのように、タケルは息を吐いた。安堵の表情を浮かべる。
「なぁタケル。」
「ん?」
「なぜヤツの脳の場所がわかったんだ?」
「あー。そのことか。実はさ……。」
「実は?」
「聞いたんだよ。アイツに。」
タケルは窓の外に向かって呼びかける。
「おーい、いるんだろ?」
すると、窓越しに少年が姿を現す。頭から血を被ったように全身真っ赤に濡れている。
理科準備室は2階。血まみれの少年は宙に浮いていたが、タケルはもうそんな事では驚かない。
「よくわかったね。」
血まみれの少年は答える。その声は、変声期前の少年の中性的な声。
「…………!!」
ジンタンは、その姿を見て声もなく震え上がっている。
しかしタケルは、ジンタンとは対照的に窓の外に向けてにっこりと微笑むと、こう言った。
「さっきは教えてくれてありがとうな。お前の声が聞こえたよ。」
タケルがホルマリン漬けの殺人鬼の肉片達に襲いかかられ、ジンタンに助けられた時。
タケルの耳に変声期前の少年の中性的な声が飛び込んで来た。
「君はいつも大切な物はあそこに隠してるじゃないか……。」
と……。
「ありがとうな。」
タケルは、血まみれの少年に感謝の意を表す。
「え?何が?僕は別に何もしてないよ。」
と、とぼけるように答える血まみれの少年。
「……核攻撃の未来。あれは本当に起こり得る未来だった。……だろ?で、お前の助けが無ければ回避する事は出来なかった。」
「……買い被り過ぎだよタケル。僕としては最悪の未来になってくれる方が良かったんだ……。」
残念そうな表情を作る血まみれの少年。
しばらく間を開けた後、タケルは再び口を開く。
「……なぁ、俺、見たんだ。マト……ゲフン。」
マトリョーシカで詰まるタケル。
「ふふっ。」
笑う血まみれの少年。
「笑うなよ。これから克服してやるつもりなんだからさ。」
もちろんマトリョーシカの事だ。タケルは言い替えて続ける。
「……ロシアの民芸品と同じ名前の、あの能力を使った影響で、この夜の学校にいるみんなの記憶が見えた。もちろんそこで寝てる一年前の俺の記憶も……。」
「……じゃあ、思い出したのかい?」
血まみれの少年は質問する。
「いや、借り物の記憶みたいで、思い出したって感じじゃないかな。でも、この記憶達のおかげでわかったんだ。」
「ん?何が?」
「……なぁ、お前、ヤマトなんだろ?」
タケルは、血まみれの少年をヤマト……結城ヤマトだと言った。
しかし血まみれの少年は即座にこう答える。
「違うよ。僕は人間じゃあない。都市伝説さ。大事故、大量殺人、戦争、自然災害など大量の血が流れる所に、まるで予見したかのように必ず現れるという血まみれの少年。それが僕だ。名前はまだ無いけど……、そうだな、赤……坊主なんてどうかな?」
「赤坊主……。」
タケルは、その言葉を繰り返した。
「……ま、名前なんてどうでも良いか……。それに、あの未来が阻止されたなら、もうここにいる意味もなくなったからね。……アイツも向こうに行っちゃったみたいだし、帰るとするかな。」
赤坊主と名乗った少年は、運動場の方を見る。
タケルも窓越しに見る。ここから運動場の方は見えにくいが、明るく光っているのはわかる。
「……登り棒。」
タケルは呟く。続けて、
「……あれ、カシマユウコ。だろ?」
タケルの言葉に赤坊主と名乗った少年は一瞬動揺する。が、直ぐに元の冷静さを取り戻す。
タケルに向けて、ニコリと笑う少年。
「……バイバイ、タケル。」
彼はそう言うと、窓の向こうからかき消えた……。
「……行ったのか?」
下の方からジンタンの声がする。
「……え?」
少しボーッとしていたタケルは、一瞬遅れてジンタンを探す。すると、ジンタンは窓の下の壁に忍者のように背中を付けて立っていた。きっと、あの少年から隠れていたのだ。が、この場から離れなかったのはタケルが心配だったからだろう。ジンタンの優しさにタケルも気付くが、あえて何も言わない。
「……ああ。行ったよ。」
とだけ答えた。
「……でも、あの赤坊主とか言うヤツ、本当にお前の友達か?とんでもねぇ圧を感じたぜ……。」
ジンタンは、思い出してブルッと震える。
「空飛ぶ焼却炉もヤバかったが、それ以上だぜ……。」
そう言ったジンタンに、タケルは答える。
「ああ。あれはヤマトだ。まず、カシマユウコ。あれは俺とヤマトで考えた都市伝説。かくれんぼ中に焼却炉に隠れていて、焼き殺された女の子の話だ。考えたのは昔だけど、一年前の肝試しの時、体育館の前でも話したみたいだ。みんなの記憶にもあったよ。それと……、赤坊主。都市伝説には、血を連想する赤の付いた名前が多いんだ。なのに赤坊主はいない。青坊主はいるのに赤坊主がいないのはおかしいって良く言ってたんだよなアイツ。」
そう言って懐かしそうな顔をするタケル。この記憶はタケル本来のものなのか、一年前のタケルから流れて来た記憶なのか?
タケルにも分からなくなってきた。
「でもよ、偶然の一致って事もあんだろ?なんせ、人間じゃないって本人が言ってたんだ……。」
ジンタンは怪しむように言った。
「いや、アイツは結城ヤマトだよ。間違いない。その証拠に……」
タケルは勿体つけるように止まり、少し溜めてから再び口を開く。
「姿がぼやけてたんだ。」
窓ガラスに手を着くタケル。
「この透明な窓ガラスが、まるですりガラスのように、姿がぼやけてて、顔なんか全く見えなかった。……そして、姿がぼやけて見えるのは、記憶を奪われている結城ヤマトだけなんだ。」
結城ヤマトが何故ここにいて、何故、都市伝説だと名乗ったのか?
それはわからない。
しかし、タケルは確信している。ヤマトは助けに来てくれたのだと。
タケルは心の声で呟く。
『ありがとうな。ヤマト……。」
心の声は、親友に届くだろうか?




